第28話

「おんやぁ?これはこれは……珍しいお客さんだ」

 南の集落に転移した一行は、ひとまずマシロの家へと直行した。こじんまりとしたその家のリビングでは、ほぼ下着姿と言っても差し支えないだらしない格好のまま、煙草をふかしてにやり、と笑う隻眼の美女が出迎えた。

「お姉ちゃん!ちょっと!またそんな格好して――!」

 マシロが慌てて傍にあった服を放り投げる。投げられたのは、研究者が愛用するらしい白衣だった。さすがは赤狼の族長。白衣のストックはたくさんあるらしい。

「えぇ?いいじゃん、さっきシャワー浴びたばっかりで暑いのよ」

「そういう問題じゃないでしょ!お客さんだよ!」

 クスクス、と笑いながら言うシュサに羞恥心と言う言葉は皆無らしい。やたらと煽情的な下着を身に着けたその肢体は、同性でも息を飲むほど美しいプロポーションだった。思わずハーティアの方がほんのりと頬を染める。

「……なんだこの家は……鼻が曲がりそうだな」

「グレイ……!」

 ハーティアが慌てて振り返るも、雄なら誰でも涎を垂らしそうな煽情的な美女のプロポーションを目の前にしても、グレイは顔色一つ変えることなく、不機嫌そうに鼻を抑えただけだった。煙草の匂いが気にくわないのだろう。

「まったく、面白みのない男だねぇ。こんなに魅力的なオネイサンが目に入らない?」

「入らんな。私にとって、魅力的に映るのはこの世でただ一人、ティアだけだ。他の雌など、全てただの肉の塊にすぎん」

「あっそ。ご馳走様」

 クスクス、と笑いながら、大人しくマシロに渡された白衣を羽織る。下着の上から羽織っただけなので、煽情的な姿に変わりはないが、先ほどよりはマシだろう。ホッ、とハーティアとマシロは同時に息を吐く。

「で?お忙しい白狼様が、こんな田舎の集落に何の用?」

「事件後、何か支障が出ていないかの確認と、かつての<狼>種族の宿敵が大人しくしているかの確認だ」

「なるほど?そりゃご苦労なことで」

 くくくっとおかしそうに笑いながらシュサはぷかりと煙草を吹かす。グレイの眉間のしわが一つ深くなった。

「お前への聞き取り調査は明日以降にしよう。こんな臭い部屋でまともに話なんぞ出来ん」

「おやおや?いいの?」

「外から回る。妙なたくらみがあれば、外にも痕跡が残っているだろう。――煙草と酒の臭いを一晩でしっかり抜いておけ」

「ハイハイ」

 相変わらず軽薄な調子のシュサには構わず、くるりとマシロとハーティアを振り返る。

「私は集落を一通り回ってくる。……マシロ、ティアを頼んでいいか。連れ回ると、迷惑を掛けそうだ」

「そうね。あっという間にもみくちゃにされそう。――いいわ、引き受ける」

「助かる」

 言って、グレイは一瞬でもこんな部屋にとどまりたくない、という様子で顔を顰めて大股で部屋を出ていく。

「――シュサ」

「はいはい?何でショ」

「ティアに何か危害が加わったら、その瞬間、マシロごと責任を取らせる。――覚えておけ」

 ぞくり、と底冷えする声に、マシロの獣耳がざわっと逆立つ。『責任を取る』というのは――命で、だろうか。

「おぉ、こわ。ハイハイ、わかりましたよー」

 対するシュサは、全く危機感を感じさせない軽さで応答した。グレイは不愉快そうに顔を顰め、そのまま家を出て行った。

「……さて、ハーティア。あんたはこっち。二週間後まで、時間ないんだから、さっさと準備しましょ。ナツメからもらった指示書に従えばいいのよね?」

「あ、は、はい」

「ぅん?どしたの。二週間後?」

 シュサが興味を示したように眉を上げる。

 マシロは一瞬、このトラブルメーカーたる姉に話していいかどうか迷ったものの、よく考えたら『人間』の習慣や知識に関しては圧倒的に彼女の方が造詣が深いことを思い出し、結局素直に口を開いた。

「ねぇ、お姉ちゃん。――『祝言』って、知ってる?」

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