新入部員
翌日。
「改めて皆様、宜しくお願い致します」
高遠双葉の入部が決まった……のだが。
「という事で、双葉共々よろしく頼むよ」
と挨拶をするのは、双葉と瓜二つで、しかし瞳の色だけは左右反転しているのと、電動の車椅子に乗っている双子の姉、一葉も何故か一緒に入部した。
「高遠さん……一葉さんもよろしくね」
部長の燈火がにこやかに挨拶を交わす。
「あの……一葉さん、本当にいいんですか?」
入部しちゃっても。一葉には高遠バイオラボという研究部もあるのに。
「ああ。双葉が自分からやりたいって言いだした時は驚いたけど、これもいい機会だと思ってね」
妹の成長を見守る姉の心境、だろうか。そう考えると微笑ましくもあるのだが。
「さて、それじゃあ今日も張り切って練習をしようではないかー」
「おー!」
智が早々に練習の開始を告げ、夏奈子がそれに続く。
新たに部員の増えた歌劇同好会だが、これからどうなっていくのだろうか。
優菜は、若干の期待と大いなる不安に駆られていた。
まずはランニングコースを二周。
優菜は魅由と一緒に走っているのだが、
「ぅぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉ!」
雄叫びと共に駆け抜けていく影二つ。雄叫びの主、夏奈子と、それにぴったりくっ付いて走る双葉だった。
「……凄いね」
「……はい」
夏奈子の健脚と無尽蔵の体力には最早驚かないのだが、それに付いていける双葉には驚かされる。というかこんなに走れるんだったら、夏奈子も双葉も、陸上でも何でもいいからスポーツをした方がいいのではないかとも思う。
現に夏奈子は、未だに運動部から勧誘が来る。けど、家の方針で運動部は禁止らしい。
やがて、優菜と魅由はゴールの噴水前に到達する。ゴールには、既に走り終えた燈火と咲恋、ルミ、そして沙紗もいる。この変人片眼鏡、何気に運動もできるらしく、優菜よりも先にゴールして、今は咲恋と談笑している。
後は、ランニングに参加していない一葉も、若干心配そうな表情でコースの先を見ている。双葉の事が心配なのだろうか。夏奈子に付いて行けるほどの健脚と体力を持っているのだから、何も心配する事なんてない気もするけど。
やがて、ヘロヘロになりながら智がゴールする。
「智、お疲れ」
優菜がタオルを持って智の元へ駆けよる。
「ふぅ……ふぅ……ありがと、優ちゃん」
ふらつきながらも優菜の手の中にあるタオルにダイブしてくる。その体を支えながら、背中を優しく摩る。
こうしてここに智がいる事に、優菜は安堵と、それとは別の感情を抱いている。それが何なのかは分かってはいないようだが。
そうこうしている内に、夏奈子と双葉もゴールする。
「いぇーい!私、走った!」
「夏奈子もお疲れ」
「ううむ。また夏奈ちゃんに何度も抜かれてしまった」
「大丈夫ですよ、智。私たちも同じですから」
Shikiし~ずの一年生四人でわちゃわちゃする。
そういえば、双葉の疲れ具合とかはどうだろう。なんせあの夏奈子にぴったりくっついて走っていたのだ。優菜では付いていくことすら無理なペースなわけだし。
だが割と普通そうだ。一葉がその体をチェックをしているが、息も上がっていないし疲れも見えない。
ただ、表情が。これはよくある事なのだが、双葉は、一葉の前だとあまり表情が動かない。
この二人はもしかして上手くいっていないのだろうか、とつい疑念を挟んでいた。
だが、双葉の体を念入りにチェックする一葉の表情は真剣だ。双葉も、そんな一葉に身を委ねているようだし、仲が悪いとは思えない。
優菜の気にし過ぎだろうか。些細な違和感が積み重なっていく事に、えも言われぬ不安が募っていく。
「さて、それじゃあ柔軟体操をしましょうか」
燈火の掛け声で、優菜の思考が停止する。
「優菜ちゃん、一緒にしましょう」
ストレッチをする時は、大抵魅由と組む。夏奈子は智と。咲恋と沙紗、ルミと燈火が組むと、双葉の相手がいなくなる。
「ちょっと待って。双葉さんと三人でしようよ」
「あ、はい。それはいいですけど」
ルミは生徒会で、沙紗は元々部員では無いので、参加出来ない事もある。そういった問題で、誰か一人がペアを組めない事もある。今回は双葉が組めずにいたので、三人でしようと提案する。魅由の同意も得られたので、変則的に三人で柔軟を行う。
「わ、双葉さん。体柔らかいですね」
開脚状態から上半身がきれいに倒れる。体の柔らかい魅由も感心している。
「はい。体、柔らかいです」
「ふむ。何かコツとかはあるのかね?」
体の硬い智が、何か参考になればと尋ねてくる。
「いえ。体が柔らかいだけですから」
どうやら役立つ情報は得られなさそうだ。
続いて、発声練習。
まずはウォーミングアップ。目の前に立つ燈火に合わせて、中低音から徐々に高い音を出していく。体を強張らせずに、お腹で呼吸する事を意識して。
「双葉さん、しっかりと声が響いていますね」
咲恋が双葉に基礎の基礎を教えているが、あっさりクリアできたようだ。
「はい。しっかりと声を響かせます」
にこやかに双葉が答える。あっという間に優菜が練習しているところを超えていった。
次は、ダンスレッスン。
基本的なステップをこれまたあっさりと習得した双葉は、今は華麗に踊っている。
「これは……まさかの逸材ですね!」
燈火は、その才能に惚れ惚れしている。
「……確かに、こんなに苦も無く出来るようになるのは、凄いなぁ」
沙紗も感心したように言うが、そんな彼女も優菜からしたら同じようなものだ。やはり、できる人は居るものだ。残念ながら優菜はその中に含まれないが、それでもそういう人たちと一緒に居る事は、良い刺激となる。
ダンスレッスンを終えた双葉は再び一葉に体の調子を確認されている。発声練習後も、喉の調子などをチェックされていたし、これではまるで立場が逆だ。すっかり、双葉のマネージャーのようになってしまった一葉は、今、何を思っているのだろう。
最後は演技の練習だ。
ここでも双葉がどういった才能を見せてくれるのか、同好会メンバーの期待が高まる中、台本を手に持つ双葉の台詞の番が来る。
「……」
「……双葉さん?」
だが、終ぞ、その口から音が漏れることは無かった。
「皆様、申し訳ございません」
部室に戻ってきて一息ついたところで、双葉が謝罪の言葉を口にする。その頭は深々と下げられている。
「ううん、初めての練習だもの。上手くいかない時もあるよ」
申し訳なさそうに頭を下げたままの双葉に、燈火が優しく言葉を掛ける。
「そうだよ!次頑張ればいいんだよ!」
夏奈子も持ち前の明るさで励ましの、しかし、夏奈子としては励まそうという意図はなく、心からそう思っているであろう想いを言葉にする。
「はい。ありがとうございます」
そう返答する双葉の表情は笑顔。
まるで、自身の発した言葉の意味を分かっていないかのような。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます