見守りし者

 私、新城奈緒美は頭を抱えていた。

 その原因は、今、目の前で繰り広げられている珍事である。

「ですから!そう気安く魔王様に触れないで下さい!このお気楽勇者!」

「なんだとー!この魔王何とか隊長!?ってか、いいじゃん別に―!?優菜ってば抱き心地いいんだもーん!」

 この光景は最早いつもの事なのだが。

 この学園始まって以来の二人の麒麟児。入試試験初の満点合格者である粉雪魅由さんと、こちらもニアミスさえなければ満点合格だったであろう大庭夏奈子さんの言い合いは、今日も今日とて繰り広げられていた。

「んだっ、だ、だ、抱き心地って!?そ、そそ、それが気安いというのですよ!」

「ふふーんだ!悔しかったら魔王なんたらも抱き着いたらー!?」

 だが悲しいかな。そのレベルは小学生並みである。

「ま、まぁまぁ魅由、落ち着いて」

 と、そこに二人を仲裁する人物が現れる。とは言っても、実は最初から居たし、何なら彼女が元凶と言えなくも無い。

 山之辺優菜さん。成績は普通だが見目麗しい。この騒ぎは、見方によっては粉雪さんと大庭さんが山之辺さんを取り合っているようにも見える。

「だーかーらーはーなーれーなーさーいー!」

「へっへーんだ。離れないもんねー!」

「うぎゅ。夏奈子、苦しいよ」

 というか、取り合ってるようにしか見えない。そうこうしている間にも、野次馬が集まってくる。いい加減止めないといけないか、と思ったところで、

「まぁまぁ二人とも落ち着きたまえよ。このままだと優ちゃんが潰れてぺっちゃんこになってしまうが、良いのかね?」

 この騒ぎを起こしているグループの最後の一人、智賢ともさかあさがおさんがようやく重い腰を上げる。

「はっ、ゆ、優菜ちゃん、大丈夫ですか?」

「んー、優菜、ぺっちゃんこなのー?」

 智賢さんの介入により、ようやく騒ぎが収まる気配を見せる。

「はぁ、助かった……ありがと、智」

「はっはっは。無事で何よりだ」

 後は彼女に任せておけば大丈夫だろう。私は踵を返して、職員室へと戻る。


 私立、星ノ杜学院。

 港町のテーマパーク跡地に作られた、六芒星型の校舎と多彩なカリキュラムが人気の高等学校である。

 私はそこで教員を務めている。担当は数学。一年生の学年主任の一人であり、学生寮の寮母の一人でもある。

 これだけ聞くとハードそうに聞こえるが、それほど授業の準備に時間を取られることも無く、学年主任も十分な人数がいるので負担も少ない。寮母といっても、する事といえば、寮生からの外泊申請などの承認と、設備故障時の業者の手配くらいのものだ。食堂や清掃なども全て業者が入っているので、普段は特にすることも無い。

 寧ろ、寮母室に住まわせてもらえる分、こちらとしても助かっている。寮母様様といったところだ。

 それでも、人様の子どもを預かる身としては、教師としても寮母としても手を抜くわけにはいかない。

 今回の騒ぎも、念のため近くで見届けていた。無いとは思いたいが、万が一はいつ起こるか分からない。それを未然に防げるのなら、それに越したことは無いと私は考えている。




「優菜ちゃん、お待たせしました」

「ありがとう、魅由」

 とある日の夕方の食堂にて。

 粉雪さんと山之辺さんが一緒に食事を摂っていた。

 山之辺さんと二人の時の粉雪さんは、落ち着きの中に気品を感じさせる、深窓のお嬢様といった雰囲気だ。

 とてもこのお嬢様が、日中、大庭さんと激しい口論をしているとは思えない。

 つい、じっと観察してしまう。

 見たところ、粉雪さんが山之辺さんに一生懸命話しかけているようだ。だが、山之辺さんの受け答えはかなり曖昧で、まともに聞いていないのではないかとすら思える。

 それでも、今日あった出来事を楽しそうに話し続ける粉雪さんは幸せそうに見える。

 この学校は、こういった歪な関係性を持つ生徒が多い気がする。勿論、それは私の主観で、現実にはどの学校も同じなのかもしれないが。

 多分に漏れず、この二人も随分と奇妙な関係性を構築しているようだ。できれば、粉雪さんの熱意が少しでも山之辺さんに伝わればいいのに、と思わずにはいられなかった。




 ゴールデンウィークが明けた学生寮の食堂にて、私は驚きを隠せずにいた。

 粉雪さんと山之辺さんの関係性が、飛躍的に進歩していたのだ。

 今までは、粉雪さんからの一方通行だった関わりが、相互になっている。そういえば、この二人は同郷だ。ゴールデンウィークの間に何かあったのだろうか。

 今も仲睦まじく夕食を取っている。その姿を見ていると、まるでゴールデンウィーク前の遠慮しがちなやり取りが嘘だったかのように思えてくる。

 そして、これには本当に悩まされていたのだが、最早日課となっていた、粉雪さんと大庭さんの言い争いが無くなっていた。

 もっとも、こちらに関しては、稀に起こる。だがそれでも、平和的解決を迎えるようになった。

 この変化は一体どこにあるのだろうか……粉雪さんの態度の軟化は傍から見ていても分かる。だが、そこに至るまでの道筋が全く分からない。

 おまけに、その週末は、二人で出かけて行った。十分に着飾って、手を繋いで寮を後にする姿から、仲の良さが伺い知れる。

 この二人に、一体何があったのだろうか。理系脳の私にとって、これほどまでに刺激される出来事は久しくなかった。




 かといって、生徒のプライベートにまで踏み込むのはどうかと、自制に成功していた私の前に、またしても事件が起こる。

 緑星祭まで残り一週間となった週末。各部、同好会が合宿を終えた夜。

 学生寮に、いや、正確には閉鎖された正門に一人の生徒が訪ねてきた。

 彼女は、正門前でじっと閉ざされた門を見ている。正門の隅にはインターホンがある。これを押せば、校内の職員室、もしくはここ、寮母室へと繋げることが出来る。

 だが、彼女はそうとはせず、じっと佇むのみだ。

 だから、気が付かなかった。彼女を見つけたのはマリーだ。マリーとは、この学園始まって以来の天才であり天災と呼ばれた変人、逆那さかな沙紗さんの作り上げた物の中でも最高傑作と名高い代物だ。

 逆那沙紗の技術は、星ノ杜の設備面や、防犯面にも大いに活用されている。

 今回も、マリーが正門に近づく人影を見つけ、それが在校生だと教えてくれた。そのお陰で、素早く駆けつける事が出来た。

「智賢さん、どうしたの!?」

 正門へ近づきながら、正門に佇んでいる在校生に声をかける。彼女は私の焦りを意に介さず、「……入れて、下さい」と懇願する。

 ただ事ではないと判断した私は、正門横の通用口を空けて、彼女を校内へ迎え入れる。




「智!」

「あ、優ちゃん……」

「えっ、どうしたの?なにかあったの?夏奈子は?」

「優菜ちゃん、落ち着いてください」

「あ……魅由」


 寮のラウンジまで智賢さんを連れて来て、山之辺さんと粉雪さんをタブレットで呼び出す。

 やがて程なく、彼女たちが心配した様子で駆けつけてくれる。

「それじゃあ、私は戻るわね」

「はい。ありがとうございます」

 寮母室へと戻る私に、二人は頭を下げる。

 部屋に入る前に一度だけ振り向くと、ソファに座る智賢さんに、二人が寄り添っていた。


 その姿を見て、私の出番はこれで終わりだと察する。後は、彼女たち次第だろう。

 彼女たちが、今回の事にどのように向き合い、悩み、苦しみ、そして解決していくのか。

 それは私の知りうるところではない。


 だけど、それでも、私は願わずにはいられない。


 どうか、この学院に通う生徒たちが卒業する時に、幸せな三年間だったと思えますように。

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