第五話 「過去とレース」

 彼女の後を追うこと約一時間経過。ようやく着いた場所は有名なサーキット会場だった。そこでは多くの人がスポーツバイクで練習していた。

 「まさかこんな場所で練習をするってか?」

 「事前予約は必要だけどね。ロードバイクも貸し出しされているけど大体が初心者向けのスポーツバイクが多いかな。私はウォーミングアップが終わったから何時でも行ける・・・君はどうする?」

 「アンタ。この状況でよく言えるな。それと俺のことは【中】でいい。」

 彼の制服は汗でびっしょりで息も絶え絶え。彼女が駆るスポーツバイクはシティ自転車と比べてかなり軽く出来ている。だから漕ぎだしは軽く長距離も軽々と行ける代物。一方で自分の駆るシティ自転車はあくまでも街乗りに適しているので、前者のバイクより重く出来ているので、小一時間走り続ければ必然的に汗びっしょりになる。彼女は先行して走っていたため、彼の状況が汲み取れなかった。

 「ごめん」

 「いいよ。少し休んでから行くからテキトーに走って下さい。」

 「いいの?」

 「いいから」

 「ならお詫びに・・・連絡入れたから入り口で待ってて!」

 「連絡って何の⁉ってアイツもう行きやがった。仕方ない入り口で待つか。」


 十分後。白い軽トラが彼の前に現れた。軽トラには『○○自転車』と書いてあったが、何故か自転車の上の名前だけが白く塗装されていて見えない。ともあれ彼女が云っていた連絡とはこの事で合っているのか?運転席から人が出て来て荷台からロードバイクを取り出した。すると、

 「アンタが【あたる】という男子か?」

 「そうです。失礼ですがどちら様?」

 「新田光織の父です。大事な娘に頼まれてきた。さっさと受け取りなさい。」

 「あっはい。では、行ってきます」

 そのロードバイクを受け取り彼女のもとに向かう前に新田父に呼び止められた。

 「ちょいまち」

 「はい?」

 「君は一体娘とどんな関係だい?」

 「どんなって、まぁ友人でもなく彼氏でもなく、ただのクラスメイトです。」

 「なら訊きたいことがある。光織は普段学校ではどんな感じで過ごしているんだ?無論、免除生として孤立はしているとは思うが、こうやって光織がまた楽しく自転車に乗っていると昔を思い出してね。」

 中は相手が誰であろうが、着色して話を盛るのはしない。ありのままのことを新田父に話した。

 「君は変な人だな。まるで香織と話しているようだ。」

 「誰ですか?その香織って」

 「光織の姉だ。もういないけど・・・香織も相手が傷つくことなんてお構いなしに喋る娘だったから、光織も無意識に認識しているのかもな・・・」

 「いやいや。流石にそれは無いでしょう。第一性別が違うし・・・」

 「それでもだよ。」


 新田父と会話して思ったのは友人が云っていたことと同じだった―『下手な関係を築くと痛い目をみる』―それを頷けることが会話している最中にも起きた。

 「新田家は元々自転車屋だった・・・・けど、ある事故と言うべきか事件と言うべきか世間を騒がした罰として店を俺の世代で終わらせた。この軽トラも今あたる君が乗ろうとしている物もその名残りだ。」

 「事故?事件?それは話せる範囲のことですか?」

 「・・・・」

 「おっと失礼。それ以上は話さない方がいいのではないでしょうか?新田健治殿。また周りに被害者を広げる気ですか?」

 「お前!なんでここに!また見張っていたのか?もう時効だろうが・・・今更話したところで何にもなんねぇーよ。」

 「いえ、もしかしたらという可能性がミリでも残っている場合は潰すべきである。まぁ個人的な意見ですがね。」

 「んで、話に割って入れるほどの人物ってのは分かったけど、誰?」

 「加賀美勝幸議員の秘書の一人だ」

 確かに新田父が軽トラで現れた時、後ろ側に黒塗りの高級車が近くで停車したのは知っていた。だが・・・

 「その通り。自分の名前は伏せますけど、高校生でも名前は知っているでしょう。」

 「かがみん?誰だっけ?」

 「誰が友人並の呼び方をしろと言った‼こっちは議員の秘書だ!てめえも新田家と同じ道を辿らせてもいいんだぞ。もっと言葉を選べガキが!・・・・っと、んん言葉が過ぎました、失礼。」

 「五月蠅いなー。まるで上級貴族みたいな言い方。こんな人が秘書なの?その議員さんも見る目ないねー。」

 「お前!今後夜道には気をつけた方がいいぞ!」

 「気をつけますー」

 その秘書は「これ以上話しても無駄」と言い黒塗りの高級車に戻ってこの場からいなくなった。残された二人、特に新田父が中に一呼吸おいて語り始めた。

 「ふ~、すまない。あちら側から先手を打たれると皆萎縮してまともに話が通じない。とはいえ流石にあたる君もあの秘書もとい雇っている議員のことは知っているだろう?次期首相と呼ばれるあの方だ。まあここまで聞いて薄々察してくれる人もいた。あたる君は色々察する人と思うが、この件を聴いた時点で余りにもリスクが大きすぎる、てーいうかハイリスクしかない。ろくでもない話でこの話は終わるが、それでも聞くかい?」

 「聞きたいなー」

 「そんなワクワクするような話でもないよ。けれど、そんな風に構えていてくれるとこちらも楽に話せそうだ。では話そう。

 アレは約十年前に遡る。高校生になった香織が最年少プロレーサーになり、それを機に記者会見を開いた日だ。まだまだ世間では自転車ロードレースの認知度は低く、たかが最年少レーサーが生まれた程度では政府はびくともしなかった。それでも香織は小さな会場にもかかわらず笑顔で会見を行っていた、会見を終えたすぐにそれは起きた。ドンと鈍い音がその小さな会場に響いた。急いで音のした方向へ向かうと妹:光織と姉:香織が倒れていた。妹の方はかすり傷程度、姉の方は全身打撲で意識が無くそのまま緊急搬送され病院先で息を引き取った。その後姉妹を轢き逃げした車が判明した。その車はある議員が所有する車だった、勿論事故を起こした運転手は逮捕され然るべき処置を受けたが、車に乗っていたその議員はお咎めなし。その運転手はその議員に路上にいる『人』を【轢け】と言っていたと供述しており、かなり切羽詰まった状況だったらしい。その情報が開示された途端その議員に対して遺族も国民も怒った。昔は議員を裁判で裁くことさえできなかった、ただ今回の事例に関しては政府もそれなりに対処し、特例でその議員を議員資格を一時免除し一般人と同じように裁判をできるように取り計った。まぁ結果的には裁判しても無理だった。その代償として議員側の強い圧力で家業は畳むしかなくなった。簡単に説明するとこんな感じかな」

 「今はどうやって生計を?」

 「個人経営は事実上不可能になったから某大手の自転車屋で働いている。今いる大事な娘が数年前に新たに創設された国家資格を取得したけど、これまたひと悶着あったけど・・・」

 「それが免除生の誕生ですか?大事な娘的にも複雑ですねー」

 「あれ?その時点で把握するとはあたる君は察しの良すぎるいい子だな。」

 そう。その国家資格を創設した人は今の時代にした人物であり、新田家にとって因縁の人物でもある【加賀美勝幸】議員その人だ。


 以前というかさっき彼女に言い放った言葉は、真実と大差なかった。

 過去話を簡略化して最後まで話した新田父は

 「あたる君、もうそろそろ行かないとマズい」

 あの秘書の存在や家の過去を他人に話すことは父親にとって苦痛そのもので、特に香織の最期を知っている光織がどう思うか・・・しかも、それを父親自身がただのクラスメイトに話す時点で娘は理解するとはとても思えない。


 その後、新田父から預かったロードバイクで綺麗に舗装された道を走っていくうちに、新田光織と黒星中の二人だけが道の上に居た。

 「・・お、お父さんと何話したの?」

 「この自転車について。事細かく説明してくれて、それで遅れた。でも流石走りに特化した自転車だ。久しぶりの感覚だが、気持ちいい!」

 「なら元気のうちに勝負しない?私が勝ったら『今後一切関わりを絶ってくれる?』」

 「じゃあ俺が勝ったらどうする?」

 「まず絶対あり得ない。けど、う~ん。そうね!【なんでも云う事を聞く】でいいかしら?」

 「自身でフラグを立てる奴がいるか?そういう奴に限って負けるぞ。ではゴール前に審判が必要だな」

 「そんな僅差な戦いができるとでも?」

 「最低でも見届ける後見人は必要だと思うが?」

 「・・・それはそうだけど・・・でも誰を?」

 「そりゃー決まっている、つーかもう待機中でーす。」

 「・・・パパ⁉」

 「もしも俺が勝った保険だけど・・・」

 「それは私にも言えるけど・・・」

 「大丈夫。その際は、ココに来た事・アンタと親父さんの事は無かったようにしますので、ご安心ください。」

 「本当?」

 黒星中の存在は三年生になった時、数少ない友人に教えてもらった。興味をそそるものがあったら、そこだけ掘り下げて興味が失せると何も無かったようにする。非常に変わった変人で、人との約束はまず間違いなく守る。この手の人は『守る』と言いながらも結局のところ守るどころか拡散する可能性がある。それが私にとって恐ろしく危惧していた。自分の過去がいずれバレるのか戦々恐々とする一方で、早く自分に興味を抱いて有利な状態で勝負に勝てば、あとは普通に生活が出来ると思った・・・



 新田父と別れ際に黒星はこう言った。

 「そういうのは大体の場合が子にバレているし親が必死に隠そうとする仕草は、子には不自然な仕草に映っているもんで、多分今のアイツはここで勝負する気満々でしょうね。また悲惨なことを防ぐ建前で・・・『もう疲れているからこのままそっとしておこう』なんて俺は考えません。貴方には失礼かもしれませんが、ここで出会った以上とことん追求していきます。」


 それでは、レーススタート‼


 

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