とある夜の一幕
―interlude side Sasa―
「あっはっはっはっはー!」
私の今日一番の絶叫に、我が親友は頬を紅に染めながらも反論してくる。
「もう……そんなに笑い飛ばせるほど、余裕のある状況じゃなかったのよ」
この時間の食堂は、寮生の姿は少ない。それでも、数人は居残る中で、私とルミはかなり遅めの夕食を口にしていた。
「いやー、ごめんごめん。でも、そんな事があったのなら私も見たかったなー」
何でも、我が親友は、最愛の君から壁ドンをされて、あろうことか気絶してしまったというのだ。
その時の銀髪紅眼美人の慌てようは、ある意味最上級レアに匹敵するだろう。これが私の好みである、ミニマムゆるふわジト目美幼女ならば、迷わず天井まで回している事、間違い無しだ。そんな私の頭の中に、部活勧誘期間中に出会った美幼女を思い浮かべていると、
「もぅ、沙紗ったら」
困ったような表情を見せながらも、仕方が無いわね、という眼差しに、私の中で渦巻く感情を飲み込む。
「それで、どうだったの?」
唐突に、核心を突いてくる。
「んー」
どうだったか……か。
どうだったかで言えば、何も分からなかった。
けど、進展もあった。つまりは、
「春深咲恋には会えたよ」
それに尽きる。
その返答に、ルミが驚く。
「本当に!?どうやって!?」
我が親友らしくない焦り様に、両手を上下に揺らし、落ち着くように促す。
「まぁまぁ、落ち着きなよ。これを説明するのには時間がかかる」
そう言いながら、私は豚の生姜焼きを一切れ、口に入れる。
我が親友も、こうなっては食事が終わるまで話さないつもりだと分かっているようで、暫くは無言の夕食を楽しむ。
「それで?」
食後の白湯を飲みながら、ルミがその紅を細める。
因みに私も白湯を飲んでいる。ルミに言わせると、起床後と就寝前は白湯が一番らしい。不摂生な私にはぴったりだと、絶賛押し付けられている。
まぁ、それはいいとして。
「んー」
正直に話して良いものか、先の今まで考えていたが、答えは出なかった。
「ちょっと沙紗」
応えあぐねていると、ルミが催促してくる。
だが、今日体験したことをありのままに話して信じてもらえるのだろうか。私とて、実際に会った今でも信じられないでいるのだから。
だが、これがどういう原理で起こっている事であれ、他に判断できる材料がない以上は、信じるしかない。しかないのだが……
「そんなに難しかったの?」
檻の鍵をルミが開けてくる。
「いや、見つけるのは簡単だった。学院内の防犯カメラの映像を、マリーとルージーに分析させたら、あっという間だったよ。だが……」
「だが?」
まぁいいか。言ってしまおう。言語化することで、何か閃くかもしれないし。
私は、春深咲恋に会った時の経緯をルミに話した。
「そんな……信じられないわ」
「けど、それが現実さ」
呆然とするルミを横目に白湯を啜る。その紅の瞳を見て、やはり似ている、と思う。
「視界を誤認させているのかしら。でもそれなら……」
我が親友は何やら思惑顔でぶつぶつと言っている。視界を誤認、か。光の屈折を利用した光学迷彩なんてものがあるが、光を透過、回折させるのではなく、別人に見せるというのは、それこそファンタジーの世界のお話だろう。
「まぁでも、こうして会う事はできたわけだ」
そう。タネや仕掛けは置いておいて、今回の目的は探し出すこと。それは達成できている。
「そうね……何とか歌劇同好会に戻ってきてほしいのだけれど」
天井を仰ぎ見るルミの銀髪が蛍光灯の光を受けてキラキラと光っている。それを見て、光の研究も面白そうだなぁと、新たな興味に心を躍らせる。と同時に、春深咲恋についても興味が湧いてきた。
いかんいかん、悪い癖だ、と分かりつつも動かずにはいられないのが、私という人間だ。
私自身、科学者の端くれのつもりだし、だからといって科学で全てが解明できるとは思ってもいない。だが、目の前に謎の現象があって、それを解析しないのは、科学者失格と言えるだろう。
例え、解明できなかったとしても、そこに謎があるなら、挑むべきだ。というわけで、私は一つの提案する。
「その件だが、私に任せてくれんかね?」
口元を湯飲みで隠しつつ、ルミにそう告げる。
「沙紗、あなた……」
だが、我が親友には私の口元がどうなっているのか、まるわかりのようだ。
「……悪いようにはしないよ」
「はぁ、全く……」信用してもいいのね、と、ルミが見つめてくる。その紅の瞳に応えるように、私は小さく頷いた。
― interlude end―
「ふぅ……」
優菜はユニットバスから出てくると同時に深い溜息をつく。
今日は色んな事が有り過ぎた。主な戦犯はあさがおだが、実行してしまった優菜も同罪である。
けど、漸く……歌劇同好会が動き出した。その事に、優菜はある種の達成感を覚える。
だが、ここで満足してはいけない。歌劇同好会の活動はこれからなのだから。
差し当たっては、春深咲恋についてだろう。
歌劇同好会のメンバー、特にルミは、春深咲恋を歌劇同好会に復帰させることに、やけに前向きだ。
確かに、春深咲恋という人物の影響力からすれば、復帰を求めるのは当然ともいえる。
だが……それだけではない気もしている。
ルミはどうして春深咲恋を復帰させようとしているのだろう。
まぁ、分からない事を考えても仕方が無い。
そういえば、魅由の機嫌は治ったのだろうか。先程、部屋の前で別れる前も、かなりご立腹の様子だった。怒っていても一緒に行動してくれるところはとても可愛いのだが、何時までもこのままではいけない。
今日はベランダに出ているのかな、とか考えていたら、スマホの着信音が鳴る。
メッセージの送り主は魅由だ。アプリを開いてみると、
「え?何このスタンプ?」
猫のようなものが、電柱に半分だけ隠れて、じーっとジト目でこちらを見ている。何故、猫のようなものかというと、二足歩行しているからなのだが。
普段なら別に気にしないのだが、魅由の先程の様子からして、このスタンプは怖い。怖いよ、魅由。ふと、視線を感じ、窓の方を見ると
「うわっ!?」
カーテンの隙間から見えるベランダの隅から、誰かが覗いている。その姿は、今送られてきたスタンプにとても似ている。ジト目でこちらを見ている正体は、魅由だった。
思わず焦ってベランダに出ると途端に、顔が引っ込む。
「魅由?」
部屋に戻ったのかな、と、魅由が先程まで覗いていたベランダの仕切り版の縁から、覗き返してみる。
と、ベランダの手すりから顔の上半分だけを出して、じっとこちらを見ている魅由の姿が見えた。
「えーっと、何してるの?」
堪らずに聞いてみる。
「抗議の視線を送っています。じー」
じー。と口にするところはとても可愛いのだが、今、その事で微笑むのは流石にまずい気がする。
「抗議って、具体的には?」
大体の予想は付くのだが、一応その内訳を聞いてみる。
「……」
「……」
波の音がやけに耳に着く。と、
「私も……」
と、漸く話し出す。
「私も、お出かけしたかったです」
魅由の抗議は案の定、三七三先輩と出かけた事だった。一応、お断りは入れておいたのだが。
「あと、私も、か、か……」
「か?」
もう一つあるようだが、私も、なんだろう。これは言いにくい事なのか、なかなか口に出せずにいる。
「……いえ、これはやっぱりいいです」
挙句、諦めてしまう。魅由のもう一つの抗議に、優菜は気が付けなかった。
「んー、それじゃあ明日、お出かけする?」
「えっ?」
優菜の提案に、魅由の瞳がジト目からキラキラしたものへと一瞬で変わる。
「い、いいのですか?」
だが、信じられないとでも言うように確認してくる。
「うん。明日は歌劇同好会はお休みだし、特に予定も無いから」
ようやく魅由と笑顔で話せると思ったら、
「はぁっ……」
例の照れた時の吐息を発し、魅由の顔が完全に隠れてしまう。
「わっ、魅由?」
「あ、だ、大丈夫です、優菜ちゃん。あの、その、では……私、行ってみたいところがあるのですが」
隠れたと思ったら、今度は飛び上がってきて、身を乗り出してくる。優菜も身を乗り出し気味だったので、思わず顔が急接近する。
「あ……」
二人の吐息が混じり合う。
「ご、ごめんなさい、優菜ちゃん」
慌てて身を引く魅由。優菜はというと、突然の事に反応できずにいる。
「あ、いや。私こそ、ごめんね」
よく分からないドキドキを感じながらも、優菜も謝る。と、
「ふふっ」
魅由が柔らかく微笑む。
「あははっ」
優菜もそんな魅由を見て、微笑ましい気持ちになる。
こういう時間がいいな、と優菜は思う。魅由とは、こういう時間を過ごしたい。
「それでは、優菜ちゃん。明日の朝、お迎えに参りますので」
「あ、うん。それじゃあまた明日ね」
お互いに手を振り合い、部屋に戻る。
明日もこんな風に過ごせたらいいなと、優菜は思わずにはいられなかった。
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