第2話酷い痛み

 手を伸ばしたセラニーナ・ディフォルトは、自分の目に映った手の小ささに驚くとともに、体中に広がる痛みにも驚いた。


 全身が痛み、呼吸も荒く、自分の体が熱を持ち、血が流れている事が分かる。


 そして心臓の音がドクドクドクと激しく音を立てていて、まるで耳の近くで鳴っているかのようだった。


 先程までは息を引き取る瞬間だったため、段々と呼吸をしなくても心地よい状態になっていたのだが、今は違った。


 呼吸をしなければ苦しいのに、呼吸をすればまた苦しい。


 それに一番痛みが酷い肩口へとそっと横目で視線を送れば、肩に太い木の枝が刺さっている様子が見えた。


(あの子は……? どこ? もしかして助けを求めた子がこの子なのかしら?)


 セラニーナ・ディフォルトはこれ迄の経験上、これぐらいの事では驚きはしなかった。


 伊達に100歳まで生きていたわけでも、聖女を名乗っていたわけでもない。


 これまで聖女として国中を巡り、自分自身が怪我をする事も、重症人を見ることも多々あった。


 それに研究好きのセラニーナ・ディフォルトは、世の中の不思議な現象も調べていた。


 けれど……


 死を迎えた者(セラニーナ)が、助けを求めた者(声の少女)の体に入るなど、長い人生の中で聞いたこともなかった。


(これは研究しなければいけないわね……)


 と、そんな事を考える余裕さえセラニーナ・ディフォルトには有った。


(でも先ずはこの子の血を止めて、怪我を治さなければならないわ……)


 セラニーナ・ディフォルトは自分に癒しを掛けようとして、ふと意識を止めた。


 この子は光属性、または聖属性があるのかと疑問が湧いたからだ。


 それに魔力量も……


 癒しを掛けた事で魔力を使い果たして死ぬ可能性もなくはない。


 けれど……


 このまま放っておいてもこの子は死ぬだろう。


 だったら一か八か試すしかない。


 それに聖女であるセラニーナ・ディフォルトと、魂の世界で繋がることが出来たことを考えると、この子にはセラニーナ・ディフォルトと近い何かがあるのでは無いかと思えた。


 生きる可能性の高い賭けに出る。


 セラニーナ・ディフォルトは覚悟を決めた。


(回復)


 魔法を使うと少女の体は光、一部を残し体の痛みは消えていった。


 そう、何故一部かと言うと、この少女の肩には太くギザギザした切れ目の枝が、今も尚刺さったままだったからだ。


 本当ならば枝を抜いてから癒しを掛けるべきだった、けれどあの状態の少女にそれは無理だったのだ。


 セラニーナ・ディフォルトは強い痛みが走ることを想定しながらも、勢い良く起き上がることを決めた。


 出来るだけ痛みを感じなくするには一気に肩から枝を抜く方が良い。


 先程見えた手の大きさから、この子は推定5~6歳ぐらいの少女に思えた。


 血も多く抜けている今、増血の魔法も使わなければならないだろう。


 この子の体がいつまで持つか、それに魔力もどこまで持つか……


 早く枝を抜かなければ……


 セラニーナ・ディフォルトはまた賭けに出る事にした。


「せーのっ!」


 セラニーナ・ディフォルトは起き上がろうと思ったが、木の枝はしっかりと肩に刺さり、一気に起き上がるなど到底無理だった。


 今動いただけでも酷い痛みを感じた。


 この少女がいつまでこの痛みに耐えられるかは分からない。


 セラニーナ・ディフォルトは仕方がなく無事な方の右腕で、近くにあった蔦を掴んだ。


 そして全身を使い、肩から枝を抜いて行く


 グッグッグッと肩を動かすたび、鈍い痛みが体に走る。


 けれど深呼吸をし何とかそれを乗り越えた。


 時間にすればほんの数分だったと思うのだが、肩から枝を抜くのにはかなり時間がかかった気がした。


 また血が肩から流れているのが分かり、セラニーナ・ディフォルトは魔力を気にしながら回復魔法を自分に掛けた。


 痛みが消えホッとしたのもつかの間、小さな少女であるセラニーナ・ディフォルトはクラッと眩暈がした。


(これは……もしかして……魔力切れの症状かしら……)


 クラクラする体のままで、自分がどんな場所にいるのかを確認した。


(やっぱり森の中のようね……それに夕暮れ時みたい……)


 夜になれば森は危険が増す。


 魔獣も出るだろうし、こんな小さな子では逃げる事も出来ないだろう。


 それに今現在倒れる寸前だ。


 木の洞に隠れる事も出来ないとなると、折角命を助けた今も、危険であることに変わりはなかった。


(今の状態では魔法はもう使えない……倒れる前にどこかに隠れなければ……)


 折角助ける事が出来たのに、このまま命を失いさせる事など、セラニーナ・ディフォルトには考えられなかった。


 何とか移動しなければと、這うように体を動かした。


 そしてもうだめかと思ったその時、多分この少女の名を呼ぶ声だろう。


 遠くから数人の大きな声が聞こえてきた。


(ここに居ることを知らせないと……)


 気を失う事を覚悟して、セラニーナ・ディフォルトは最後に残されている、魔力を少しだけ使う事にした。


 辺りに落ちていた小さな石ころ達を宙に浮かせる。


 そしてそれを木々が生い茂っている部分に全てぶつけた。


 ガサガサと大きな音が立つと、探しに来た人々は気が付いたのだろう。


「あっちだ!」


 と叫ぶ声と共に、この少女の名を呼ぶ声が聞こえてきた。


 そうこの少女の名はどうやら「ニーナ」というようだった。


 セラニーナ・ディフォルトも幼い頃ニーナと呼ばれていたため、ふと懐かしく感じ口元が自然と緩んだ。


 そしてニーナとなったセラニーナ・ディフォルトは、そのまま意識を手放したのだった。

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