納得できないなら、変えちゃいなよ。
翌日、同好会メンバーは裁縫部の部室へと足を運んでいた。
衣装のイメージ図を基に作成を依頼するのと、採寸合わせを行っている。
「えっ、夏奈子ちゃん、智ちゃんの恋人役なの?」
「そう!預言者なのー!」
夏奈子の採寸をしているのは同級生だ。夏奈子は誰とでもすぐに仲良くなれるので、顔も広い。今もわちゃわちゃしながら、採寸されている。
「山之辺さん、踊り子の衣装だけど、ここの布地からのラインは……」「あ、ここはですね。ドループ状に……」「そうすると、こんなイメージで……」「はい、良いと思います」
衣装の作成も当然手間と時間がかかるので、しっかりと相談しながら決めていく。
裁縫部での打ち合わせが終わった優菜は、採寸途中の部員を残し、建築部へと向かう。
大道具のセットのイメージ図を見てもらいながら、こちらでもしっかりと相談をして、作成をお願いする。
次は造作同好会だ。
裁縫部で依頼された衣装で使う小物のリストや、舞台で使う小道具のイメージ図を、説明しながら伝えていく。
続いて放送部だ。
今回の劇で行うBGMのデータは有馬八重が台本と共に残してくれていた。それらを劇中のどこで流すのか、脚本を交えて打ち合わせていく。
最後は、あんまり行きたくないが、逆那工作ラボだ。
その途中、採寸が終わり、練習に映った同好会メンバーを見かける。まずは基礎練習からという事で、中庭のランニングコースを走りこんでいるようだ。皆の頑張りに応えるためにも、自分にできる事をやっていこう、と優菜は気合を入れ直す。
「あら、山之辺様?」
「えっ」
そんな優菜に声をかけてきたのは、ショートヘアが良く似合う二年生、高遠双葉だ。優菜を見かけて微笑むその瞳は、右目が黄褐色、左目が深緑をしている。
その不思議な色合いに目を奪われていると「こんにちは。今日はお一人ですか?」と、気さくに話しかけてくる。
「はい。今は同好会の用事でいろいろ回っているところです」
「同好会……緑星祭の準備ですね」
双葉が納得した感じで頷く。そういえば、この人もいつも笑顔だ。でも、以前の燈火のように、裏が見えない感じはなく、寧ろ心から笑っている気がする。燈火を似非聖母というなら、こちらは真聖母といったところか。
「私、緑星祭は初めてなので、実はちょっと楽しみなんです」
「初めて?」
双葉は二年生だ。去年の緑星祭が中止になったという話は聞いた事も無いけど。そんな優菜の疑問を双葉がすぐに解消してくれる。
「私、転入生なんです。去年の秋からこちらに通うようになったので」
「ああ、そうだったんですね。もしかして、一葉さんも?」
双子一緒に転入してきたのだろうか。一葉はラボを設立しているくらいだ。その為に転入してきたと言われても変ではない。
「いえ、一葉お姉様は普通に入学されています。私は、一葉お姉様の身の回りの世話をするために転入してきたのです」
だが、双葉の答えは違った。一葉は優菜たちと同じように入学していて、双葉は世話をするために転入してきた、という事はもしかして。
「それじゃあ、一葉さんが車椅子に乗り出したのは、最近って事ですか?」
正確には去年の秋か、夏休みか。何か事故にでもあったのだろうか。だが、
「いいえ。一葉お姉様は確か……小学生の頃には車椅子に乗っていたようです」
その双葉の言葉に、優菜の頭は混乱してしまう。どうにも、話の統合性が無いような、奇妙な感覚に囚われる。
「双葉、何してるの?」
と、後ろから声がかかる。振り向くと、車椅子に乗ったショートヘアの少女。双葉と同じオッドアイで、しかし色は左右反転している。双子の姉、一葉がこちらに向かって来ていた。
「あら、山之辺さんだったのね」
一葉は車椅子を優菜の前で止めて優菜の顔を見上げてくる。因みに車椅子は電動式で、その操作も小学生の頃から乗っているからか、随分と手慣れたものだ。
「こんにちは、一葉さん」
「こんにちは。今日は一人なの?」
先程の双葉と同じことを聞いてくるところは、双子っぽいなと思う。
「はい。同好会の準備でいろいろ回っていたところに、双葉さんと偶然出会って」
と言いながら、双葉の方を見る。だが、その目に映るのは、顔を少しだけ俯かせて佇む姿だった。
「双葉さん?」
その様子に、妙な違和感を覚える。
「双葉。山之辺さんとは偶然廊下で会って、話していたんでしょ?」
「はい。偶然会ってお話ししていました」
一葉の問いかけに、双葉が顔を上げて答える。その表情はいつも通りの裏表の無い笑顔だ。
「なるほど。山之辺さん、双葉の相手をしてくれてありがとう」
と、一葉も優菜に微笑んでくる。
「あ、いえ。私の方こそ、そんな」
寧ろ、話しかけて貰えて嬉しいというか、何とも照れ臭そうに笑う優菜。
「けど、ごめんね。これから双葉には用事があるから」
「あ、はい。それでは失礼します」
お辞儀をして立ち去ろうとする。その瞬間に二人の様子を観察する。笑顔で手を振る一葉と、やはり少し俯き気味の双葉を見て、妙な気持ちのまま、その場を後にした。
「ようこそウェルカム!」
部屋に入るなり、仁王立ちで両手を広げて大歓迎される。今日も片眼鏡は絶好調の様だ。
「こんにちは、沙紗先輩」
特にリアクションも返さないように優菜が平静に挨拶をする。この人にいちいち反応していたら身が持たない。というか、広げた手には、何故か人形を持っている。左右一体ずつ、ビスクドールに日本人形と、これまた節操がない。
《こんにちは!私、マリーよ!よろしくね!》
《お初にお目にかかります、ルージーと申します。以後、お見知りおきを》
その両手の人形たちが喋り出して、ぺこっと会釈をしてくる。
「えっ?今、その人形、喋った?というか、動いた?」
優菜の目が正常なら、今確かに喋って動いたような。それとも腹話術か何かとか。
「ふっふっふ。驚いているようだね!」
だが、片眼鏡がその人形を部屋の中央にあるテーブルに置くと、その人形たちが自立して動き出す。
「えっ、えっ、ええー!!?」
《あなたは山之辺優菜ね!マリー知ってるんだから!》
マリーと名乗ったビスクドールは、その場で両手をぶんぶん振っている。
《山之辺様、逆那工作ラボへよくお越しくださいました》
ルージーと名乗った日本人形は、綺麗なお辞儀を披露する。躾はよく行き届いているようだ。じゃなくて、
「ええー、これ、どうなってるの?」
人形が自立して動いて、しかも喋るとか、優菜の中の常識ではあり得ない世界がここに存在している。
「これが逆那工作ラボが誇る最高傑作、マリーとルージーさ!」
その名前には聞き覚えがある。いつだったかの寮の食堂で、そんな話をしていた。その時はペットか何かの名前かと思っていたが、まさかのまさかである。
優菜が近づくと、マリーが手を差し出してくる。思わず握手をすると《これでマリーと優菜はお友達ね》と喜びの声を上げる。
ルージーにも手を伸ばし、頭を撫でる。優菜の為すがままにされているが、気持ちいいのだろうか。その辺りは人形なので、表情の変化も特になく、分かりづらい。
「珈琲でいいかね?」
と、いつの間にか沙紗が珈琲を用意してくれていた。ビーカーにインスタントコーヒーを入れてお湯を注いでいるけど、そのまま飲んでも大丈夫なのだろうか。
「ああ、心配しなくても、珈琲用だよ。はい」
「あ、ありがとうございます」
両手で受け取る。「奥に行こうか」と言って移動する沙紗に付いていく。実験道具が入った戸棚を横切ると、ソファにテーブルが置かれた居室に辿り着く。窓から見える景色は、港町と海。沙紗はいつもこのソファから、この景色を眺めているのだろうか。
「それじゃあ、さっそく見させてもらおうか」
「あ、はい。どうぞ」
向かいのソファに座る沙紗に脚本を手渡す。
「どれどれ」
ビーカーに砂糖をいくつか投入し、それを飲みながら脚本を読み進める。
「なるほど」
さっと目を通して、脚本をテーブルに置く。
「ああ、脚本のデータも送っておいておくれよ。後でマリーとルージーにも見せとくから」
「えっ、あの子たちも見るんですか?」
というか、見せてどうするつもりだろう。
「だって、読んでおかないと照明とかの操作ができないじゃないか」
「えっ?それは沙紗先輩がするんじゃ?」
逆那工作ラボには、照明などの舞台演出をお願いしている事になっているのだが。
「だからだよ。なぁに、あの子たちにもそれくらいできるさ」
「ええー?」
あの人形さんたちに、それをさせる気でいるらしい。大丈夫なのだろうか。真夜中に靴を作るのとはわけが違うと思うけど。いや、靴を作ったらそれはそれで凄いんだけどね。
「それよりもさ、この脚本書いたの、優菜ちゃんなんでしょ?」
「はい。正確には、有馬八重さんの作った脚本を短くまとめただけですけど」
それでも、語り手のナレーションや台詞回しなどは、いくつか変更しているが。
「ふーん。何だか優菜ちゃんらしくないなぁって思って」
だが、どうも沙紗には不評らしい。
「私らしくないって?」
「いやだって、これって悲劇でしょ?優菜ちゃんはこのラストに納得して書いたの?」
納得、と言われても……テーブルに置かれた脚本を見つめる。
「確かに悲劇で終わるのはちょっとって思いました。でも、こういうお話だし」
「これが有馬さんの作った脚本なら、分かるんだけどさ。あの人、悲劇とか好きそうだし」
有馬八重は悲劇が好き……電話やメッセージアプリでのやり取りには、そんな感じはしなかったけど、そうなのだろうか。人の内面というものは一つでは無いし、そうかもしれないけれど。
「これってフランスのオペラが原作でしょ?そこら辺は知ってる?」
「はい。一応は」
有馬八重からちらっと聞いた覚えがある、程度ではあるが。というか、この人は優菜の脚本を読んだだけで原作が分かったのか。普段は変人さが前面に出過ぎているせいでそうは思えないが、やっぱり凄い人だ。あさがおとどっちが博識なのだろう。
「オペラだから悲劇なんだろうけど、この脚本的にはどっちかというとミュージカルなわけだしさ。思い切って展開を変えてもよかったんじゃないかなーって」
「えー、そんな事してもいいんですか?」
これまで優菜は、有馬八重の作成した脚本を基にシナリオを組み立てていた。だが、大幅に変更とか、そんな事をしてもいいのだろうか。
「んー、有馬さんには改編の許可は貰ったんでしょ」
「はい。使用許可と一緒に」
「なら大丈夫でしょ。ベルヌ条約的にも、十九世紀の作品に著作権が残っているとは思えないし」
へーきへーき、と実に軽い。
そうは言うけど、素人同然の優菜がそんな事をしてしまっていいのだろうか。
「まぁ、優菜ちゃんがそれでいいって言うならしょうがないけどさ。もし、悲劇で納得できないなら、変えちゃいなよ」
そっちの方が面白くない?と気楽に笑ってくる。
何だか……沙紗も、最初に会った時と比べて変わった気がする。纏っている雰囲気というか、周りへの対応というか。それはやはり、あの人の影響なのだろうか。
最近は、歌劇同好会の部室でも沙紗を見かける。そして、大抵は咲恋と一緒に居る。一緒に笑っているところをよく見かけるようになった。
こうやって、人と人との関係は絶えず変わっていくのだろう。良くも悪くも。
だから、出来れば、今回のような良い変化ばかりであってほしいと願わずにはいられない。
「ああ、でも変えるなら変えるで早めにしないとね」
緑星祭までもう二週間を切っている。皆も台詞を覚えて、演技に磨きをかけている頃だろう。
だから、決断は早めにしないといけない。
「はい。ありがとうございました」
優菜は若干温くなった珈琲をグイっと飲み切ると、脚本を手に取りながら立ち上がり、お礼をする。
そんな優菜を見つめる沙紗の表情は、無邪気に笑う子どもの様で、とても魅力的に感じた。
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