まぁ、皆がそう言うなら。
優菜は今、歌劇同好会の部室で脚本作成を行っている。有馬八重が作成した脚本を基に、五十分のシナリオを二十分程度に縮めなくてはいけないのだが。
「うーん」
当然、優菜は素人だ。脚本なんか書いたことも無いし、ましてやそれを短くするなんて、どうすればいいのかすら分からない。結果、早くも難航していた。
一応、アドバイスは受けてはいるのだが、それを形にしようとすると上手くいかない。
それでも、何とか書き上げていく。
尚、有馬八重の作成した話の大まかな流れはこうなっている。
登場人物は、踊り子、預言者、王、妃、高僧の五人。
妃と踊り子は親子だが、幼い頃に生き別れていて、お互いに気が付いていない。
その母親が妃となったのは、踊り子と生き別れてからなので、王と踊り子には血縁関係が無い。
踊り子と予言者は最初から恋仲の設定で、踊り子は高僧に母親を探していると打ち明けている。
預言者は、この国が亡びるのは妃のせいだと予言し、激怒した妃は預言者を捕まえ、処刑しようとする。
王は処刑に反対するが、その時に見かけた踊り子を愛してしまう。
だが、踊り子の気持ちは預言者に向いていて、その嫉妬で王は預言者の処刑を決定してしまう。
一方、高僧から、踊り子が昔生き別れた子どもだと知らされた妃は、預言者の処刑を止めてほしいと懇願に来た実の娘の姿に考えを改める。
だが、それは預言者の処刑が終わった後だった。
踊り子は逆上し、妃を殺そうとするが、「私は、お前の探していた母親なのよ!」と真実を告げる。
踊り子は、その事実に絶望し、自ら命を落とす。
原作とは話の流れや設定などを変えているとは聞いているが、悲劇で終わるところは変わっていない。
この内容でミュージカル風に脚本されたものを、さらに短くしなくてはいけない。
短くするという事で、ある程度のシーンはカットしないといけないのだが、それで話が破綻してもいけない。
そもそも、どのシーンも、丸ごとカットしてしまうと、話が繋がらなくなりそうに感じる。
それでも手探りで、何とか進めていく。
分からなくなったら、図書館から借りてきた脚本の書き方の本を読んだり、メッセージアプリで有馬八重に相談する。
必要最小限、かつ、きちんと観客に伝わるように。そう考えるだけで挫けそうになるが、それでも何とか今週中には仕上げないと。
皆も練習を頑張っているんだし、期待には応えたい。
優菜が作業に没頭していると、やがて歌劇同好会のメンバーが部室に返ってくる。
「あー楽しかったー!」
ドアを開けるや否や、笑顔満開で感想を述べるのは、天真爛漫娘、夏奈子だ。練習後も全く疲れを見せない様子は、流石とも言える。
「みんな、おかえりー。今、飲み物用意するね」
「あっ、優菜ちゃん。私も手伝いますね」
席を立ち、流しに向かう優菜に魅由が付き添う。
「魅由、大丈夫?疲れてない?」
「はい、大丈夫ですよ、優菜ちゃん」
そう言ってにっこり笑う魅由。何だか、今のやり取りで元気になったような気がする。
「ふぅ。優ちゃん、私は熱いお茶を所望する」
そう言いながら、部室のソファにダイブするのは、可愛らしい西洋人形のようなゆるふわな存在、あさがおだ。こちらは疲れ切っていて、もう動きたくないといった感じか。
「優菜さん、脚本は進んだかしら?」
歌劇同好会現部長の燈火が、テーブルの上の書きかけの脚本に手を伸ばす。
「燈火ちゃん、書きかけの脚本を勝手に見たらだめよ」
と、そんな燈火を窘めるのは、先日同好会に復帰したばかりの咲恋だ。光の加減か、若干蒼みがかって見える長髪は、今は練習のためか後頭部でお団子に纏めて毛先だけ垂らしている。それでも垂らしている部分は長く、下ろすと膝くらいの長さがある。
「あはは、別に見てもらってもいいですよ。寧ろ、見て貰って色々と意見が欲しいです」
「あら、それじゃあ私も見ようかしら」
そう言って、燈火の手にある台本を覗き込むのは、生徒会長も兼任しているルミだ。
今日は最後まで練習に参加できたようで、随分と嬉しそうだ。
そうこうしている内に、飲み物が人数分用意できる。筆記用具などを退かして、マグカップを並べる。
「夏奈ちゃん、私のマグカップをここへ」
「ははっ、お任せあれ、智!」
何やら小芝居をして、あさがおと自分のマグカップをソファへと運ぶ夏奈子。そのままソファに座り、あさがおに手渡す。
「んくっんくっ、ぷはぁー。やっぱり疲れた時は熱いお茶に限るなー」
「そうですねぇ、智さんやー」
「そうですなぁ、夏奈さんやー」
その後は「智さんやー」「夏奈さんやー」とエンドレスに言い合っている。相変わらず、訳の分からない空気を醸し出す時があるな、あの二人は。
「うん。割といい感じに仕上がってるんじゃない?」
「ええ。初めてにしては上出来だと思うわ」
優菜の脚本を見ていた燈火と咲恋が好印象を漏らす。
「そ、そうですかー、あーよかったー」
優菜としては出来栄えが気になるところだったが、この調子なら何とかなりそうな気がする。
その後は雑談したりと、少しだけ寛ぎの時間を過ごしてから、下校する。
帰寮組と登校組に分かれる頃には、黄昏時が終わろうとしていた。
―interlude side Asagao―
帰りの新都市交通の車内は混んでいたが、二駅過ぎる頃には座席に座ることが出来た。
「それじゃあ咲恋も同じ県に住んでるんだ!」
春深女史の住んでいる所が同じ県だと知って喜ぶ夏奈ちゃん。
「ええ。と言っても、私たちが乗り換える電車は、夏奈子ちゃん達とは違うけど」
「そうだねー、まず鉄道会社からして違うよねー」
春深女史と燈火女史は、こちらでは有名な小豆色の電車に乗って通っているらしい。
「そっかー!じゃあ、途中でお別れだね!」
夏奈ちゃんはいつも通りの向日葵のような笑顔だ。その底抜けの明るさに助けられているのは、私だけではあるまい。
女史たちも、そんな夏奈子の事を気に入ったのか、名前を呼び捨てにされてても、特に気にする様子はない。
「でも、咲恋の住んでるところって観光地なんだね!行ってみたいなー!」
「いやいや、夏奈ちゃん。あそこへは昔、嗣ちゃんと三人で行っただろうに」
あれは、中学に進級したての頃だったか。珍しく嗣ちゃんが私たちを連れだしてくれたのを覚えている。
「あれー、そうだったっけー!?」
まぁ、夏奈ちゃんはどこに遊びに行ったかなんて、いちいち覚えていなさそうではあるが。
「ふふっ、良かったら案内するけど?」
「えっ!?わ、私、行ってみたいです!案内してください!」
咲恋女史の返答に一番反応を示したのは燈火女史だ。
この燈火女史だが、最初はかなり警戒していた。なにしろ、何時でも笑顔で飄々としていたからだ。私は常に笑顔でいる人間を信用していない。その裏の感情が読めないからだ。
だが、その印象が変わったのが先週末。何でも優ちゃんとお出かけをしていたらしい燈火女史は、部室に戻った時には見違えるほど分かりやすい笑顔になっていた。
それは、やっぱり優ちゃんの影響だろうか。みーちゃんも近頃はかなり打ち解けてきている感じだが、それも優ちゃんのお陰だろう。
夏奈ちゃんも妙に優ちゃんに懐いているし、もしや誑しなのでは、とつい疑ってしまう。
「わー、案内してくれるって!楽しみだねー、智ー!」
そんな私の思考を夏奈ちゃんが遮る。全くこの子はいつでも私を振り回す。だが、時にはそれがありがたいと思う。
そうやって振り回されている内は、私は子どもでいられるのだから。
― interlude end―
あっという間に一週が過ぎ、緑星祭まで残り二週間。
今日は部室で、配役について話し合っていた。その話し合いの中心は、勿論主演についてなのだが。
「いやいや、何で私なのだね!?」
突然白羽の矢を立てられて困惑しているのは我らが知恵袋であり、マスコット的存在でもあるあさがおだ。
「ですが、智が一番適任だと思うのですが」
その矢を突き立てたのは魅由。緑星祭で行う演目の主演である、母親を探す踊り子役にあさがおを推薦したのが事の始まりである。
「ねぇ、どうして智が適任だと思うの?」
恐らく魅由の中にしかない論理に、優菜がその証明を求める。というか、優菜には全く理解できていない。
「どうしてって……優菜ちゃんはこの脚本を書いている時、智をイメージしていたのではありませんか?」
いや、だから、どうしてそう思ったのかが知りたいんだけど。
当然、優菜は誰がどの役をするのかなんて考えていなかった。そもそも、素人である優菜が、そんな事を考えてまで脚本を編集できるわけがない。
だが、仕上がった脚本を見た魅由は、主演はあさがおが適任だという。
「確かに、どうして魅由さんがそう思ったのか、知りたいかなー」
現部長である燈火にも分からないらしい。
「どうしてと言われましても……そう感じたとしか」
魅由が困ったように優菜を見つめてくる。まぁ、優菜にも分からないので見つめられても困るんだけど。
だが、この場にいる三年生は違ったようだ。
「確かに、これは智さんに合ってる気がするわね」
「会長もですか?私もそう思えました」
ルミと咲恋が、魅由の意見に同意を示す。
「……マジで?」
あさがおの絶望にも似た声に、三年生が頷く。
これは何か、人生経験を積まなければ分からないものでもあるのだろうか。
結局、いい加減決めないと練習もできないと判断して、配役は以下のようになった。
まず主演、母親を探す踊り子役があさがお。
その母親役が魅由。
その夫である王役が燈火。
娘役が愛する預言者が夏奈子。
母親役に、踊り子が自身の娘だと知らせる高僧役にルミ。
最後に語り手が咲恋。
「ううう……本当にいいのかね?」
私なんかで、と言外に語ってくる。
「大丈夫!智ならできるよ!」
随分無責任な大丈夫のように感じるが、この二人は幼馴染だし、何か根拠でもあるのだろう。多分、きっと。
「分からない事があれば、いつでも相談してね」と咲恋。
「そうよー、舞台はみんなで作るんだからー」と、燈火もフォローしてくれる。
「ううっ、まぁ、皆がそう言うなら」吝かでも無いといった感じで、頷くあさがお。
「それにしても、春深さんが語り手だなんて以外ね」
ルミが、咲恋の配役に付いて言及する。だが、この疑問はルミだけではないだろう。恐らく皆思っているだろうし、本当にいいのかとさえ思っている。
「んー?何か変なの?」
訂正。若干一名は特に何も思っていなさそうだ。
「そう?私は一度、やってみたいと思ってたんだけど」
咲恋の言葉通り、この配役は彼女の希望だ。今まで主演しかしてこなかったから、と語り手に立候補したのだ。
主演しかしてこなかったというのは凄い事だが、咲恋が言うと様になるのだから不思議なものだ。
「まぁ、今回は新メンバーでの初の舞台だし、色々試してみるのもいいかもねー」
燈火の言葉に頷く姿が見られるので、配役はこれで確定しそうだ。
「それじゃあ、さっそく読み合わせをしてみましょうか」
その後は、皆でテーブルを囲み、役作りに励んだ。
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