ただ、どうしてと尋ねればよかっただけなのに。

―interlude side Sasa―


 放課後。

 私は、彼女を探していた。

「っ……」

 けど、見つからない。いや、見つけられないのか。

 そんな弱気な私の耳元に、今朝聞いた言葉が蘇る。

「ですが、信念はあると思っています」

 それは、今朝、私の目を覚まさせた言葉。そして、かつて、我が親友が投げかけてくれた言葉でもあった。



「逆那さんは、自分を信じているのね。その行いが良い方向に繋がっているって」

「そりゃあ勿論。何故なら私は天才だから!」

「そして、それが間違っていた時には、素直に謝れる人」

「……は?」

「でしょ?」



 ふふっと妖艶な笑みを浮かべる、我が親友の紅を思い出す。「あ、でも」と続けた戒めの言葉まで同じだったのには驚かされたが。

 ルミの、そして魅由ちゃんの言う通りだ。

 そうさ。

 そうやって逆那沙紗は生きてきた!

 それを!今更!変えられるものか!!


 だが、見つからない。

 どれだけ探しても、彼女を見つける事は出来なかった。

 そもそも見つけられるものでもないしな。彼女があの力を使えば、人の目で見つける事は不可能だ。

 ならば、マリーとルージーの力を借りるか。

 否。それは違う。

 合理的でない。効率的でもない。

 けど、私が、彼女を、この目で見つけなくてはいけないんだ。

 でも、見つからない。見つからないなら……

 私は息を吸う。

 こちらを見つけてもらうまでだ!


「どこにいるんだよ!されーーーーーん!!!」


 私の絶叫をやがて噴水の音がかき消していく。

 空を見上げる私の視界は一面の紅。

 やがて闇に落ち、世界を安寧に導く黄昏色。

 息を切らせ、その終焉を呆然と見ていた私の鼓膜に響く声。


「そんなに大きな声を出さなくても、聞こえています」


 私の鼓膜に響く音色は、私が探しに探し求めた存在。その証明を示すかのように。

「はっ、ははっ」

 私の乾いた笑いを呆れた顔で見つめる、彼女の姿があった。


 とりあえず移動しましょうか、と提案されて辿り着いたのは一つのガゼボ。

 私と彼女が、初めて話した場所。彼女がここを選んでくれた事に、意味はあるのだろうか?

 そんな私の思考を余所に、彼女が着席する。私は、その向かいに座り、彼女の表情を見る。

 彼女は、今日もあのフィルターを解いている。それは私にとっては喜ばしい事なのだろうか。

 いや、迷うな。今日、私が彼女を探していた理由はたった一つ。

 昨晩の彼女の問いに答える事。


 何のために。その問いに私は答える。


「今日、どこにいたの?」

 正面に座る儚げな姿に問いかける。

「今日、ですか?」

「ああ。今日一日中、あんたを探してたってのに。それなのに、見つからなくて……」

 見つかってくれなかった彼女と、見つけられなかった自分に腹が立つ。

「それは見つけられませんよ。だって、私はさっきまで学院にいなかったんだから」

「……は?」

 学院に……いなかった?

「それなのに探していたなんて」と、呆れた表情を見せる。

「いやいや、ちょっと待ってよ!なんでいなかったの?まさかとは思うけど……サボり?」

 サボり、という言葉は心外だったのか、若干睨んでくる。

「……サボりじゃないです。会いに行っていたんです」

「会いに?誰に?」

 と言いながら、これは愚問だなと思う。

「……八重さんです」

 やっぱりか。でも、ここから有馬さんの通う大学、その下宿先へは新幹線でも片道三時間はかかる。随分と思い切った行動に出たものだと感心する。

「別にあなたの話を疑ったわけではないですよ。ただ、聞いてみたかった……八重さんの本当の気持ちを」

 私の沈黙を疑念だと感じたのか、彼女がすかさず付け加えてくる。

「聞いて、どうだった?」

 これも愚問だろう。何故なら、私はその答えを知っている。

「ちゃんと聞けて、良かった……」

 その表情から、安堵した様子が伺える。

「そっか」

 しっかりと確認できたんだ、有馬さんの気持ちを。良かったと心から想う。

「……それにしても」

 と、ジト目に戻りながら呆れた声で、

「もしかして、今日一日中、校内を探してたの?」

「うっ……」

「学院にいなかった私を?」

「い、いや、だってさ」

 来てると思うだろ、普通。彼女の出席率は高いというデータもある。ああでも、せめて出席しているかだけでも確認すればよかったかも。


「それで……」

「ん?」

「……どうして、私を探していたの?」

 そう尋ねる口調から緊張が伝わってくる。私が彼女を探していた理由。それを知りたいけど、聞きたくない、といった感じか。その瞳には、期待と怯えが入り混じっている。

 そんな相反する想いに答えなくてはいけない。

「昨日、どうしてそこまでするのかって聞いたよね」

 無言で頷く彼女の表情は硬い。

「その答えを伝えるために探してたんだ」

 その表情を、気持ちを、少しでも安心させようと、明るめに振舞う。それでも、彼女の緊張は続いている。縮こまるように私の言葉を待つ彼女に、

「そんなの決まってる。私のためだよ」

 私は、昨日出された宿題を漸く提出する。

「……えっ?」

 だが、求めていた答えと違ったからか、硬い表情のまま小さく驚いている。

 もしかして、あんたのためだとでも言われると思ったのだろうか。そんな事、私は嘘でも言わない。何故なら、

「何故なら!私は逆那沙紗だからね!逆那沙紗は自分のためにしか動かないし、頑張らないのさ!」

 立ち上がりながら高々と宣言して、ついでにあーっはっはっは!と笑っておく。そんな私の傲慢さを目の当たりにして、彼女はどう反応していいのか分からないようだ。

「だから、私はあんたを歌劇同好会に復帰させてみせる!必ずだ!」

「……は?」

 えっ?の次は、は?か。いいぞいいぞ、だいぶ崩れてきたな。

「ど、どうして……?」

 私の発言の意図が読めずに困惑しながらも、その訳を聞いてくる。

「どうしてって、それが私のやりたい事だからだよ!」

 そう。私は、彼女が歌劇同好会に戻る事を心から望んでいる。

 小学生の時のようなお姫様ではなく、中学生の時のような空気のような存在でもなく、ましてや、今みたいな悲劇のヒロイン気取りなんて論外だ。

「あんたが自分には何もないと思ってても、自分の力を忌み嫌ってようと、そんなの関係ない!私は、春深咲恋が、華々しい舞台で可憐に輝く姿を見たい!そのためなら何だってやってやる!ただそれだけだ!」

 私の言葉に咲恋が息を吞む。そんな理由で、と、その瞳が見開かれる。

 それは余りに自己中心的だ。けど、これが私という存在で、咲恋のこれからを輝かせる事ができる唯一の方法だと信じている。そう信じたのなら、突っ切るのみだ!

「ああ、因みに言っとくと、私はしつこいよ。今ここで咲恋が逃げても、ずっと追いかけるからね」

 唐突なストーカー宣言に、我ながら笑えてくる。でも構うものか。それが私だ。

「だから、咲恋に残された選択肢は二つだけ。大人しく歌劇同好会に戻るか、あの力を使って私にこれ以上付きまとうなって命令するかだ」

 それ以外は認めない、という強い意志を込めて咲恋を見つめる。

 もしも、これでも咲恋が動けないのなら、その時は私が間違っていたという事だ。その時は素直に謝ろう。いや、あの力で命令されたら、謝る事すら出来ないかもな。

 審判の時を待つ私を、呆然と見つめる咲恋。やがて、硬くこわばっていた表情が崩れる。

「そんなの、私が選べるのは一つだけじゃない」

 卑怯よ、と。咲恋の頬を雫が伝う。降りしきる雨粒を今度は零さないようにと私の手が伸びる。豊頬に添えられた手のひらからは、咲恋の情感が伝わってくるようで、それを僅かたりとも逃がす気は無かった。


 やがて、咲恋が落ち着きを取り戻した頃。

「はぁ……本当、自分勝手」

 そう笑顔で責めてきた。

「言ったろ。それが私だって」

 その笑顔に、私は最大限に答える。咲恋の瞳がまた潤みだす。その目尻に指を這わせると、はにかむように表情が緩む。

 暫く、その顔を眺めていると、

「あの……」

 と、遠慮がちに話しかけてくる。

「何?」

「……私、今まで分かっていなかった。これまでの自分が何もしていなかったんだって」

 それは事実で、同時に、私が咲恋を傷付けた事でもある。事実は、時に人を傷付けるのだ。

「でも、あなたに言われて、今日、八重さんにも会って、その事を知った」

「ああ、そうだね」

 確かに咲恋は、歌劇同好会の部長としては相応しくない行動を取ったのかもしれない。

 辞めていった部員たちの気持ちを知ろうとはしなかった。ただ、どうしてと尋ねればよかっただけなのに。

 一番大切に思っていた先達の気持ちでさえも。ただ、どうしてと尋ねればよかっただけなのに。

 だけど、それは昨日までの咲恋だ。

 今日からの咲恋はそれができる。

 例えその事を誰も信じなくても、咲恋自身が信じられなくても、私は信じている。私だけは信じられる。

「だから……私、同好会を辞めていった人たちにも聞いてみたいの……どうして、辞めていったのかを」

「それは……」

 咲恋の決意……それは、あまりにも過酷な苦行ではなかろうか。人間、誰しもが他人を許せるわけではない。非難する者もいるだろう。それ以前に、もう会いたくないと、顔すらも見たくないと思っている者もいるだろう。そして、それらに咲恋は傷付く。もしかしたら、立ち直れない程に。

 咲恋もそれは分かっているはずだ。それなのに……

「けど、私一人ではとても無理だから……だから、さ、沙紗にもついてきてほしいの」

「えっ?ああ、それはいいけど」

 唐突なお願いに今度は私が固まる。

「って、あれ?今、私の事、名前で呼んだ?」

 そうだ。確かに聞こえた気がする。沙紗って。私の名を呼ぶ声が。

「っ!」

 私の指摘に、咲恋の顔がみるみる紅に染まっていく。

 あれ?なにこれ?

 こういうシチュの時は、相手を揶揄う絶好のチャンスなのに……


 何で、私まで照れてんだよ!


 あー、絶対私の顔色も咲恋と同じだな、こりゃ。

 固まって何も言えないでいる私を見つめながら、不安げに「……駄目?」と、言葉通りの駄目出しを突きつけてくる。その上目遣いは反則だろー。

「駄目なわけない!どこまでもついていくからな!覚悟しろ!」

 私のやけくそな宣言に、咲恋の表情が緩む。

 こうなったら、皿まで食べてやる。


 何故なら!

 私は、逆那沙紗なのだから!


― interlude end―

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