いつも通りの日常

「では、夕星祭は、野外劇を行うという事で異論はないかね?」

 司会の智の言葉に、一同が頷く。その様子を見て、智が次の議題に移る。

「うむ。では、次にどの演目をするかだな」

 ホワイトボードに演目と記入して、皆を見渡す。

「この前、魅由が言ってたやつは!?」

 夏奈子が緑星祭で選ばれなかった魅由の演目を推してくる。

「それがいいかも」

 と、咲恋が賛成する。他のメンバーからも特に異論は無さそうだ。

「では、それで行こうか。脚本はどうするね?」

 脚本の話になり、智が優菜に視線を送ってくる。

「んー、とりあえず有馬さんに使用許可と一応改変許可をもらうね。今回は特に変えなくても良いと思うけど」

「ふむ。変えないとなると、大体五十分くらいの長丁場になるが」

「今からみっちりと練習すれば大丈夫でしょう」

 智の懸念を燈火が打ち消してくれる。皆からも特に意見は無さそうだ。

「では、夕星祭に向けてがんばろー」

「おー!」

 こうして、歌劇同好会は二回目の舞台に向けて動き出す。

 ふと、智を見ると目が合う。お互い頷き合い、夕星祭へ向けての気持ちを確かめ合った。


「智、一緒に帰ろうか」

「うむ。夏奈ちゃんも帰る準備は出来たかね?」

「うん!魅由は―?」

「……もう少しだけ待ってもらえますか?」

 今日の同好会活動を終え、帰路に着く。校舎を出ると、綺麗な夕焼け空が四人を出迎えた。

「んー、今日も疲れたな―」

 智がぐーっと伸びをする。元々体力のない智だが、それでも最近は付いてきたのか、帰宅時でも割としゃんとしている。

「私はまだまだできるよ!」

 一方、体力お化けの夏奈子が今にも走り出さんかのように両腕を交互に振る。

「あはは。私も疲れた方に一票かな」

 優菜が夏奈子の元気さに感心しつつも、智に同意する。

「えー、優菜も―!?だらしがないなぁ!」

 そんなやり取りの時間は短く、中庭の途中でお別れする。智と夏奈子は正門へ、優菜と魅由は寮へと向かう。

「魅由は今日、どうだった?」

 二人きりになり、話題は自然と二人だけのものとなる。

「あ、はい。私は……私も少し疲れました」

 そう言って困惑した笑顔を見せる。

「そっかー。でも、智って体力付いてきたよね。ほら、練習を始めた頃は、いつもふらふらになってたし」

「……そうですね」

 疲れたという割には明るく振舞う優菜。それに対して、魅由は少し元気がないようだ。

「あー、えっと」

 いつもと雰囲気が違う魅由に戸惑う優菜。何か話そうとして、けど、それは続かない。

 次に口を開いたのは、部屋の前で交わしたお別れの挨拶だった。




「うーん」

 湯浴みを終え、一息ついた頃、優菜はスマホをじっと見つめながら悩んでいた。

 今日の帰宅時、魅由は明らかに様子がおかしかった。だが、夕食時にはいつも通りだった。ので、その時には何も聞くことが出来なかったのだが。

「でも、気になる」

 一人ごち、メッセージアプリを立ち上げる。魅由からの呼び出しはまだない。いつも送られてくる時間はとっくに過ぎていた。

 けど、ここで悩んでいるくらいなら、こちらから送ればいい。そういえば何時も魅由からだったなと思い当たる。たまにはこちらから呼び出してみてもいいのかもしれない。

 そう決めたのなら実行するのみ。魅由にスタンプを送ってベランダに出る。

 手すりに手を掛け、待つ。やがて、窓を開ける音。

「こんばんは、優菜ちゃん」

「こんばんは、魅由」

 見たところ、特に変なところはない。やっぱり疲れていただけで気のせいだったのかなと考えていると、

「あ、あの……」

 と、頬を朱に染め、その紅を両手で隠す。

「そんなに見つめられると……恥ずかしいです」

 どうやら思わずじっと見つめてしまっていたらしい。そんな照れる様子も普段と変わらない。

「って、ごめん。つい」

 何がついなのか分からず、視線を逸らす。視界の隅に「ふぅ」と深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしている姿が映る。

「……ところで、今日はどうしました?」

 ようやく落ち着いた魅由が声をかけてくる。その冷静な声色を聞いて、改めて魅由の方を向く。

「あ、いや。大した事じゃないんだけど。今日は魅由からスタンプが来なかったから」

 どうしたのかな、というのと、半分はやはり下校時の様子が心配だったからで。

「……ごめんなさい。今日は少し、疲れていた様子だったので」

 どうやらこちらを気遣い、遠慮してくれたようだ。

「そっか。それならいいんだけど」

「ごめんなさい、何だか逆に気を使わせてしまいましたね」

 そう言って、申し訳なさそうな表情でこちらを見つめてくる。そんな表情は見たくなくて、静かに首を振る。

 けど、ここまで話してみて、やっぱり杞憂だったと思う。話もしっかりできているし、こちらを気遣ってもくれている。いつも通りの魅由だ。

「それにしても……」

 と、急に嬉しそうに微笑み出す。

「優菜ちゃんからスタンプが来るなんて、びっくりしました」

「あ、うん。私からは無かったよね」

「はい。だから大慌てで身嗜みをチェックして、それで少し遅れてしまいました……ごめんなさい」

 そう言って謝るも、表情はとても嬉しそうで。こんな少しの事でも魅由は幸せを感じてくれる。特に出し惜しみをしていたわけではないのだが、これからはもっと幸せをあげたいと思う。

 と、部屋から携帯の着信音が聞こえてくる。

「あ、電話みたい」

「ですね。それじゃあ今日はこの辺りで」

 名残惜しそうに、魅由が手すりから離れる。

「おやすみなさい、優菜ちゃん」

「おやすみ、魅由」


 着信は智からだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お願いだから、魔王(さま)って呼ばないで! @tkns_ruka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ