学歴より君がいてくれればそれで

蒼鷺

第1話 

 新幹線に乗るため、理由があっても朝の眠さは変わらない。危うく乗り過ごしそうになった。車窓からの眺めは2週間前と大して変わらないのに、僕は変わった。

 2週間前の帰りは何かを考えたわけでもなかったのに自然と涙が溢れていた。田舎の田園風景だったと思う。都市と田舎のコントラストを見ていたような気がするのだが、いかんせん涙で前が見えなかった。別に見たかったわけでもない。ただ、誰かに見られたくなくて、外を眺めた。涙を拭う事もしなかった。ただ頬杖をついて地元に着くのを待っていた。電車やバスをいくつか乗り継いで家に着いた。流石にもう涙は止まっていたけれど、ろくに拭わなかったから目が真っ赤だったのだろう。僕を迎え入れた親も兄妹も何も言わなかった。どう声をかけていいのかわからないようだった。僕も一緒だった。何もいう事なく、2階の自室へ。2泊3日分の荷解きをする。といっても、服と勉強道具だけだ。一階まで降りて洗濯カゴに服を投げ入れた。またそそくさと自室へ向かう。残るは勉強道具。1ヶ月間を一緒に過ごした赤本を皮切りに、3年間をともに過ごした参考書たちを窮屈な旅行鞄から解放してやる。苦楽を共にした仲間だ。流石に愛着が湧く。収まるべき場所へ、彼ら彼女らの定位置へと戻していく。最後に赤本だ。僕が買った赤本は2冊だった。6月の発売と同時に、まるで漫画の最終巻を買うかのような心持ちで買った一冊と、共通テストの自己採点後、担任や親と話し合った末に買った一冊。


「ああ、くそ」


 自然と声が出た。ベットに倒れ込む。枯れたと思ったのはどうやら間違いだったらしい。涙が止まることを知らず枕を濡らした。


「うぅ、ああ、なんで、ちくしょう」


 もう言葉にならなかった。勢いを増す涙が現実逃避という堤防を決壊させる。溢れた涙と対照的に、大きな声は出なかった。自分にしか聞こえないくらい小さな嗚咽だけが漏れた。大きな声を出して叫び出してもよかったのかもしれない。しかしそれでは家族が心配してしまう。いや、既にされてるが部屋に駆け寄られても困る。誰にも会いたくなかった。でも本当の理由はもっともっとシンプルだ。

 僕が、僕の嫌いな僕に敗北したから。泣き声が敗北宣言になるような気がして、僕は声を殺したんだ。僕は敗けた。

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