自分がそう思って、相手もそう思えば。

 翌日、食堂で魅由と朝食を取った後、一旦優菜の部屋の前で別れる。


 今日は魅由とお出かけだ。魅由は行ってみたい所があると言っていたので、今日は案内してもらえる事になっているのだが、肝心のどこに行くかはまだ聞いていない。


 と、こうしてはいられない。魅由が迎えに来る前に着替えなくては、と、クローゼットを覗く。

 前回の服装は、魅由にはどうも刺激が強すぎたようで、今回は自重しないと。

 と、一枚のシャツワンピースを手に取る。紺と白をベースとしたゆったり目のワンピースだ。スカート部分はレイヤードで、外側は膝丈だが、正面から時計回りに短くなっている。背中に回る頃には、内側よりも短くなっており、再び正面に来る頃には、おへそ辺りまでの丈しかなくなる。内側も外側と同じような構造だが、傾斜は小さく、膝上丈から最終的にミニ丈で納まっている。これと黒のタイツを履き、姿見でチェック。準備完了したところで、ちょうど呼び鈴が鳴る。

「はーい」と、返事をしながら、部屋を出る。


「お待たせ、魅由」

 部屋を出ると、廊下に緊張した面持ちで魅由が立っていた。

 今日の魅由のコーディネートは、シンプルな白ブラウスに、ミモレ丈の黒いフレアスカートだ。頭には麦わら帽子を被っている。今日もお嬢様感全開で、大変可愛らしい。

 優菜がその可愛さを堪能していると、またしても魅由がよろめく。

「わぁ、また!?」

 慌てて魅由を支える。

「えっと、もしかしてまた派手だった?」

 これならいけると思ったのだが、まだ刺激が強すぎたのだろうか。

「あ、いえ。その……」

 魅由がしどろもどろになりながらも、感想を述べてくれる。

「可愛い感じの優菜ちゃんも素敵すぎて……」

 これまたなんとも反応に困る事を言ってくる。

「あ、あはは。魅由もとっても似合っていて、今日も可愛いよ」

「はぁっ……あ、ありがとうございます」

 何とも言えない恥ずかしさに、つい先日と同じやり取りを行ってしまう。魅由の独特の恥ずかしがり方も、あの時の再現の様で、なんだか不思議な気分になる。

「と、とりあえず出かけようか」

 寮の廊下でいつまでもこうしているのは、流石に気まずい。優菜は自然と魅由の手を取りエレベーターへと歩き出す。

「はぁっ……う、嬉しいです、優菜ちゃん……」

 自然と手を繋いでもらえた事が嬉しいのか、魅由が今日二度目の照れの吐息を漏らす。その幸せそうな呟きに気が付かない振りをするには、どうにかしてこの耳を隠さなくてはいけないのだろうな、と優菜は頭を悩ませた。




 新都市交通の終点からバスに乗り換え、そこから更にロープウェイに乗り換える。

 緑の中を上へ上へと昇っていき、中間駅を一つ通過して、尚も空へと向かっていく。

「優菜ちゃん、素敵な景色ですね」

 魅由は、ロープウェイから見える坂の街を楽しそうに眺めている。その先には海が見える。私たちの通う学院も見えているのだろうか。残念ながら六芒星の姿は確認できなかった。

 やがて、山頂駅に到着する。駅を出て飛び込んでくるのは、緑と街と海。それらを一望できる場所、ハーブ園が魅由の行ってみたい場所だった。


 駅から降りた広場には、レストランやカフェ、お土産屋さんなどがある。その先には煉瓦造りの時計塔があり、そこを抜けると薔薇園が広がっていた。

「わぁ、優菜ちゃん。薔薇ですよ」魅由が生垣の一つに近寄り、瞳をうっとりさせる。

 まだ蕾のものもあるが、色とりどりの薔薇が見事に咲いている。魅由はそんな薔薇たちを、楽しそうに見て回る。

 こんな風にはしゃぐ魅由の姿が見られるなんて、入学した時には思いもよらなかった。特に、ゴールデンウィークの出来事の後は、本当にいろんな表情を見せてくれるようになった。まぁ、優菜の前限定であるのが、少し残念な所なのだが。

「あ、優菜ちゃん。奥に資料館があるみたいですよ。行ってみましょう」

 薔薇を十分に堪能した魅由が、優菜の手を握り、奥へと誘う。その手に引かれるまま、優菜は魅由の後を追っていった。




 資料館を見て廻り、駅のある広場に戻る途中、

「おや?」「あれ、一葉さん?双葉さんも」

 車椅子に乗ったショートヘアの少女と、その車椅子を押す同じ顔をした少女、星ノ杜学院の二年生、高遠一葉、双葉姉妹と出会う。二人とも、休日なのに制服を着ており、その相貌の酷似性も手伝って、周囲から注目を集めている。

「こんにちは、一葉さん、双葉さん」

「こんにちは、山之辺さん。これまた随分と奇遇ね」「こんにちは、山之辺様」

 車椅子をこちらに向け、双子の姉妹が優菜に挨拶をする。と、一葉が魅由に気が付く。

「おやおやすまないね。デートの最中だったようで」そう言って、目を細める一葉の瞳の色は、右が深緑、左が黄褐色をしている。

「えっ、いや、デートだなんて!?」

「あははは、照れない照れない」

 途端に慌てる優菜に、一葉がけたけたと笑う。

「あの……」と、それまで沈黙を守っていた魅由が声を上げる。

「優菜ちゃんを困らせないでください」

 一葉の不思議な色合いの瞳を正面から見つめて、先輩だろうと誰であろうと、言うべき事ははっきりとものを言う魅由。

「あらら、可愛い彼女に叱られてしまったよ」

 だが、一葉はそんな魅由を軽くいなし、優菜に同意を求めてくる。そんな一葉を見つめる魅由の瞳が鋭さを増す。ああ、このパターンは機嫌が悪くなるやつだ。優菜がどうしようかと悩み始めたところで、

「ふふっ、すまないね。困らせるつもりはなかったんだけど。悪かったね、粉雪さん」

 有難い事に、一葉が白旗を上げてくれた。

「……どうして、私の事を?」

 だが、魅由は別の事が気になったようだ。そういえば、魅由は一葉と会ったことが無い。少なくとも優菜の記憶の中では。確か、双葉とは食堂で一度会っていたと思うが。今の魅由の言葉からしても、優菜の考えは間違ってはいなさそうだ。

「それは勿論。君たちShikiし~ずは有名だからねー」

 まるで星ノ杜の学生なら常識だよと言わんばかりだ。いや、そんな常識は止めてほしいんだけど。

「そうでしたか」

 あっさり納得する魅由。というか、どうでもいいんだろうな、今の言い方からすると。本当に、魅由の関心事は優菜にしかないようだ。

「っとすまない。邪魔したね」

 ここで一葉が退場の意を示す。

「あ、いえ。そんな」

 今日は揶揄われたが、優菜は一葉の事を、知り合いの中では一番の常識人だと思っている。以前もアドバイスをしてくれたし、出来ればもっと仲良くなりたいとも思っている。

「ふふっ、私もご一緒したいのはやまやまだが、これから資料館を見に行く予定だから」

 と、優菜たちが来た方向に目を向ける。流石に一葉に付き合ってもう一度同じところを回るのはどうかというところか。まぁ、もし魅由がいなければ、優菜はそれもいいかなとは思うのだが。

「それに、君のお姫様がこれ以上へそを曲げても困るだろう?」

「あ、あはは」

 左手を口の右側に当てて、こそこそ内緒話でもするかのように話す一葉の姿に、思わず乾いた笑いが出る。なにやら今日の一葉は、学校で見るよりも随分お茶目だ。やはり休日という事で、開放的な気分になっているのだろうか。

「それでは、また学校で。というか、ラボにも遊びに来ておくれよ」

 待っているからさ、と手を振る一葉を見て、双葉が軽く会釈をして行動を開始する。

 立ち去っていく車椅子を見つめながら、今日も双葉は挨拶以外一言も発さなかったなと、優菜は奇妙な気分を感じていた。




 優菜と魅由は、石畳の坂道をゆっくりと下っていく。

 ロープウェイの山頂駅近くの階段を降りると、ロープウェイに乗っていた時に見えたハーブ畑や庭園などを巡る事ができる。

 本来なら、それら一つ一つを楽しみながら巡っていたはずなのだが、

「……」

 一葉と別れてから、魅由は一言も発しなくなってしまった。この沈黙にとても耐えられそうにないけど、かといってそれを破る事も優菜にとっては難しそうだ。

 仕方が無く、優菜も黙ったまま下っていくと、大きな温室が見えてきた。

「えーっと、魅由。あそこ、寄ってみる?」

 これは好機だと言わんばかりに、優菜が思い切って声をかける。

「えっ、あ、はい。優菜ちゃん」

 久しぶりに聞いた魅由の声からは、いつも通りの印象を受ける。機嫌、悪くなかったのかな、と思っていると、

「あ……ごめんなさい。私、考え事をしていて」

 どうやら、今までだんまりだったのは思考の檻に捕らわれていたかららしい。

「そ、そっかぁ。よかったぁ」

 思わず安堵の溜息をつく優菜。

「ごめんなさい、優菜ちゃん。つまらなかった、ですよね」

 魅由が申し訳なさそうに俯く。

 魅由は生真面目な性格が災いしてか、どうしても自分のせいだと考えがちになる時がある。優菜にしても自分のせいだと思ってしまう性格なのだが、割と簡単に諦めてしまえるので、そこまで落ち込むことも無い。だが、魅由は違う。自分のせいだと考えてしまうと、どうやって責任を取ろうかと真剣に考え出してしまうのだ。その事が、あのゴールデンウィークの一件でよく分かった。

 だから、優菜は魅由に向かってこう伝える。

「ううん。魅由が元気ならそれでいいよ」

 最大限の笑顔で。優菜の想いを伝える。というか、元気ならそれでいいって何だろう、とか自分で言った言葉に疑問を覚える。

「……優菜ちゃん」

 魅由が両手で口元を隠す。その瞳は潤んでいて、思わず目尻に指を伸ばしてしまう。少しだけ触れて、拭うように動かすと、魅由がようやく微笑んでくれる。

「元気になった?」

 とりあえず、元気で通そうとする優菜に、

「はい。元気になりました、優菜ちゃん」

 ふふっと上品に笑う魅由を見て、一安心する。そうして、二人でまた歩き出す。今度は笑顔で。


 円形の花壇の中心に出会いを表現した彫像が立っている広場を抜けると、温室が見えてくる。中には、熱帯性植物が育てられている。

 奥へと進むと、ハーブで彩られた部屋や、スパイス工房、ハーブの足湯なんてものもある。

 それらを一通り見て廻り、足湯体験もしてみる。

「はー。歩き詰めだったから、生き返るねー」なんて、年寄り臭い事も言ってみる。

「ふふっ、優菜ちゃんたら」

 そんな優菜を見て微笑む魅由はとても可愛い。

「そういえば、一つ聞いてもいい?」

 と、優菜は先程魅由がしていた考え事とは何なのかを聞いてみる。

「考え事……ですか」

 と、思惑顔になる魅由を見て「まぁ、無理には話さなくてもいいけどね」とあらかじめ助け舟を出しておく。

「いえ、大したこと……そうですね」

 そんな魅由だが、随分歯切れが悪い。だが、意を決したのか、こちらをじっと見つめて訴えかけてくる。

「その……優菜ちゃんには、私の知らないお知り合いが学院にいたのですね、と」

「それって一葉さんの事?」

 無言で頷く魅由。

「それで、ですね。その……他にもそういう人がいるのかなと思いまして」

 と、今度は視線を逸らし、浮かぶハーブが揺れる様子を観察しながら言の葉を紡いでいく。

「うーん、今の所はいないんじゃないかな?」

 少なくとも星ノ杜で知り合った中で、魅由が会ったことが無かったのは、一葉くらいだろう。双葉とは一度ニアミスしていた筈だ。

「あ……そうなのですね」

 と、途端に嬉しそうに優菜を見つめてくる。あっち見たり、こっち見たりと、随分忙しそうだ。

「まぁ、一カ月かそこらでは早々知り合いなんて増えないよ」

 特に私の場合はね、と付け加える。

「そうでしょうか。優菜ちゃんとお知り合いになりたいと思っている生徒は、結構いると思いますけど」

 だが、魅由はそうは思ってないみたいだ。「そうかなぁ?」「そうですよ」と、呟き合う。

「あ、あと、ですね!」

 と、魅由にしてはボリュームのある声を出す。

「これは、考え事……というか、寧ろ考えないようにしていた事なのですが……」

 だが、最初の勢いはどこへやら、だんだんとボリュームが小さくなっていき、

「わ、わわ、私たちって、で、でで、デートをしているように、み、見えるのでしょうか?」

 だが、つっかえながらも最後まで言い切った。

「えっ、えー!?」

 今度は優菜が大きい声を出す番だ。

「わっ、ゆ、優菜ちゃん、声、大きいです」

 優菜の大声に驚く魅由。だが、その顔は湯当たりしたかのように真っ赤だ。

「あ、ごめん」と謝るも、絶対自分も同じ顔色なのだろうなと優菜は思う。

「そ、それで……ですね」

「う、うん」

「ど、どう、思います?」

 あ、続けるんだこの会話。うわー、改めて聞かれると、恥ずかしいなぁ。

 でも、デートかぁ。勿論したことは無いから、それがどういうものか、言葉としては知っているけど。そもそもデートの定義って何だろう?デートするって、何だろう?

 何だかよく分からない方向へ思考が走る優菜に、

「わ、私は……これがデートだったら、う、嬉しいです」

 更なる爆弾を落としてくる魅由に、優菜の頭の中は無理矢理方向修正をさせられる。

「そ、そっか……」そう言って、港町の街並みを眺める。うん、実に良い景色だ。ではなくて。

 デートとは何だろう。デートとは一体。結局こういう事に答えは無いのだろう。

 けど、自分がこれがデートだと思って、相手もこれがデートだと思えば、それでいいんじゃないかと思う。

 魅由はこれがデートなら嬉しいと言った。優菜は魅由が幸せなら自分も嬉しいと思っている。

 なら、これはデートだ。うん、誰が何と言おうとデートなのだ。

「魅由」

「は、はいっ」

 優菜に呼ばれて、魅由がこちらを向く。その顔はさっきよりも赤くなっている気がする。

「……とりあえず、上がろうか」

 と言って、足湯から出る。

「あ、はい……」

 期待していた返答がもらえなかったからか、若干気落ちした返事をして、魅由も足湯から上がる。

 足を拭き、履物を履く。

 施設を出たところで、改めて優菜は魅由の手を取る。

「優菜ちゃん?」

「私も……これがデートだと、思ってるから」

 恥ずかしくて魅由の顔を見られない優菜の耳に、照れた時特有の吐息が響く。魅由と繋いでいる手の腕にも温もりが重なる。

「はいっ。私、初めてのデートが優菜ちゃんで、本当に良かったですっ」

 魅由の幸せそうな声を聞きながら、足湯でも湯当たりするんだなと思う事にした。

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