第四.五章
我ら、春深咲恋様(非公式)ファンクラブ!
「皆、集まったかな?」
「はいA子会長。C苗ちゃんもいるかしら?」
「勿論であります。B美さん」
「ではこれより、
突然の奇妙な始まり方、大変申し訳ない。私の名前は
だが、それは世を忍ぶ仮の姿。その正体は、春深咲恋様(非公式)ファンクラブ会員ナンバー000(トリプルオー)番にして、同(非公式)ファンクラブの発足人兼会長を務めてる、コードネームA子、その人である。
時を遡れば、あれは一昨年の緑星祭。そこで私は……って、えっ?その辺りの話はいいって?でも(非公式)ファンクラブの発足人としてその辺りの事情は、ん?過去話はいいから先に進めろと?
全く、様式美というものを知らんのかねぇ、最近の若いもんは。まぁいい。では、今回の定例会から話を始めよう。
「というわけで、咲恋様が歌劇同好会に復帰したのは確かなようです」
「それは確かか、C苗会員」
C苗会員がもたらした情報……これが確かなら、大ニュースだ。
「いや、確かかって、確かって言ったじゃないですか」
私の問いにC苗会員がよく分からない事を言い出す。たしかかってたしかってどういう意味?何だか魔法少女物のタイトルみたいだ。
「C苗ちゃん、A子会長はソースを所望しているのよ」
私の言葉足らずをB美副会長が補足してくれる。頼れるべきは優秀なブレインだ。
「ああ、なるほど。ソースは一年生の友達です。彼女は何と、あの歌劇同好会のメンバーなのです」
「なるほど。それは確かだな。ところで、ソースって何の事?」
個人的にはおたふくなのだが。
「……やっぱりA子会長って」
「しっ、駄目よC苗ちゃん。真実はいつも残酷なんだから」
私のソースの好みに、B美副会長とC苗会員が騒めき立つ。全くこの子たちったら。私たちが騒めき立っていいのは咲恋様の事だけだというのに。
「まぁいい。では、緑星祭については」
「はい。講堂にて歌劇を行うようです」
C苗会員からもたらされる情報は確かなようだ。というか、同好会メンバーが友達とか羨まし……いや、これからも有益な情報が得られそうだ。
「よし!ならば我々は全力で咲恋様を陰から応援しようではないか!」
「おー!」と、皆が一致団結して、今日の定例会は終わる。
「ところで、どうして陰からなんでしょう?舞台のお手伝いとか、すればいいのでは?」
「しっ、駄目よC苗ちゃん。A子会長ってば、咲恋様を見るだけで鼻血が出ちゃうんだから。そんな人がお手伝いに行ったらどうなると思う?」
「えー、阿鼻叫喚地獄絵図?」
「真実はいつも残酷なのよ」
私は
私は半年前まで、陸上をしていました。ですが、怪我が原因で走れなくなってからは、毎日が灰色でした。
そんな色褪せた日々に再び色を与えてくれたのが、咲恋様の舞台でした。
咲恋様のファンとなった私に、とある人から声が掛かりました。
「咲恋様を、陰から見守ろうよ」
正直、もっと近くで応援すれば、とも思いましたが、その人の咲恋様愛に惹かれて、同志となりました。
B美副会長。それが、この(非公式)ファンクラブ内で私に与えられたコードネームです。
「大変です大変です大変です!」
ここは秘密のファンクラブ部室(非公認)。そこにC苗ちゃんが大声で入ってきました。出来れば、入室の際は大きな声を上げないでほしいのだけど。この部屋も勝手に使ってるだけだし。
「どうした!何がてぇへんなのだ、C苗部員」
急に江戸っ子っぽくなるA子会長の地元は、星ノ杜と同県の筈です。
「はい!ついに歌劇同好会の舞台の配役が決まったのですが!」
「あら、ようやく決まったのね」
確か、歌劇同好会の今度の演目の原作は、フランスのオペラだったはず。となれば、咲恋様の配役は、主演の踊り子で決まりかしら。
「B美さん、そんなに落ち着いていていいのですか?これは一大事ですよ」
だけど、C苗ちゃんの慌てようから、もしかしたら主演ではないのかもしれないわね。とすると、妃役か、もしかしたら預言者役かも?
「咲恋様の配役ですが、な、なな、なんとびっくり、語り手です!」
「な、なんだってー!」
C苗ちゃんのもたらした情報にA子会長が驚く。というか、私も驚いたわ。
「そんな……咲恋様が、語り手だなんて」
勿論、語り手も立派な役どころです。ですが、あの圧倒的な演技力を持つ咲恋様にはとことん不釣り合いな配役です。
「ちくしょうめぇ!誰だこんな配役しやがったのは!ぶっ飛ばしてやる!」
江戸っ子モードのA子会長が部室(非公認)から飛び出さん勢いで憤ってます。
「そ、それがですね。何でも配役は希望制だったようです」
希望制……という事は、咲恋様は自ら語り手を選んだという事でしょうか?
「くっ、という事は、こりゃあ咲恋様のお望みだって事かい!てやんでぇ、粋じゃねぇか!」
ぐいっと鼻頭を手根で持ち上げるA子会長。
「ていうか、さっきからA子会長は何キャラなんですか?」
「しっ、C苗ちゃん。世の中には知らなくてもいい事もあるのよ」
皆さん初めまして。
私があの奇妙な先輩たちに捕まったのは、部活説明会でした。
この日は、一人で講堂にいたのですが、何故か両隣にあの先輩たちが座ってました。
そして、歌劇同好会の紹介が終わり、私はつい、素敵って言ってしまいました。
その時の両隣の先輩方の動きときたら、獲物に襲い掛かる獣のようでした。
という訳で、春深咲恋様(非公式)ファンクラブ、コードネームC苗は今日も張り切って情報収集を行ってます!
今日は緑星祭。
私たち、春深咲恋(非公式)ファンクラブも、当然観覧しています。
「はぁ、はぁ、B美副会長、C苗会員。私はまだ生きているだろうか?」
「大丈夫ですよ、A子会長。今日も顔色ばっちりです」
「ばっちりすぎて、鼻血、出し過ぎないでね」
既に興奮気味のA子会長を、私とB美さんで宥めます。でも、A子会長の気持ちも分かります。あの咲恋様が、語り手とはいえ、舞台に出演するのですから。
一度は同好会を辞めてしまって、二度と見られないと思った夢の舞台が、今まさに始まろうとしています。
舞台袖より現れた咲恋様は、旅の吟遊詩人のような恰好をして、語り出します。
その姿に、思わず歓声を上げてしまう私たち。周りの人たちが変な目で見てきますが、気にしません。だって、他の客席からも黄色い声が上がってます。何より、咲恋様への愛の表れなのですから、我慢しろと言う方が無理です。
やがて、舞台は進んでいき、クライマックス直前。
その頃には、私は舞台に引き込まれていました。決して、咲恋様の出番が多いわけでもない舞台でこれほどまでに引き込まれるとは。その大きな要因はやはり、主演の子の熱演でしょうか。舞台の中でもひときわ小さなあの子は、私の友達の幼馴染です。あんなにも小さな体を精一杯動かして演じる姿は、まるで誰かに伝えたい事があるかのようです。
隣に座る先輩方も、固唾を飲んで見守っている中、ついにラストシーンを迎えます。
ここで妃役の子の演技が豹変します。この子も私の友達の友達で、入学式当初は魔王がどうとか言ってた人です。彼女の演技はとても上手なのですが、それだけという印象でした。うまく言えませんが、情感が湧かないというか、心が置き去りにされているというか。それらを全て吹き飛ばすかのような、圧倒的な感情が講堂を支配します。そこに在るのは、娘への、親愛なる者への愛情。
最後に咲恋様のナレーションが入り、舞台は幕を閉じます。大喝采とはいきませんが、大きな拍手が沸き起こります。
と、二人の先輩方が立ち上がり、講堂から出ていきます。
「えっ、ちょ、ちょっと」
私も慌てて追いかけます。行先はどうやら部室(非公認)のようです。
ようやく部室に戻った私は、その場に崩れ落ちる。
隣を見れば、B美副会長も同じ有様だ。
「A子会長、B美さんも急に部室(非公認)に戻るなんて、どうしたんですか?」
その後ろからC苗会員が追い付いてきた。これから演劇部の舞台もあるのに、とでも言いたげな顔だ。だが私は、そしておそらくB美副会長もそれどころでは無い。
「A子かいちょ~」
涙目でB美副会長がこちらを見てくる。分かる、分かるぞ~同志よ。
「ああ、B美副会長!素晴らしく良かったな!」
「ええ、最高でしたー!」
そして、二人でひしっと抱き合う。B美副会長はしっかりしてそうで意外に泣き虫だ。そこが可愛いところでもある。
「わぁ、B美さん。涙ボロボロ!」
C苗会員も、B美副会長のこういう姿は見たことが無いのだろう。とてつもなく焦ってる。
「そういう私は、鼻血ぼたぼただがな!」
「それは直ぐに拭いてください。というか、詰めてください」
C苗会員が鼻にティッシュを詰めてくれる。ふむ、これで貧血の心配は無くなったな。
「あの主演の子の演技、なんですかあれは~。あんな健気な姿を見せられて、感動しない人なんていませんよ~」
「ああ。妃役の人も見事だったな。最初はまるで感情を感じさせない演技だったが」
「あっ、A子会長も思いました?あれって、ラストシーンへの伏線だったんですね。最後の娘への愛情を爆発させるために、敢えて無表情で演技をするなんて!」
「ううっ、私もお母さんに会いたくなりましたー」
そうして、三人で抱き合って、泣きながら感想を言い合う。
そして、次の定例会が始まる。
「皆の衆、集まったかのぅ?」
「はいA子会長。C苗ちゃんも準備はいい?」
「ばっちりですよB美さん。あとA子会長、今日は何キャラですか?」
「しっ、C苗ちゃん。世の中には知らなくてもいい事もあるのよ」
「んんっ!ではこれより、春深咲恋様(非公式)ファンクラブ、改め、歌劇同好会(非公式)ファンクラブの定例会を始める……ぞい」
「いや、だから何キャラ……」「しっ、C苗ちゃん。世の中には……」
今日も、私たちの日常は続いていく。
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