エピローグ(始まりの終わりと、これからの始まり)
翌日。ゴールデンウィーク最終日。
優菜は星ノ杜の制服に着替えて、仏壇の前に座る。線香をあげて、手を合わせる。
優菜には生まれて間もなく亡くなった片割れがいる。優希と名付けられた水子は、優菜にとってはかけがえのない存在で、今もこうして真摯に祈りを捧げている。
というか、私の事なんだけどね。こうして目の前で祈られるのは何ともむず痒い。まぁ、優菜には知る由もない事なので、黙って見守る。
やがて、瞳を開き「行ってきます」と声に出して挨拶をすると、家を後にする。
マンションのエントランスを出ると、
「あ」
そこには意外な人影、江島美希がいた。
「え、江島さん……」思わずどもってしまう優菜を見て、江島美希が慌てる。
「ちょ、そんな警戒しないでよ。今日は、その……」
慌てたと思ったら、急にしどろもどろになる。だが、それも一瞬で、
「ごめんなさい!」
謝罪と共に頭を下げてくる。
「ええっ、な、何で?」謝られているのだろう。昨日あんなことがあったのに。いや、あったからか。
困惑する優菜。だけど、頭を下げっぱなしの江島美希を見て、慌てて声をかける。
「も、もういいよ。頭上げて」「う、うん」優菜の許しの言葉にようやく頭を上げる。
「でも、どうして急に?」
わざわざマンションのエントランス前にいて、優菜が出てきたところで謝り出したとなると、出待ちをしていたという事になる。
「あーうん。それは……」
ぽつぽつと、江島美希が経緯を話し出す。それは、彼女の素直な気持ちだった。
「だから、山之辺は悪くなくて、全部私のせいなんだ。それで……」
「そっか……」
優菜としては、真相を知った今でも、あの時の事は全部自分が悪いのだと思っている。当然、江島美希のせいだとは思ってもいない。けど、こうして素直に話してくれた事は嬉しかったりもする。なので、
「ありがとう、正直に話してくれて」
落とし所としては、こんなものだろう。
「あ、うん。本当、ごめんなさい」もう一度だけ謝られる。優菜としても、ずっと恨みの感情を持たれているよりかはいい。
「あ、そういえばさ。それ、制服?」
そんな風に考えていたら、江島美希が話題を変えてくる。
「うん。今から学校に戻るから」
「そっか……あのっ!」
何やらモジモジし出したと思ったら、急に大声を出して、どうにも情緒不安定な様子だ。
「よ、よかったら、連絡先、交換してくんない?」
「あ、うん。いいけど」
突然の提案に戸惑いながらも了承する。江島美希の表情が嬉しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
「ありがと。そ、それと……」
と、またしてもモジモジし出す。なんなんだろう、本当に。
「な、夏休みとかさ。連絡ちょうだいよ」
「えっ?」またしてもの急な提案に驚かされてばかりだ。
「ほ、ほら。一緒に遊びに行ったりとかさ、だから……」
「う、うん。いいけど」
優菜の戸惑いながらの返事に、小さく、やった。と呟く。いや、本当にどうなっているのやら。
「あ、それじゃあ、私はもう行くね。えっと、またね」
そう言って速足で去っていく。心なしか、浮かれているように見えるのは、気のせいにするにはあまりにも露骨過ぎた。
「では、江島さんと連絡先を交換したのですか?」
新幹線の中で、先程の事を魅由に話すと、何故か白い目で見られた。
「はぁ……全く、お人好しというか、隙が多いというか……」
心底呆れられている。蟠りも消えて、仲良くなれるのなら、それに越したことは無いと思うんだけどなぁ。と優菜は考えているようだが、魅由の懸念はそこではなさそうだ。
「そういえば、一つ聞きたいんだけど」
「はい。なんでしょう、優菜ちゃん」
先程までの不機嫌そうな態度はどこへやら、何でも聞いてくださいとばかりに身を乗り出してくる魅由。
「え、えっと。魅由はどうして私の母親の連絡先を知っていたの?」
魅由の剣幕に押されながらも、優菜は昨日から疑問に思っていたことを尋ねる。
「ああ、優未さんとは……」と、魅由が事情を説明してくれる。
「つまり、学校のプリントとか、提出物は、」
「はい。全て私がお運びしました」
まさかそんな事になっていたとは。優菜はてっきり担任の先生が行っているとばかり思っていた。更には、優菜が星ノ杜に進学することも、母親が話していた、というか、相談していたようで。魅由を信用しての事だろうけど、それを優菜に相談もせずにしてしまうのが、我らが母君らしい。まぁ、結果的にその判断は正しかったわけだし、文句も言えそうになさそうだ。
「あ、あの。私からもお一つ、お聞きしたい事があるのですが」
「ん、何?」
「優菜ちゃん、私の事を誤解していたって言っていましたけど、一体何を誤解していたのです?」
「う……それは……」
説明しなくちゃいけないだろうか。しないと駄目そうだなぁ。魅由の瞳は優菜に張り付いている。目的地まではまだ二時間以上かかるだろうし、これは逃げられそうにない。諦めて、ぽつぽつと説明しだす。
「つまり、私が江島さんに優菜ちゃんが魔王だってことを話したと……」
「は、はい」
申し訳なさそうに頷く。あと、新幹線内で魔王とか言わないで。
「はぁ、どうしてそんな勘違いをしてしまったのです?」
「いや、だって、ねぇ……」
もうまともな言い訳もできそうにない。
「第一、この事は内緒にしてくれる?ってお願いしてきていたではありませんか」
「えっ、それはまぁ言ったけど。私、返事を聞く前に教室飛び出して行っちゃったし」
「だからといって、その願いを無下にするほど、酷い人間ではありませんよ」
そう言って頬を膨らませる魅由。その、今まで見たことのない表情に、つい可愛いと思ってしまう。
「む、優菜ちゃん。私、怒っているんですからね」
その余りにもの可愛らしさについ笑みが零れてしまった優菜を諫めてくる。右手の人差し指だけを立ててお説教モードの様子だ。そんな、またしても向けられた事のない表情に、つい魅由の右手をぎゅっと握ってしまう。
「きゃっ、ゆ、優菜ちゃん?」
「ごめんごめん、魅由があまりにも可愛いから」
さらっと発言してしまう優菜に焦りつつも、
「も、もう。そんなことで誤魔化されませんからね」と呟く魅由の表情は幸せそうで、優菜もそんな魅由の顔が好きで、ついつい見つめてしまう。
「はぁっ……もう、本当にずるいんですから」
照れながらも優しく微笑む魅由と、これからもずっと一緒に居たいと願わずにはいられなかった。
ゴールデンウィークが明けた日の放課後。
優菜と魅由は、再び部室棟へ訪れていた。向かう先は一つ、歌劇同好会の部室だ。
ドアの前に立ち、深呼吸を一つ。隣に立つ魅由は平然としているが、右手が少し震えている。その手を握ると、一瞬びくっとするが、そのまま指を絡めてくる。
ノックをして「失礼します」と一声かけて、ドアを開ける。
そこで二人が目にした景色は、
「えっ?」
無人の部室だった。
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