三七三燈火

―interlude side Toka―


 私の実家は神社で、それだけなら良かったのに、陰陽師の血を受け継いでいた。

 陰陽師と言っても、式神を使役したり、鬼を退治するといった、そんな物語の中にだけ存在するような、目に見えて並外れた力を持っているわけではなく。

 例えば、体術なんかは、剣道や薙刀、弓道など、武道を習うに過ぎなかったし、呪術に関しては、平安の世より伝わりし呪符とその扱い方や、儀式を習うだけで、実際にそれが何らかの力を発することは無かった。

 けど、古くから陰陽師としての伝統を守る家系は、それらの修業を欠かさずに今も行っていると聞かされていて。

 いずれ、物語の中でしか発揮されたことのない力が蘇る時の為と言わんばかりに。

 当然、私も、幼少よりその修行を欠かさす受けていた。

 けど、私は落ち零れだった。

 結果、得られたものは両親の失望と、全く芽の出ない修行へと明け暮れる、地獄のような日々だけでした。


 ある日、無駄な努力を行う私の元に一人の大人が現れます。

 その人は、体術を習う者たちに指導を行いに来たのだといいます。

 修行を行っていた人たちを一通り見て回って、最後に私の元に現れた時には、他の人たちがとっくに帰ってしまった頃でした。その人は、

「君は何でそんなにつまらなさそうにしているの?」

 そんな事をいきなり聞いてきました。何を言っているんだろうと思いました。だって、つまらないものはつまらないんだから。

 私はつい、そのように答えてしまい、しまったと思いました。

 だって、この人たちは、陰陽師の血を引くことを、その力を引き出すための修業を、何より大切にしているのだから。

 叱られる!そう思ってぎゅっと目を瞑った私の頭に大きな手が触れます。だけど、これから受ける罰に怯えた私の頭を、その人は優しく撫でてくれて。

「笑っていなよ」

 その言葉に、私の怯えなんて、どこかへ吹き飛んでいきました。こんな地獄のような世界で笑えるわけがないです。私はありったけの現状の不満をぶちまけました。でも、その人は、うんうんとか、ほうほうとか、そんな事ばかり言って、まともに話を聞いていなさそうで。

 だんだんと私の訴えの声は小さくなっていき……だって、まともに聞いてくれないのなら、何を言っても無駄だと、そう思えてきて……私はついに、口を紡いでしまって。そんな私に、

「すっきりした?」と、笑顔で問いかけてきました。

 何を言っているのか分からないです。すっきりなんてするはずもないのに。だって、私は……

 その時、私に不思議な変化が起こっていたのを、今でも思い出せます。

 その人の笑顔を見て、私の心はすっきりしていた事を。

 まるで魔法みたいだ。と思いました。この人はもしかして魔法使いで、私を助けに来てくれたのではないかと。

 そんな私の変化を見て、彼女はこう言いました。

「ありがとう」と。

 どうして、この人は私に感謝の言葉を向けてくれたのか。 その言葉の意味を、私は今も分からないまま、だけどこの人の様でありたいと願い、そして、地獄の日々は今も続いていて……




「はぁ……」

 中庭にある噴水。その縁に腰掛け、思わず空を見上げると、小さな黒い影が二つ飛んで行き……あの子たちにも、帰る場所があるんだろうなって思ってしまいます。

「ふぅ……」

 顔を下げると、校舎が見えてくる。今頃、あそこで話し合いをしているのかと思うと、更に気が滅入ってきます。

 逃げて……来てしまった。思わず、あそこから。

 自分でも割と信じられない事をしたと思います。だって、私は部長で、本来ならあそこに居なくてはいけないのに。

 でも、思ってしまった。気が付いてしまった。


 今の歌劇同好会に、私は、居なくてもいい存在だと。


 そう考えてしまったら、とてもあそこにはいられなかった。

 だから逃げてしまいました。そして、ここで一人、溜息をつくのです。


 分かっています。こんなのは私の被害妄想だと。別にあそこにいても構わないし、その事を誰に責められたりしないのも分かっています。

 だけど、この変化はあまりに急すぎました。昨日のお昼休みには、歌劇同好会を立て直すにはどうしたらいいか、一人で悩んでいて。その放課後には、部員が二人増えて、希望が見えてきて。そして、今日のお昼休みには、一気に倍の六人になって。そして今、部室でこれからどうしようかと話し合っている。

 その光景は、私が今まで歌劇同好会で見てきたものとは、全く違うもので。

 それは当然です。だって、今まで所属していた部員は全員辞め、今は新しく入部してきた人だけなのだから。

 だけどそれが、今までの活動を否定しているように感じて、居た堪れなくなってしまって。

 そんな私の気持ちに関係なく、話し合いはどんどん進んでいき……私の知らない歌劇同好会が、私を置き去りにして作り上げられていく。

 そう思ってしまったら、部室に居続ける事なんてできなかった。

 だから、こっそり抜け出して、こんなところで一人落ち込んでいるんだけど。


 それでも……そんな見た事も無い景色だとしても、咲恋先輩がいれば。いてくれさえすれば。


 ふと、昨年の部活勧誘期間に見た、咲恋先輩の演技を歌声を思い出します。

 去年の部活動勧誘期間に、春深咲恋という存在を知って、私は唯々憧れました。

 次の日には、歌劇同好会の部室を訪ねました。そこでは、今年の同日に見た景色が広がっていて。その中の大半は、すぐに辞めていってしまったけれど。それでもたくさんいた同好会メンバーの中で、頑張る事が出来た。

 何をしても上手くなれずに諦め癖の付いていた私がこれほどまでに頑張れたのは、咲恋先輩のお陰で……少しでもあの人みたいになりたったから。

 こんな風に思えたのはこれが二人目で……だけど、結局あの人も、咲恋先輩も、私の前からいなくなってしまった。


「はぁ……」

 また溜息が出ます。幸い、ここには私しかいないので、誰の耳にも届かないだろうけど。そう思いながら、更に視界を下げ、おおよそ水平になったところで。

「えっ?」

 ここから見えるガゼボの一つ、そこに座る生徒の姿を見て、私は一瞬固まってしまう。

「咲恋……先輩?」

 そう呟き、思わず目を擦る。

 部活勧誘の講堂での演目の翌日には退部届を提出して、私の前からいなくなってしまった咲恋先輩がいる?その後、学院内のどこを探しても見つからなかった先輩がこちらを見ている?

 擦ったばかりでぼやける視界の焦点を合わせて、もう一度確認する。


 そこには、見知らぬ生徒がこちらを見ているだけでした。


 見間違い、だったのかな。

 一瞬、咲恋先輩に見えた姿は、よく見れば、知らない顔で。何だか、まだぼやけていて、よく見えないような。

 と、その横を通り過ぎる人影が一つ。

 その子は、ガゼボにいた見知らぬ生徒と一瞬だけ顔を合わせ、軽く会釈をした後、再びこちらに顔を向けて近づいてきます。

 昨日入部してくれた内の一人、山之辺優菜さんでした。


― interlude end―

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