損切り

ジェニファー

損切り

希死念慮(きしねんりょ)という言葉をご存知だろうか。この言葉は自殺願望と同義ともされるが、解決しがたい問題から逃れるためなど、根拠があって死を選択しようとする状態を自殺願望、具体的な根拠がなくただ漠然と死を願う状態を希死念慮と、使い分けることがある。

 うつ病の症状の一つに、希死念慮を抱くというものがある。うつ患者の私にとってはこれが一番困った症状である。当たり前に聞こえるかもしれないが食欲不振や集中力の低下、睡眠が浅くなるなどの他の症状よりも希死念慮が最も私の頭を悩ませる。なぜかというと、希死念慮は自殺願望を生むからである。私は死を望みながら生きるということは最も悪い生き方だと思っている。これをマイナスの状況とすれば、プラスの状況とは、生きたいと思いながら生きることである。では、ここでいう「ゼロ」、つまりプラスでもマイナスでもない状況とは何だろうか。私はこれを、死と考えている。死人は何も思わないからである。

 プラスの状況かマイナスの状況か、はたまた「ゼロ」かはもちろん人ごとに異なる。さらに、同じ人の中でも時間を経ると状況が変化することがある。この、同一人物の中でのプラス、マイナス、ゼロの移り変わりは株価の変動に似ている。例えば、あなたが持っていた株の値段が暴落しているとしよう。この時、社会情勢、その株式会社の状況などによるが、あなたならその株を保有し続けるだろうか。保有し続けるなら、それは株価が回復してそれを売却した時に利益が出る、すなわち自分にとって「プラス」に転じることを期待している状況である。しかし、さらに値段が下がって今よりも大きな損失を生むかもしれない、そう考える方もいるだろう。そこで、もう一つの選択肢が出てくる。今すぐ株を売却してしまうという選択である。この時、あなたはさらなる損失を生むことを懸念して、すなわち「マイナス」に転じることを懸念している状況である。このように、早めに株を売却してしまって損失を最小限に抑えることを、投資の世界では「損切り」と呼ぶ。

 希死念慮を抱くという状況は、保有している株が暴落しているという状況に似ている。そして、希死念慮から逃れられることを予想して、今はマイナスの状況であるが生き続けるということは暴落した株を保有し続けるということに似ており、希死念慮から逃れられないことを予想して死を選択することは損切りをするということに似ている。前者は、未来を期待して生きること、つまり生きたいと思って生きるプラスの状況である。後者は、未来を期待せず、これ以上希死念慮に苦しめられないように損切りをする、つまり死を選択するというゼロの状況である。では、ここで言うマイナスの状況とは何だろうか。株の話に例えるなら、今よりさらに株価が下がるということを予想しているにも関わらず、なぜか株を保有し続けるということである。言いかえれば、まさに「死を望みながら生きる」ということである。補足しておくと、希死念慮から生まれる自殺願望というのはゼロの場合とマイナスの場合に発生していることが分かると思う。

 「私たちは死ねないから生きるのかもね。」私の恩師の言葉である。マイナスの状況の人は、死にたいにも関わらず死ねないから生きているのである。そこには死への恐怖がある場合がほとんどである。

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