私の想い、あなたの望み

「すまないね、優ちゃん。今日も泊めさせてもらって」

「いいよ。智だって、色々考えてるんだろうし」

 そう。色々考えているのだろう。

 結局、今日は練習どころでは無くなり、早々と解散になった。

 寮へ戻り、脚本の続きでもしようかと思っていたところに、智が今日も泊まらせてほしいと声をかけてきた。

「さりとて、脚本は……」

 机に広げられている脚本に目を向ける智。だが、正直、今の優菜の状態では、取り組むことは難しそうだった。

「まだもう少しだけ時間あるし」

 寧ろ、今、部屋に誰かがいるのはありがたい。

 魅由は、少し一人で考えたいと言って部室で別れた。

 夏奈子は、智の着替えなどを取りに家に戻っている。

 優菜も、智と一緒に居るのに、何だか距離を感じる。

 こんなにもバラバラなのは、Shikiし~ずが結成されて以来、初めてだ。

 何とか、出来ないのだろうか。いや、違うな。智がどうしたいかだ。でも、智本人にも分からないという。

 その事も含めて話し合うべきだろうか。智もそれを望んでいるのだろうか。もしも、望んでいなかったら……


 話し合う事も、星ノ杜に残る事も……



―interlude side Toka―


「はぁ~、どうしたらいいのでしょう~」

 解散後、私は先輩方と一緒に食堂に集まりました。

「本当、どうしたらいいのかな」

 私のぼやきに、咲恋先輩も付き合ってくれてます。

「とりあえず、退学を防ぐ手立てはあるのだけれど」

 紅の瞳を細めて呟いたのはルミ先輩。

「そんな方法、あるの?」

「ルミ、それは職権乱用だよ」

 希望が見えたかのように喜ぶ咲恋先輩に対し、沙紗先輩にはそれが何か分かっているような口ぶり……職権乱用とは、穏やかではないですね。

「ちなみに、どういう方法なのです?」

 ですが、藁にも縋る思いで聞いてみます。

「この学校で退学などの処分を下す時には、学長と生徒会長、二人の承認が必要なのさ」

 沙紗先輩の説明によると、普通の学校での自主退学の手続きは、提出された退学届けを学校側で審議し、校長が承認するという流れだそうですが、星ノ杜はそれに加え、生徒会長の承認も必要との事です。

 生徒の自主性に重きを置いている星ノ杜らしいですが、その分、生徒会長には冷静さと公平さが求められます。もし、個人的な感情で承認しないとなると、問題になるのは目に見えて明らかです。

「それに、仮に退学を承認しなくても、親権を持つ者が連れ出してしまえば、事実上の退学になるしな」

 流石に北米から星ノ杜まで通うのは不可能ですし、正に八方塞がりです。

「あとは……そうねぇ。情に訴える、とか?」

「情に……」

 ドラマとかでよくある、転校させないで下さい!みたいなやつでしょうか。ルミ先輩は生徒会長としては色んな所で見かける事はありましたが、颯爽としていて、とてもクールな人だと思っていました。でも、実際に会って話してみると、お茶目だったり可愛かったりで、人は見かけによらないというのは本当なんだと実感します。

「あの人に、それが効くでしょうか?」

 咲恋先輩がその案に疑念を差し込んできます。

 応接室前でのやり取りを見るだけでも、かなり自分中心的な考え方をする人のようでしたし。

「まぁ、無理だろうね」

 沙紗先輩があっさりと白旗を上げます。それでも、一年生の前では無理という言葉を一度も使わなかったのは先輩なりの思いやりでしょうか。変人という噂は嫌というほど聞いてはいますが、基本的には良い人のようです。

「まぁ、さっき、私の片眼鏡を奪い取った人になら、出来るかもしれないけど」

 と、急にニヤニヤしながら、咲恋先輩を見つめだします。やっぱり、ただの変人かも……

「……いじわる」

 ぷいっと顔を背ける咲恋先輩は、以前よりも親しみやすい空気を纏っていて、何だか身近に感じます。

「まぁ、なんにしても、智ちゃんの気持ちが分からない事にはね」

 ニヤニヤ笑いを引っ込めて、食堂の天井を見上げる変人先輩。

「ええ……でも、自分の気持ちすら分からない事もあるから」

 上を向いてしまったその姿を見つめながら、咲恋先輩が妙に実感の籠った呟きを漏らします。

「まぁ、ここからいなくなるなんて事は無いのでしょうけど……」

 でも一体どうやって?と思惑顔のルミ先輩。いなくなる事は無いって、随分変な言い回しですが……

 その後も、特に進展のないまま、おじゃんとなりました。


― interlude end―



「優菜さーん、こっちだよー」

「一葉さん、お待たせしました」

 智と寮の自室で何をするでも無く過ごしていた優菜の元に一つの着信。高遠一葉からお茶会へのお誘いだった。

 という訳で、優菜と智は、高遠バイオラボを訪れていた。

「どうも、初めまして」

 ぺこりと挨拶をする智に「ふーん、君が智賢さんか」と、一葉が興味津々な様子で眺めている。

「気軽に智ちゃんと呼んでくれたまえよ」

 そんな一葉を気にすることなく、いつも通りを振舞う智。無理していなければいいけど。

「あははっ。よろしくね、智さん」

 そう言って車椅子を動かし、中へと誘導してくれる。


「お邪魔します」

 優菜たちも後に続く。一葉のラボは、沙紗のラボと違って、中央に実験台が無い。その代わりといっては何だが、左右の壁面には実験台や雑多な装置が所狭しと置かれている。

「遠心機にオートクレーブにドラフトチャンバーかぁ。このクリーンベンチでは、今、何を実験しているのだろう。おお、フリーザーだけでなく液体窒素タンクまであるではないか。実に良い。実験用のラットはいないのかね?」

「隣の部屋にいるけど、入室は許可できないよ。どうしても見たいのならSPFを確保してもらう必要があるけど。そも、齧歯類を飼育している人はお断りだ」

「ふむ。コンベンショナルな状況でこそ愛で甲斐があるというものだ。今回は断念するとしよう」

 どうしよう、この二人の会話が一つも理解できない。

 けど、智の知的好奇心は存分に刺激されているようだ。連れが居ても良いと了承してくれた一葉さんには本当に感謝の気持ちで一杯だ。

「ラボの設備だけでこんなに喜んでもらえるとは嬉しい限りだが、そろそろお茶会を始めよう」

 壁面に設置された装置を穴が開くほど観察している智に一葉が声をかける。

 沙紗の実験室と同じように、実験道具の入った棚でパーテーション分けされた奥には、ソファとテーブルが一つずつ設置されている。

 テーブルの、ソファが置かれていない方へ車椅子を移動させた一葉が、向かいへの着席を促す。

 そちらに智と並んで腰かけると、

「ようこそ、いらっしゃいました、山之辺様、智賢様」

 一葉の奥に控えていた双葉が、漸く会釈をする。

「……一葉女史、彼女は?」

 智が一葉に尋ねる。だが、その見た目を見れば彼女が何者であるかは簡単に想像がつくだろう。

「ああ。双葉、挨拶なさい」

「はい、お姉様。私は、高遠双葉です。一葉お姉様の、双子の妹です」

 そう言って、ぺこりとお辞儀をする。まるで、初めて出会った時と同じような仕草で。

「……双子?」

 智が怪訝そうな表情で二人を見比べる。何か気になる事でもあるのだろうか。

「なるほど。そっくりだ」

 が、それも一瞬で、にこやかに笑う。

「では双葉。お茶会の用意をお願いね」

「はい、お姉様」

 双葉は振り返り、簡易キッチンから紅茶とクッキーを用意して、テーブルに並べる。

「では、ごゆるりとお楽しみください」

 そう言ってお辞儀を一つすると、ここから退室していく。

「……彼女はお茶会に参加しないのかね?」

「ええ。双葉にはこれから用事があるから」

 用事……そういえば、この前もそんな事を言っていたような。

「そんな事より、今日は優菜さんが初めて私のラボに遊びに来てくれた日なんだ。さぁ、楽しもうよ」

 一葉が紅茶の入ったカップを持ち上げる。こうして、奇妙なお茶会が幕を開けた。


「なるほど。優菜さんは脚本で悩んでいると」

 話の話題は緑星祭となり、折角なので脚本に行き詰まっている事を一葉に相談していた。

「はい。私はハッピーエンドにしたいんですが、そうするとどうしても矛盾が生まれてしまって」

 あちらを立てればこちらが立たず、とはちょっと違う気もするが、どうしてもその人物たちが優菜の思い描くハッピーエンドへ向かうのを拒んでいるように感じる。

「でも、それって優菜さんの考え方だよね」

「私の……考え方?」

 一葉の言う事が理解できなくてつい鸚鵡返しをしてしまう。

「つまり、登場人物の行動理念が全て優ちゃんと同じになってしまっていると言いたいわけだね」

 だが、智は理解できたのか、明確な言葉として表現してくれる。

「ああ。さっき聞いた脚本の話からすると、例えば、踊り子に横恋慕をしていた王が、血は繋がってはいなくても自分の妃の娘だと知って、その恋を諦められるのか。恋敵である預言者を許せるかってところだけど」

 そこは優菜としても大いに悩んだところだ。つい、次の一葉の言葉に意識が集中する。

「優菜さんは許せるとは思えなくても、他の人から見たらどうだろうね?」

「他の人から……見たら?」

「ああ。人によっては優菜さんと同じ気持ちを持つかもしれない。それよりもさらに過激な、それこそ国を滅ぼしても構わないと思える程の怒りを感じる人もいるかもしれない。それとも、全てを許し、平穏を取り戻せると思える人もいるかもしれない」

「それは……」

 そうかもしれない。これはあくまで優菜の考え方で、他の人から見たら一葉の言うような感じ方をする人もいるのだろう。

「所詮、見る人全員を納得させられるような作品なんてないわけだしさ。だから、この話に対する自分の素直な気持ちを、その想いを伝えられるような脚本にすればいいんじゃない?」

「自分の、想いを伝えられるような……」

 優菜の想い……今の想い、それは……

「それを決めるのは、優菜さんの心だよ」

「……心?」

「まぁ、それが一番難しいんだろうけどね」

 と、寂しげに笑う一葉。その瞳は、窓際に置かれたキャビネットの天板に置かれた写真立てに向けられている。

 そこには、一組の家族の写真が飾ってあった。

 父と、母と、それから一組の双子。その双子は、見た目は勿論、何から何まで瓜二つだった。

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