別離

ぬるい日々。何故容易く見つめようと努力するか。結果に定められて、より良く溺れることを放棄するのか。結果は私の過去を示すが、今これからを教えてはくれない。

余白ばかりに眼を向けてきた。今ここでさえ他人事。何か常に私を匿う繭を念頭に置いて、自らの琴線がぷつん、斬れないようにしておきながら、切ってくれと胸中で思い込んでいる。斬り合いをしない。

考えれば考えるほど自分の甘さは滲み出る。考え尽くせない。何か真に迫るものが時々顔を出すが、私は掴みきれず月を見て誤魔化すのだ。

何かを愛すれば、愛せないモノも出る。愛することは傷つけることだ。偽善者として生きる。何かを殺して生きる。生きていくために、生きるを手離さない。

全ての思考と論理がまどろっこしい。我々を形成するソレは、我々を著しく紛いモノに運んでいる。功罪が記されている、我々の身体には。

愛することが出来なかった。愛の為に生きるか。何の為に生きるか。語れねぇんだよ。烏滸がましく図々しい言葉どもよ。人間らしく努めてくる。倫理的で高尚な人間というモデルを推奨してくる。図々しいんだ。俺は俺だけ。お前はお前だけ。それぞれのモデルに溺れている。自分の身体に溺れているんだ。諦めている。死んでいるのに生きているふりをすることに必死だ。そこまでして、未来に託すのか。お前は死体と認めたままに。許せない。許せないぞ、私は。

何に怒って、苦しむ。自分に何を課している? 溺れている、今日も明日も。

「モナムール」

私は女を呼ぶ、正面に向かいあい。

彼女は白く凍った百合を部屋に飾っている。彼女は花を見つめ、想いに耽っている。

私の問いかけに潤んだ瞳で視線を向ける。

彼女から言葉が浮かばない。白雪のように自然に溶け込んでいる。彼女の人生と出逢えた私は幸福だ。

「私は行くよ」

瞬きをする。女は首を傾げる。

【一体何処へ】

女は問いかけている。存在の呼吸。

大切に出来ないことを忘れてはならない。私が生きてることを想う。

死ぬ時に思いたい。私は実に生きていたと。

踏み躙るか、過敏に不在を恐れるか。生きるのバランスは崩れがちだ。

この女ですら愛せない俺に愛は微笑まない。

俺はならずものだ。決定している。

「俺は留まることができないんだ。痛みから逃れ続けて。傷つくことを恐れているんだ。俺は弱すぎるんだ」

涙が出ない。感傷的にもならない。雪はどんどん降る。私をここにいろと叫ぶように。

「許されたくないんだ。何処へもいけないと思いたくないんだ。何かできているつもりでいたいんだ。逃げてるんだ。逃亡者なんだ」

言葉。弱さと強さを内存するモノ。我々は我々によって言葉の価値を創造してしまった。言葉の特徴は私たちの特徴なのだ。

私が生きていることによって、私が感じる全ては私でしかいられない。

モナムールも私なのだ。彼女は彼女のことを一番知っている。

私は所詮身勝手だった。

女は黙って私を見つめている。彼女は期待しているのか。それとも空虚だと嘲笑っているのか。答えはいつも遠い。

これ以上何を話すことがあろうか。私は早く、遠ざかるのだ。目的を見失い、破裂して、切り裂いて答えから遠去かる。何を語ろうというのか。死からばかり逃げるのだ。

女から私は何が見えていたのか。

彼女は私を褒めてくれた。

『あなたの声は彗星』

『貴方は温かくやさしい』

『貴方は春の残雪』

苦しさの果てに陽光が差す。俺はただ生きるしかない。いつまでも、死ぬまで思い続けたい。誰かに刹那的な光を魅せるしか俺には出来ないのだ。誰か一人を愛せることなど、俺は俺にしか出来ないのだ。それで充分ではないか。

愛したことを忘れない。欺瞞を俺は愛したい。

モナムール。さようなら。

俺は部屋から出た。

外から雪が部屋に侵入する。

女は俺を止めない。

俺は雪を掻く。雪から外へ。外へ。

寒く冷たく痛い。

温まりたい。死にたくない。苦しみたくない。

足掻け。俺は生きるんだ。生きていくんだ。

雪を越えて外へ出る。

外は吹雪。全てが灰色と白。

夢も希望もない。光の在処は背後にしかない。

そんなことは知らない。

愛したことと愛されたこと。

抱き締める。愛を感じた瞬間が瞬く。

いつまでも忘れない。また逢おう。

身勝手に傷つけたことも傷つけられたことも棚上げにして、俺は良き話を創造する。

関係を続けようと努力せずに。

忘れられない、忘れようとしない。

産まれたままに生きようとしないんだな。

俺はまた旅を再開した。世界の果てはまだ産まれるのだろうか。貴重は笑うだろうか。

そんなの知るか。ただ歩むんだよ。生きている限りな。

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