第四話 「対面」

 新田光織はみんなと違ってだいぶ遅れて教室に入って来たが、誰も挨拶しないし自身も浮いている存在と認知しているのだろう、スッと自分の席に行った。彼女は淡々と次の授業の準備をしていく。彼女の席は中と同様窓際で一番前にいるため中にとっては観察にはもってこい条件だった。次々と授業を受ける中で彼女の存在は誰も認識されていないようにも彼の目には見えた。ようやく今日の学校の日程が終わり、クラスのみんなはぞろぞろと教室から出て自身の帰路についていく。最後まで教室に残っていた者たちが対面する。


 「何か用?」

 「何が?」

 「私が気付かないとでも思った?午前中いや教室に入ってくる瞬間、尋常ならぬ視線を感じた。」

 「ただの自意識過剰なんじゃないの?きっと気のせいだよ。」

 「ならいいけど・・・でも、なんでそんな顔しているの?」

 彼女は気がついていた。彼のニヤリとした表情で自分を真っ直ぐ見ていたことに・・・それに対し彼は

 「へぇー。そんな感想をするとは思わなかった。普通は言葉を失って相手が恐怖の顔になるのに。これはこれは、アンタも相当な絶望を経験している身だな。」

 「何?相当な絶望⁉」

 「そうだなぁ~。例えば『親族または兄妹を自身で招いて殺した』とか『不用意な事故で亡くした』とかかな?」

 彼の雑な動揺に対し彼女は超至近距離まで彼に近づき、言った。

 「何が目的?」

 どうやら何か引っかかったらしい。誰かを殺める勢いの雰囲気のまま彼をにらみ続けいると、彼から全く関係の無い言葉を浴びせられる。

 「綺麗」

 「はぁ?」

 「この距離で女子と話したことが無いから何とも言えないが、アンタって周りから『可愛い』と云うよりも『綺麗』って言われない?」

 「喧嘩売っているの?」

 「いやいや冗談抜きで『綺麗』だなぁと思って。思ったことをただ口にしただけだよ。そういえば、アンタ目悪くないだろう。なんで眼鏡なんてしてんだ?」

 「あ!そういえばつけっぱだった。この眼鏡は仕事兼で使っていたから、ついつい忘れちゃうんだ。うん?なんで私の視力が悪くないって気がついているの?やっぱりずっと監視していたのは貴方なのね!」

 「おっと!時間だ。じゃあ、また明日!」

 「待ちなさい‼」

 彼女の追及を逃れるために帰ろうとする中に、彼女はそれを阻止するように彼の腕をギュッと掴んだ。ただ真っ向からの力で同年代の異性を止められるはずもなく、ズルズルと教室から廊下、最後は下駄箱のある場所までその状態で来てしまった。流石に生徒が帰った後とは言え外にはまだいる。このまま外までこの状態で行ってしまえば、明日から変な噂が立つのは目に見えている。それをいち早く悟ったのか彼女は彼の腕を放した。それを機に彼は全力で外に逃げた。真っ先に自身の自転車がある駐輪場に行き、自分の自転車を駆りその場を後にした。

 黒星の自転車はひと昔主流だったシティ自転車。対して彼女の自転車は・・・


 彼には分かっていた事がある。それは『逃げた時点ではまだ勝算があった』『ただ今はその勝算は無に等しい』『恐らく常にあの駐輪場にあったアレはきっと彼女のモノなのだろう。だとすれば、もうじき校門を出てこの延々と真っ直ぐな道で追いつかれる』

 スポーツバイクの速度域は様々あるが、プロレーサーやアマチュアレーサーになれば車と同等の速度域まで達する時がある。シティ自転車にはあんまり関係ない話だが・・・

 「もう追いついてきたか・・・」

 「全然ウォーミングアップにもならないじゃん。もっと頑張って!」

 「無理。それにしてもその自転車の主がアンタだったとは、色々納得がいった。」

 「なによそれ」

 「んで、俺に訊きたいことあるから来たんだろう?」

 「それはこっちの台詞。それにこの子を久しぶりに動かしたけど、やっぱいい。」

 「アンタ。そのスポーツバイクに乗っている時が一番生き生きとしているな」

 「当たり前よ。この子は特別製だもん。まさかこんな風に動かすとは一ミリも思わなかったけど・・・それよりこれから暇だよね?」

 「なんで?フツーに考えて【家に帰る】一択だろう」

 「え~付き合い、悪!」

 「悪くて結構。どうせ『その子の調子を確かめるから俺を使う魂胆だろう?』」

 「あら?気がつくの早!」

 彼女がハイテンションになっている状態は今までだったら考えにくい。教室では寡黙に徹していたが、このバイクに乗った途端こんな事になるとは誰も思わん。彼女にとってそれだけ大事なものかもしれない。その理由があれば知りたいし、余計興味も湧く。

 「分かったよ。但し、二時間だけだ。」

 「やったー!ならすぐに行こう!」



 

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