第3話ここはどこ? わたしはだれ?

 ニーナと呼ばれたセラニーナ・ディフォルトは暑さで目を覚ました。


 ニーナが寝かされいる場所は、お世辞にもベットとは呼べない様な、木の枠の中に布団が敷いてあるとしか言える程度の物だった。


 そしてその布団もまた、つぎはぎだらけの上、薄っぺらく、何とか布団だと分かる物だった。


 そしてニーナの上にはその布団の他に、バスタオルやシーツ、それに洋服やカーテンらしき物までかけられていた。


 魔力切れを起こすと、顔色が悪くなり体は冷たくなる。


 それにニーナは多くの血を失っていたし、服は裂け、泥だけでなく、ニーナが流した血は服にも体にも付いていた事だろう。


 そう考えると、ニーナを温めようと屋敷中の布という布を集め、ニーナに掛けてくれた気遣いが分かった。


 ニーナはゆっくりと起き上がり、自分が居る部屋を見渡した。


(物が殆ど無いわね……それに隙間風があるわ……)


 ニーナの部屋だと思われるそこは、部屋の大きさ的には貴族の、それもかなり高位の貴族の屋敷の部屋と言えるほどの広さが有った。


 けれど私物は殆どなく、女の子の部屋だというのに人形などの小物も何もなかった。


 カーテンは比較的可愛らしいものだが、日に焼けていて年季が入っている事が分かる。


 置いてある家具もそうだ。


 綺麗に使ってはいるが、年代物のアンティークと言えるほどの物だった。


 ただし修繕は入っていない様で、残念ながら傷だらけで売り物にはならない様子だった。


 それにニーナのベットの横に置いてあるダイニングチェアは、かろうじて椅子と呼べるものだった。


 ニーナぐらいの歳の子の体重には耐えられそうだが、大人の、それも恰幅が良い男性が座ればイチコロだろうとニーナは思った。


(フフフ……ここは孤児院を思いだす場所ね……)


 そうニーナことセラニーナ・ディフォルトは孤児院で育った。


 孤児院ではこの部屋のように隙間風が入り、布団も薄っぺらい物だった。


 冬になるといつも寒くて辛く、友人と一緒の布団で丸くなっていた事を思いだした。


 ここはまだ個室というだけマシなのかもしれない。


 けれどここは一体どこなのだろうか?


 そしてこの自分の魂が入ってしまったニーナという名の少女は、一体誰なのだろうか?


 貴族にしては置いてあるものが足りなすぎる、本や紙なども何もない。


 けれど商人にしては部屋が広すぎる。


 もしこれだけの部屋の広さを持てるほどの商人の子ならば、もっといい暮らしをしているはずだ。


 けれど庶民にしてもまた違う。


 一般庶民の子が普通に考えてこれ程の部屋を与えれらる訳がない。


(そう考えると……ニーナは貴族の子なのかしら……)


 とそんな結論に達していた。




 ニーナは自分の存在を知るためにも屋敷を調べたくて、ベットから抜け出すことにした。


 先ずは寝間着の肩口をずらし、昨日怪我した部分を見てみた。


 癒しの魔法は十分に効いていて、怪我の痕は全く残っていなかった。


 そして体調も、クラクラとする貧血のような魔力切れの症状もなく、お腹が空いている以外は元気一杯なようだった。


 けれど今着ている寝間着もやっぱり継ぎはぎだらけで粗末な物だ。


 ただデザインは古臭いけれど、可愛らしいものだとは分かる。


 姉とかではなく、母親が小さな頃に来ていた物……というイメージがピッタリな寝間着だった。




 そこでニーナとなったセラニーナ・ディフォルトはふと昨日の森での事を考えた。


 この子……


 そうニーナは魔力が多い様だと……


 まだ学校にも入学していない状態で、ニーナはセラニーナ・ディフォルトが使う魔法に耐えた。


 それもあれだけの傷を負っていたのにも関わらず……だ。


 ニーナには素晴らしい才能があるのかもしれない……


 この子を育てる事が出来れば……


 世界でも有数の魔法使いになるかもしれない……




 ニーナは慣れない小さな体で、トコトコと部屋の中を歩き回った。


 勉強机はあるが、勉強道具がない。


 それに本棚の中を近づき覗いて見たが、やっぱり本の一冊も無かった。


 引き出しを開けてもペンも、便箋もない。


 いくらニーナが小さくても、貴族の家ならば幼い頃からの教育が大切な為、何かしらの勉強道具があっても可笑しくはない。


 孤児院でさえも、紙はなくても木板や石板のような勉強道具が有った。


 けれどここにはそれさえも全く無かった。


 元貴族の屋敷?


 いえ、というよりはお金がない貴族の家……と言ったところだろうか?


 それもかなりお金がない屋敷だと言える。



 ニーナは室内を物色することを止め、部屋の外を見に行こうかと思った。


 そこで廊下から足音が近づいてくるのが聞こえた。


 ニーナは仕方がなく外へ出るのを諦め、先程のベットへ戻ることにした。


 ガチャリと音がして一人の若いメイドが入って来た。


 ニーナがベットの上に起き上がっているのが見えると、メイドは「ニーナ様!」と大きな声を出して駆け寄って来た。


 そしてニーナの体を触り、体調の悪いところは無いかを確認した。


 ニーナは聞かれる事柄に、声ではなく頷いて答えた。


 本物のニーナが、どんな口調で、どんな感じで答えるのかが分からない今、セラニーナ・ディフォルトとして言葉を発することに気が引けていた。


 何故ならニーナ本人はこの世界から消えてしまった可能性があるからだ。


 そう思えば本物のニーナでは無くなったことを家族には伝え辛かった。


「直ぐにシェリー様とディオン様をお呼びして参りますね」


 そう言って部屋を出て行ったメイドに、ニーナはただ黙って頷いたのだった。

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