逆那沙紗は欺かない

―interlude side Sasa―


「ふむ……」

 私は今、北関東の温泉地の一つにある名所に来ている。

 春深家を訪れた後、そのまま新幹線に飛び乗り、ここまでやってきた。

 温泉宿で旅の疲れを癒した本日、市役所の児童福祉課にて当時の話を聞いた後、こうして観光がてら、訪れてみたのだが。

「しかし、ちょろいな」

 田舎のお役所というのは、若人の勉学の為には助力を惜しまないらしい。私が将来、児童福祉の仕事に就きたいので勉強させてほしいと話したら、休日返上で協力してくれた。

 その犠牲で得られたものは、昨日、春深家で聞いた話と差異は無いと証明されたくらいか。

 つまり、咲恋は、この[生き物を殺す石]の近くで保護された、身元不明児だという事だ。



「では、その温泉には、定年祝いの旅行で?」

「ええ、ささやかながらの労いとして」

「そこで、出会ったと」

「ええ。保護した、と言った方がいいのかしら」

「その時の様子はどうでしたか?」

「確か……立ち入り禁止の柵の向こうにいて……あの人が、危ないからこちらへいらっしゃい、と声を掛けたのよ」

「その時の彼女の様子は?」

「そうねぇ。ゆっくり振り向いて、素直にこちらへ来てくれてたかしら」

「その後は?」

「迷子だと思ったから、まずは駐在所に行ったわ。でも、誰も探していなかったし、あの子も名前以外覚えていなくて」

「それで、引き取ろうと?」

「ええ。私たち夫婦は、終ぞ、子宝には恵まれなかったから……」

「そうでしたか。いろいろとぶしつけな質問をしてしまい、失礼しました」

「いいのよ。私も、あの人も、あの子が幸せなら、それだけでこれまで生きてきた意味があったって思っているから」


 咲恋を養子に迎えた老婆は、そう言って、幸せそうに仏壇を見る。

 そこに在ったものを。今尚そこに在るものを。確かめるように。



「さて」

 感傷に浸るのはこのくらいにしておこう。

 私は咲恋の過去を知った。事実関係もしっかりと確認した。

 だが、まだだ。まだ足りない。

 私はもっと知らなくてはいけない。

 咲恋という存在を。その意味を。存在証明を。


 スマホにメッセージを送る。そちらに着くのは昼過ぎになりそうだと。

 送信後、直ぐに移動を開始する。返信を見る必要は無い。

 何故なら。

 私は、必ず、咲恋という存在に辿り着いてみせると決めたのだから。


― interlude end―

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