第一回、歌劇同好会、部員ゲットしちゃおうぜひゃっはー!会議
「えーっ!?同好会に入ったの!?」
翌日の朝、一限目の教室で授業の準備をしていた優菜たちの元へやってきた二人組の一人が、教室中に響き渡る雄叫びを上げる。
腰まで伸びた髪を右耳の辺りで豪快に一括りにした人物は、釣り目がちの勝気な瞳を大きく見開いている。その表情は見ている間にもさまざまに変化しており、本人の人懐っこさも相まって、底抜けの陽気さを感じる。身長は優菜よりも低いのだが、その小さな体のどこにそんなエネルギーが宿っているのかと思えるほど、パワフルな人物、大庭夏奈子は、今日も絶好調のようだ。
「声が大きいですよ、夏奈子。いっそ、残りの一週間も土の中で静かに過ごし切って下さい」
そんな絶叫の主に抗議の声を上げる魅由。
「誰が夏奈子か!この魔王何とか隊!あと、一週間だけでも外に出て鳴かさせてよ!ミーンミンミン!ってあれ?」
売り言葉に買い言葉といった感じで、魅由との相変わらずのやり取りを始めようとするも、謎の違和感に頭を傾げる夏奈子。しかし、今の台詞が蝉の事だとよくわかったね。実はこの二人、意外と相性がいいのでは。
「あれ?今、夏奈子って言った?」
魅由から名前で呼ばれたことを不思議がる。ねーねー、呼んだー?呼んだよねー?とちょこまかと問いかけている夏奈子を鬱陶しそうに睨め付ける魅由。
「確かに今のは夏奈ちゃんがうるさい。というか、悪い。あと鬱陶しい」
いつもはこのやり取りに非干渉を貫いているもう一人が、こちらは、ぱっと見、中学生か下手すると小学生に間違われるほどに小さく、更には腰を優に超えるゆるふわでボリュームのある髪の毛と、愛らしい顔立ちも相まって、まるで西洋人形のような人物、
因みに、夏奈子は苗字と名前を続けて呼ばれる事を、あさがおは名前で呼ばれることをNGとしている。夏奈子に際してはお察しの通り、あさがおについては、子どもに平仮名四つの名前を付けるような人間を毛嫌いしているのが理由である。
「う、うるさ?わる?うっと?」
夏奈子が涙目になりながら、あさがおを見る。確かに今日のあさがおの突っ込みはいつもよりえぐい気がする。だが、当の本人を見るに、だいぶ余裕が無いのが見て取れる。
「というかだね!」
と、机にばんっと手を叩きつけるあさがお。これが、魅由や夏奈子なら、優菜にかなりのプレッシャーを与えるのだろうが、如何せんあさがおである。迫力が無いとは言わないが、それよりも子どもが駄々を捏ねている様な愛くるしさの方が強い。
「どうして私たちに相談せずに同好会に入っちゃうのかね!かね!」
かね!の所で、再びばんっと机に手を叩きつける。二回言ったので二回だ。
「どうしてって……」
優菜と魅由はお互いに見合う。
「ですが、私たちが入ったのは歌劇同好会ですよ?」
隠していても仕方が無いと思ったのか、魅由が正直に話す。まぁ、隠していたわけではないのだけれど。
案の定、魅由の口から出た歌劇同好会という言葉に、過剰に反応するあさがお。
「な、なんだって……?」
堪らず、もう一度聞き直してくる。
「えっと、だからね。歌劇同好会に、」「よし、今のは聞かなかったことにしよう」
優菜の言葉を遮り、そのまま隣に腰掛けて、授業の準備を始める。こうなると思ったから話さなかったのに……
「うるさ?わる?うっと?うわるっと?」
夏奈子の混乱は授業が始まる直前まで続いていた。
お昼時。Shikiし~ずが学食で食事を取っている。だが、いつもと違うのは、その場にいつもはいない人物が一人いるからだろう。
光を受けて輝く銀髪はポニーテールでまとめられており、遠目からでもよく目立つ。生徒会長、ルミ・ティッキネンは、珍しく優菜たちと同じテーブルに着いていた。
「そう、夏奈子さんと智賢さんは幼馴染なのね」
「そうだよ!智と私はおささなじみ!」
若干、夏奈子が言い間違えているが、気にせずに話を続けるルミ。というか、これでいいのか実力テスト学年首位。
「へぇ、そういうの、羨ましいわね」
「ルミ女史には、そういう人はいないのかね?」
「私に?そうねぇ……」
と、一瞬優菜の方を見た、のは気のせいか。視線はそのまま逸れて行き、視線を彷徨わせていただけのようである。
「んー、いないと思うんだけどね」
「そっかー、残念だね!」
にしても、夏奈子とルミは随分と仲が良いように見える。話によると、夏奈子が例の生徒会室壁破壊事件の罰として、生徒会を手伝った事がきっかけで仲良くなったらしい。いつでもフルパワーでぶつかってくる夏奈子とこうして談笑できているのは、流石は生徒会長といったところか。
これが魅由だったら、こうはいかないだろう。例えば、魅由が生徒会長で、今回のような事があったとして、決して仲良くはなっていない気がする。寧ろ、関係を悪化させてそうで、その時は思う存分優菜と智を振り回すのだろう、想像するだけでもぞっとする。
「優菜ちゃん、そろそろ行かないといけませんよ」
優菜が感慨深く夏奈子とルミを見ていると、魅由が席を立ちながら話しかけてくる。
「わっ、本当だ。もう行かなきゃ」
時計を見て、優菜も慌てて立ち上がる。
「あら、何か用事かしら?」
「はい。これから同好会の部室に行かないといけないので」
昼食が済んだら今後の事で話し合おうという事で三七三と約束している。
「それでは失礼します。夏奈子、智、また後でね」
早足に去っていく優菜たちを見つめる三人の表情は、それぞれ全く違う感情を表していた。
「じゃあ、昨日のお話の続きと行きましょうか」
お昼休みの歌劇同好会部室で、三七三がホワイトボードの前で話し始める。議題は、新入部員の勧誘だ。
現在、歌劇同好会の部員は三名。内、演者となりうるのは二名という状態である。
そして、当面の活動目標は、部員を五名以上に増やす事と、五月末に開催される緑星祭である。
まず、部員を五名以上に増やす事は、この同好会を続けるためにクリアすべき一つの課題であり、月末に行われるお祭りにて活動実績を残すことが、当同好会の命運を左右する。
そのためにまずは部員確保を優先的に行うと決めたのだが、
「では山之辺部員、部員確保のための良いアイデアはありますか?」
相変わらずの笑顔を湛えながら、三七三が優菜に意見を求める。
「え、えーっと。とりあえず、募集の広告を出すとか?」
突然振られて、つい当たり障りのない提案を述べてしまう。そもそも、優菜としては、部活動自体が初めての経験で、その勧誘となると、てんで思いつかない。
「広告っと。でも、この学院って、そんな事出来るのかしら?」
優菜の提案をホワイトボードに記入しながらも、疑問を呈する三七三。しかし、その疑問はよく分かる。この学院は、広告や告知を張る掲示板が無い。代わりにモニターが設置されており、そちらに告知が映し出されるのだが、それらの情報はタブレットにも配信されている。わざわざ、学院内のモニターで情報を得る学生は少数以下だろう。
二年生である三七三は、優菜たち以上にその事を知っている。故に、この結論に至るのは当然とも言える。
「確か、データ化した広告を流す事はできたはずです」
魅由が珍しく、この手の話題に対して、鋭い意見を述べる。と思ったら、
「この、データ化というのがよく分かりませんが」
機械音痴の魅由らしい結末である。けど、方向性は見えてきた。そう思っていた優菜に、魅由が厳しい現実を突きつける。
「ですが、今週末まであと二日しかありませんし、そのデータ化というものができたとしても、果たして間に合うのでしょうか?」
確かに魅由の言う通りだ。そもそも、来週までに部員を増やすという事自体が無理だったのではないかと、優菜は今更ながら、計画の無謀さに絶望する。
と、そこに響くノックの音。続いて。
「失礼します」
歌劇同好会に入ってきたのは、先程食堂で別れた、生徒会長、ルミ・ティッキネンだった。
突然の来訪者に三七三がいつもの笑顔のまま驚く。
「せ、生徒会長がここに来たという事は……まさか……廃部?」
廃部、という言葉に、今度は優菜と魅由が驚く。
「ちょ、ちょっと待ってください。私たち、昨日入部したばかりなのに、そんな事って!」
「優菜ちゃんの言う通りです。生徒会長は鬼ですか?悪魔ですか?とても人の所業とは思えません。軽蔑します」
いや、魅由。それは言い過ぎでは。ほら、ルミさんの頬、引き攣ってるよ。
「んんっ! 安心してください。今日ここに来たのは廃部勧告ではありません」
わざとらしい咳払いで、内に秘めた怒りを何とか自制して、話を進めてくる。
「それに、今日、ここに来たのは、生徒会長としてではありません」
「生徒会長、としてではない?」
三人がその意味を図りかねていると、更なる爆弾を落としてきた。
「私も歌劇同好会に入部します」
「え、ええー!!」
もうさっきから驚いてばかりだ。生徒会長が、歌劇同好会に、入部する。何故かこんな簡単な発言の意味が、優菜には理解できずにいる。
「あら、そんなに驚くことかしら?」
優菜たちを混乱の渦に巻き込んだ当の本人は、実に涼しい顔をしている。
「え、え~っと。本当に入部していただけるのでしょうか?」
三七三も苦笑しながら、恐る恐る訪ねる。苦笑とはいえ、笑みを崩さなかったのは流石だが、状況が状況だけに、どうにも信じられないようだ。
「ええ。先程、入部申請を送ったわ。良かったら承認してくれる?」
「えっ?あ、本当だ!ってあれ?」
三七三が慌ててタブレットを手に取る。申請が届いているのを確認したのはいいが、何やら不思議がっている。
「何か問題でも?」
ルミが申請を間違えるとは考えにくいが、何か不備でもあったのだろうか。若干不安そうな表情を見せる。
「あ、いえ。申請なのですが、何故か三件も、」三七三にもよく分からないまま答えている途中で、
「はーなーせー!」
という、抗議の声が遠くから聞こえてくる。
「もー、往生際が悪いよ!」「いやいや、そちらこそちゃんと話を聞いていたかね?私は入部はするけど部室には行かないと言っただろう」「でも、入部するんだから、やっぱり部室には行かないとね!」「はーなーしーがーちーがーうーぞーきーみー!」謎の言い合いは徐々に近づいてきている。
ああもうこの声の主たちは。今、廊下でどのような光景が繰り広げられているのかが、安易に想像できて、優菜はこれから起こるであろう惨劇をどのように回避するべきか苦悩する。
「たのもー!」
と、道場破りのような掛け声と共に豪快に開け放たれた引き戸は、ドガァッ!という強烈な破壊音を最後に動かなくなる。
今までドアがあって見えなかった廊下には、右手にあさがおを抱えた夏奈子が仁王立ちしていた。
「やっほー優菜!私たちも入部しに来たよ!」
開いた左手でピースしてくる。その反対側に抱えられているあさがおは、観念したのか、ぐったりしている。
「や……や……」
その突然の出来事に、いち早く反応したのは、「やっほー!ではありませんっ!」我らが生徒会長である。
「夏奈子さん、あなたはどうしていつもいつも、学校の設備を壊すのです!」
ドアをびしっと手のひらで示し、抗議の声を上げるルミ。
「ええっ!?ドア、壊れたの!?」
焦りながら、左手でドアを動かそうとしてみるが、レールから外れているようでうんともすんともいわない、と思ったらガコッっという音と共にドアが外れる。
その様を見て、ルミが天を仰ぎ見ながら目頭を押さえる。その口元は何かを呟いているが、どうも日本語ではなさそうなので、優菜には理解できない。
「わぁっ、ドア、外れちゃったよ!」
夏奈子がそんな事はお構いなしというかのように、左手に掴んだドアを上下にぶんぶん振り回す。その反対側の腕の中であさがおが「もう、下ろして、くれた、まえ……」息も絶え絶えに言葉を捻り出している。
その地獄絵図のような光景を呆然と見守る中、まるで福音のように、お昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえてきた。
放課後、最後の選択授業を終えた優菜は、歌劇同好会の部室へと急いでいた。
それぞれ、別々の授業を受講しているShikiし~ずのメンバーとは、部室で集合という事になっている。
「山之辺さん?」
そんな優菜に声がかかる。声の方を見ると、
「あ、一葉さん。双葉さんも」
車椅子に座ったショートヘアが良く似合っている二年生、高遠一葉と、その車椅子を押している一葉に瓜二つの、高遠双葉がこちらへ向かって来ていた。
「やぁ、暫くぶりだね」「こんにちは、山之辺様」
「こんにちは。お久しぶりです」
それぞれが挨拶を交わす。と、一葉がじっと優菜を見上げてくる。その瞳は、右が深緑、左は黄褐色と左右で色が違う。その不思議な色合いの眼差しから、優菜が目を逸らせないでいると、
「ふぅん。どうやら、動き出せたみたいだね」
一葉がずばり言い当ててくる。
「えっ、分かります?」
「そりゃあね。顔つきが違う」
優菜は以前、一葉に歌劇同好会と魅由の事について相談していた。それは、今では無事解決済みなのだが、そのきっかけの一つは、一葉の助言のお陰だと思っている。
「まぁ、私のアドバイスが役に立ったかどうかは分からないけど」
「いえ、そんな。十分背中を押してもらえましたから」
その節はありがとうございました。と、頭を下げる。
「それは何より」
そんな優菜に優しく微笑んでくれる。我が事のように喜んでくれているこの先輩は、何故か変人ばかりが集まってくる優菜にとっては唯一の常識人であり、心のオアシスでもある。
「まぁ、また何か困ったことがあったら、声をかけてよ。放課後は大抵ラボにいるからさ」
「はい。ありがとうございます」
一葉も、沙紗と同じくラボを設立しているのだが、片眼鏡の様な変人さは微塵も感じられない。天才と何とかは紙一重というが、中にはまともな天才もいるのだろう。
「まぁ別にお茶飲み程度に来てくれてもいいけどね」
新緑の瞳を瞑り、気軽に訪ねて来ても良いよと、気遣ってもくれる。
「はい。また時間のある時に」と、返事をしてから、社交辞令だと思われないかなとも思ったが、
「ふふっ、待ってるよ」
と、笑顔で手を振ってくれる。
「それじゃあ、またね」
一葉の別れの挨拶に、それまで黙っていた双葉が頭を下げる。
「はい。さようなら」
優菜も軽く頭を下げて、双葉を見る。その瞳は、一葉と同じ色をしているのだが、唯一違うのは、左右が反転している事だ。
そのまま車椅子の向きを反転させ、立ち去っていく双葉。車椅子からは、一葉がこちらに顔を向けて手を振ってくる。
その手に答えながら、双葉とは挨拶しか交わせなかったな、と少し残念な気持ちになる優菜であった。
―interlude side Sasa―
「いやぁ、まさかほんとに入部するとは」
放課後の生徒会室で、我が親友にぼやく。
「あら、沙紗が「あーでもさ。だったら私たちが歌劇同好会に入ればいいんじゃない?」って言ったんじゃない」
ルミが私の真似をしながら答える。相変わらず、人の言った事を一言一句間違えずに覚えているだけでなく、口調までも似せるのが上手だ。
「そりゃあ言ったけどさ。生徒会はどうすんの?」
「勿論、続けるわよ」
然も当然のように言い放つ。
「いやいや、オーバーワーク過ぎん?」
この学院の自治は生徒会主体で行われており、各種行事の運営も生徒会主導の下で開催されている。文化祭や体育祭などは実行委員の設立も行われるが、それでも生徒会の仕事量は多い。
現に、今の生徒会役員たちも、五月末に開催される緑星祭に向けて、学院内を走り回っている。
「とは言っても、私も三年生よ。今後の仕事は一、二年生に割り振って行くつもりだから」
なんて、それらしい言い訳を連ねて、こちらの追及から逃れようとしてくる。
因みに、この学院に生徒会選挙のようなものは基本的には無い。生徒会長等の役職も、特に任期が決まっているわけではなく、大抵が現役職者からの指名で、次の役職者が決まる。
中には、卒業まで生徒会長でいた強者もいたそうで、このままだとルミもそうなりそうな勢いだ。
例外として、現役職者や、その指名者に不満がある時は、不服申し立てを行う事ができる。その時には改めて生徒会選挙が行われる手筈だが、設立以来、そんなことは一度も無いらしい。
「はぁ……一度決めたら、梃子でも動かないんだから。この頑固者」
どうあっても自分の考えを改めようとしない親友に、つい愚痴をこぼしてしまう。
「沙紗。一つお願いがあるのだけれど」
「お願い?」
愚痴をスルーされた事には若干思うところはあるが、改まったルミのお願いに、訝しみながらも先を促す。
「春深咲恋さんって、知ってる?」
「それって、噂の咲恋様の事?」
春深咲恋は、我が学院で大人気の生徒の一人だ。確か、歌劇同好会に所属していて、高校の演劇大会で、星ノ杜学院を全国優勝に導いた立役者でもある。
「そう。彼女ね、歌劇同好会を辞めてしまったらしいの」
「ふーん。少し早い気もするけど、もう三年生だし、変じゃないでしょ?」
将来の事を考えて、少し早めに受験勉強を始めるとか。ありえない話ではない。
「ええ。でも、部活勧誘のステージには立っていたみたいだし、その翌日に辞めているのよ。ちょっと急すぎないかしら?」
「それは確かに。でもそれなら、直接本人に聞いてみたらいいんじゃない?」
適当に答えながらも、ルミの頼みたい事が見えてこない事にイライラしてくる。それとも、その理由を私に聞いてきてほしいとか、そんな頼みなのだろうか。ルミに限って、そんなお使いみたいな事を私に頼まないとは思うが。
「ええ、私もそう思って、話を聞きに行ったの」
だけど、とルミは困ったように紅い目を伏せる。
「どこにもいないのよ。春深咲恋という生徒が」
「……は?」
まるで冗談のような話を真面目な表情で話すルミを見つめながら、真顔で冗談はいうものではないな、と改めて思った。
― interlude end―
「すみません、遅れました」
ドアレールから外れ、入り口に立てかけてある扉だったものの隙間から部室内を覗くと、既に優菜以外の五名の人影が集まっていた。
現部長、三七三燈火に、前日に入部した粉雪魅由、そして、今日の昼に入部したルミ・ティッキネン、大庭夏菜子、智賢あさがおである。そこに山之辺優菜を加えた計六名が、現在の歌劇同好会、全メンバーである。
「いいのよ、私も今来たところだから」
もはや固定していない壁状態の物体を少し動かし、その隙間から部室内に入ると、ルミが優菜の座る席を用意してくれる。
「全員揃ったようだね。では、第一回、歌劇同好会、部員ゲットしちゃおうぜひゃっはー!会議を始める」
ホワイトボードには、今あさがおが言った台詞が、ひゃっはー!付きで書かれている。その前に立つ、この中では一番低身長の幼女、もとい、Shikiし~ずの知恵袋、あさがおが、投げやりに司会を務める。
「智ー!ひゅーひゅー!」
あさがおをこの騒ぎに巻き込んだ張本人が、我関せずと囃し立てる。止めて夏奈子。あさがおのテンションはとっくに氷点下を下回っているから。
「とはいえ、既に特別活動規則の定員は達成しているわけだが」
「ん?どゆこと!?」
あさがおの然も当たり前かのような現状把握に対応できていないものが約一名。
「確かに、同好会存続のために必要な条件の一つは既に達成していますが」
対応できていないものは置き去りにして当然とでも言いたげに、話を進めようとする者の発言に、さらに混乱する約一名。
「うがー!どういうことなのよー!」
終いに切れる。いつもの流れだと、優菜は既に達観している。
「つまりは」
これでは話が進まないと、生徒会長が要約する。
「この部員数を維持できれば、同好会は存続できるという事です」
「んー?」
生徒会長のこれ以上分かりやすい結論に考え込む約一名。夏奈子がようやく答えに辿り着く。
「つまり、歌劇同好会は永遠なの!?」
いや、永遠ではないと思うけど。そんな突っ込みを入れたくなる優菜であったが、
「概ね、その通りだ」
あさがおはあっさりと肯定する。いや、投げやりだからって、嘘は教え込まないでもらいたい。
「なーんだ!じゃあ、万事解決だね!」
案の定、あっさりと信じてしまった残念な子が、両手の親指をびしっと立てて、太陽のような笑顔を見せる。
「今の所は、です」
能天気な太陽に、ぴしゃりと突っ込みを入れる北風。
「それに、役者が五人では、できる演目も限られてしまいます」
「あら、六人じゃないの?」
「優菜ちゃんは……裏方希望なので」
ルミの疑問に、戸惑いながらも答える魅由。やはり、優菜が裏方をするという事に納得していないようである。
「えーそうなのー!?優菜、一緒にやろうよー!」
ここにも納得できないものが一人。こちらは不満をぐいぐいと押し出してくる。
「あ、あはは。その分しっかりサポートするから」
「むー!でも、優菜のサポートかぁ!それはそれで!」
と思ったら、あっさりと意見を覆す。実に単純である。
「まぁ、優ちゃんが役者をするか、裏方をするかは、とりあえずは置いといて」
あさがおが逸れた話題を修正する。こういう時のあさがおは実に頼もしい。
「更なる部員確保は必要だろうね。舞台は役者だけで出来てはいない。優ちゃんのように裏方に回る人員も必要だろう」
ホワイトボードに書かれたひゃっはー!だけを消した後、その下に裏方という文字を入れる。どうやら投げやりモードは終了のようだ。
「私の見立てだと、裏方には……」
ふと、優菜は違和感を感じる。何かが足りないような気がする。そんな優菜の違和感を余所に、話し合いは進んでいった。
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