三つの議題、三本立て

「さーて、それでは今日の歌劇同好会はー」

 と言いながら、その場で一回転をして、ホワイトボードを右手で指し示すのは、すっかり司会役として定着してしまったあさがおだ。

「部員勧誘、春深女史同好会復帰作戦、緑星祭に向けて、の三本立てだ」

 ホワイトボードには、あさがおの宣言通りに三つの議題が書かれている。というか、三本立てって?

「わーい!智ー!」

 若干一名程、大いに盛り上がっているが、他のメンバーは極めて正常だ。つまり、また何か始まったなという思いで見守っている。

「えーっと、まずは部員勧誘についてなんだけど」

 だが、そのままでは埒が明かないので、三七三が進行を促す。

「うむ。その事なのだが……」

 夏奈子の声援に手を振って応えていたあさがおが、司会を再開する。


「つまり、歌劇同好会の部員に裏方の仕事は必要ないと?」

「その通りだ、みーちゃん」

 この学院には、様々な部活、同好会があり、歌劇同好会の裏方の仕事等は、それぞれに特化した部、同好会が助力をしてくれるらしい。

 舞台の大道具は建築部が、小道具については造作同好会が、衣装については裁縫部が、BGMには合唱部や吹奏楽部、軽音同好会などが提供してくれる。

 勿論、それらの部も、歌劇同好会に協力したという事で活動実績を得られる。所謂Win-Winな関係だ。

 因みに、夏奈子が破壊した生徒会室の壁や歌劇同好会のドアも、建築部が直したらしい。万能すぎる活躍を見せる建築部に、優菜は頭が上がらない思いだ。

「えっ、それじゃあ優菜はどうなるの!?」

 当然、裏方を担当しようとしていた優菜は仕事が無くなる事になる。だが、そこは三七三が助け舟を出す。

「そうねぇ。優菜さんにはその取りまとめをしてもらおうかしら」

 笑顔で伝えてくるその姿は、今まで抱えてきた不安や悩み事が吹っ切れたように見えて、優菜としても喜ばしい。

「確かに、他の部に協力を仰ぐとしても、調整役は必要だ」

 あさがおが上手く着地点を決めてくれて、優菜の今後の身の振り方が判明する。

「だけど、部員数としてはまだまだ足りないから、募集はかけていきたいわね」

「では、部員勧誘は今後も続けていくとしよう。では、次だが」

 三七三が纏めて、あさがおが進行する。順調に進む話し合いはストレスフリーで大変喜ばしい。


「春深女史についてだね。では、ルミ女史、よろしく頼む」

「……」

「ルミ女史?」

 再びのあさがおの呼びかけにも、反応を示さない。そういえば、部室に戻ってきた時も、ルミは夏奈子に何も言わなかった。その事に疑問を感じているのは優菜だけでは無いだろう。

 何しろ噴水に無理矢理落とされたのだ。小言の一つでもあると思っていた夏奈子も拍子抜けした感じで、どう接していいか分からないでいる。

「えーっと、ルミさん?」

 優菜の呼びかけに、漸く我に返ったルミは「えっ?あ、ごめんなさい」と頭を下げる。

「少し考え事をしていたものだから。本当にごめんなさいね」

 そう言って、もう一度頭を下げるルミさんは、いつもと変わらない気がする。そう見えるだけなのか、そう見せているだけなのかは別として。

「ふむ。まぁいい。春深女史については、知人に相談していると言っていたが、その後はどうなのかね?」

 生徒会長に対しても口調が変わらないあさがおは、凄いのか、それ以外か。だが、その事には特に気にする事も無くルミが答える。

「ええ。その件は沙紗が任せてほしいと言ってきたから、お願いしているわ」

 その名前を聞いたあさがおと三七三が、顔を顰める。

「げっ、あの変態女史か……」

「沙紗さんって、あの逆那沙紗先輩ですよね。大丈夫なんですか?」

 日頃の行いからして自業自得と言えなくもないが、酷い言われようである。そんな二人に、

「ええ。沙紗はやると決めたら必ずやり遂げる子だから」

 やり過ぎてしまう事はあるけど、と付け加えられた言葉に、一抹の不安を覚えるのは優菜だけではなさそうだ。

「まぁ、なんにしても、春深女史に会う事が出来るのが逆那女史だけとなると、私たちからは手の打ちようもないな」

 言いながらホワイトボードに変態待ちと記入する。知らない人が見たら、色々と誤解を生みそうである。


「では、最後に緑星祭についてだが」

 あさがおが三七三に視線を送る。

「私としては、緑星祭は、講堂で歌劇を披露したいと思うんだけど、皆はどうかな?」

 三七三の提案に、皆が頷く。

「そうだねー!せっかく同好会に入ったんだもん!」

「私も異論はありません」

 それぞれの反応を見て、あさがおがホワイトボードに講堂にて歌劇を行うと記入する。

「ありがとう。そこで、皆さんには、どの演目をしたいか、考えてきてほしいの」

「演目、ですか?」

「ええ。既存の演目や、過去にこの同好会で作られたオリジナル作品でもいいわ。台本や資料はあそこに在るから」

 三七三が示す先には一つのキャビネット。硝子戸の中に、本やファイルが立てかけられている。

「期限はどうするね?」

「そうねぇ。緑星祭への参加申請期間は来週いっぱいだから、水曜日にしましょうか」

 ホワイトボードに期限は水曜日と記入される。

「決まったら申請書の作成ね。後、優菜さんには、それまでに各部活を回ってもらえるかしら?」

 三七三がタブレットを操作すると、優菜のタブレットにデータが届く。開くと[緑星祭参加申請書]という登録フォームが表示される。

「そこの、協力部ってところを埋めてきてほしいの。やり方は……」

 三七三が優菜に近づき、操作方法を教えてくれる。

「ここをこうして……」「えっと、こうですか?」「そうそう。簡単でしょー」

 無事、登録方法を理解することができた優菜に、三七三が優しく微笑む。その柔らかい笑顔を見て、これが本当の三七三の笑顔なのかな、と思う。

「回ってもらう部は、建築部、造作同好会、裁縫部、放送部かしらね」

「放送部には、何をしてもらうんですか?」

「舞台の音響やBGMを管理してもらうわ」

「生演奏、ではないのですか?」

 魅由がおずおずと手を上げる。

「ふむ。確かにここの講堂にはオケピがあるな」

「オケピ?」

「オーケストラピットの略語ですよ、優菜ちゃん」

 優菜の疑問にはここぞとばかりに魅由が答える。

「お、おーけすとぴおけぴと?」

 夏奈子がよく分からない、何だか古代に滅亡した人種のようにも聞こえる間違え方をする。

「舞台と客席の間にあるオーケストラが演奏を行うスペースの事よ。普段は客席になっているから、優菜さん達は見たことは無いと思うけど」

 ルミが補足してくれる。つまり、ここの講堂なら生演奏で舞台もできるという事か。

「確かに生演奏でしたこともあるけど、今回は時間的に厳しそうね」

 ここにいるメンバーは三七三を除いて初心者だ。まずは舞台の基礎から習わなくてはいけない。その上、生演奏で行うとなると、そのリハーサルにも時間が取られるし、演奏をしてもらえる部とのスケジュールの調整も必要になる。そう考えると、時間は全く足りておらず、実現は難しそうだ。

「そうですか。残念ですが、仕方ありませんね」

 魅由があっさりと身を引く。が、少しだけ残念そうな表情を見せる。昔に見た舞台を思い出したのだろうか。あの時の感動を語ってくれた魅由は可愛かったなぁ、と、優菜の思考が脱線する。

「まぁ、そういうわけで、優菜さんには明日から各部を回ってもらうわ」

 よろしくね、と三七三が微笑む。事故を起こす前に戻ってこられた優菜が短く返事をする。

「では、話し合いはこれくらいかね?」

「ええ。残りの時間は、各自で演目選びにしましょう。ここにあるもの以外でも、図書室にもいろいろと参考になるものもあるわよー」

 ゴールデンウィーク明けから一週間も経っていないのに、随分と変化があったなと思う。けど、悪くはない。とても充実している。

 とりあえず、明日の放課後から各部室巡りを頑張ろうと、優菜は右手を握りしめた。

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