第参部 第七話 伊達の三本刀
「……さあ、皆。…あの鉄壁の布陣、どう崩すかな」
小手調の騎馬一団による突撃により、開戦の火蓋は切って落とされた。
それから、半刻ほど経った頃のことである。
そう言ってぴしゃりと錦の扇を鳴らすのは、他ならぬ伊達軍総司令、伊達時宗。
甲冑の類は一切着込まない彼のポリシー故の、要所要所に鉄板の仕込まれた独特なフォルムの袴着。
この時代の者からすればあまりにも奇妙なその姿だが、彼を取り巻く優秀な側近たち、”伊達の三本刀”からすればもう見慣れたものである。
時宗の問いに、沈黙の帷が本陣に落ちる。
すると三本刀が一人、片倉小十郎がゆっくりと口を開いた。
「……奴らのあの陣形、右に重心が寄っているように見えます。…であるなら、こちらも右翼から仕掛けるのがよろしいかと」
「…うん。小十郎、お前は死ぬね」
「なっ……も、申し訳ありません…」
笑顔を崩さないままの時宗の身も蓋もない返答に、さしもの小十郎もしゅんと項垂れる。
身長はゆうに六尺を超える、齢にしても四十を超えた——言うなればオッサンの部類の——小十郎がそうしていると、ちょっと……というかかなり、面白い。
すると、長身の小十郎に視界を遮られて見えていなかった二人目の男、吉森半兵衛が——雌雄の判別が付かぬほどの中性的な見た目から、渾名としてつけられた——口を開く。
これまた中性的な、ややもすれば変声期の来ていない少年のような声で、半兵衛は言う。
「にっひひ、小十郎はダメだなあ。あの布陣は、やっぱり右翼とのガチンコで競り勝っ」
「うん、君も死んだね。半兵衛」
「うえっ、そんなああ……」
もはや半兵衛の発言には、割って入る勢いで反応した時宗。
分かっていたようなその反応から分かる通り、まあこの男は、だいたいいつもこんな感じである。
すると、二人の間。
それまで何一つ、それこそ虫一匹いなかったはずの空間が、突然漆黒に切り裂かれた。
ぬるりと、頬を撫で付けるかのようなその異様な気配、異常なまでの殺気に。
小十郎と半兵衛は、ほとんど反射的に刀を抜いて飛びすがり……そして、気配の正体を知ってほっと胸を撫で下ろした。
黒の外套に黒兜、顔のほぼ全域を覆う黒曜の仮面に、夜を塗りたくったような漆黒の鎧。
三本刀の、最後の一人。
男の本名は、誰も知らない。家族はおらず、ただ唯一わかっているのは、時宗の率いる軍の中でも最古参だと言うことだけ。
その黒一色の格好と苛烈な戦いぶりから、ついた呼び名が——“黒夜叉”。
「なんだ黒夜叉さんかあ、びっくりさせないでよお。斬っちゃうところだったよ?」
「君じゃこの子は斬れないよ、半兵衛。……それで黒夜叉、君ならどうするんだい?」
ぷくっと頬を膨らませて不満を示す半兵衛は無視し、静かな、ともすれば呼吸しているのかすらも怪しい立ち姿の黒夜叉に、時宗は問いかける。
すると黒夜叉は考える素振りも見せず、仮面の下の口を動かし、くぐもった声でその問いに応える。
「……些末なこと、でしょう。…敵には地の利もあり、自国ゆえの余裕も、ある。……それならば」
そう言って、黒夜叉がすっと右手を上げる。
すると、こちらもいつからそこに居たのか、黒夜叉と同じく漆黒の意匠に身を包んだ彼の側使えが立ち上がる。
そしてものの数分の後に再び現れたその部下が、何やら布に包まれたものをスッと差し出した。
それを手に取った時宗は、布を解いて中身を覗き見て——笑った。
ぐしゃりと、果実を握りつぶしたような。
どこまでも、凄惨に、残酷に。
「あちらが来ぬと、言うのなら。……来させてしまえば、それで済むこと。時宗様、謙信を屠る役目……ぜひそれがしにお任せ、を」
「なるほど。……黒夜叉、やはり君は——最高の教え子だよ」
越後の龍、駆けるは戦国の空 鳶谷メンマ@バーチャルライター @Menmadayo
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