第11話 抜糸
火曜日に抜糸を行った。
本当はなるべく混んでいる午前中の電車には乗りたくなかった。午後の予約を希望したのだが、この作業をする時間が午前中しかないということで午前の予約になった。ラッシュ後の電車の混雑はほぼ元の状態に戻っていた。嫌だな、と思いながら、病院へ向かった。
病院は先週の月曜日の閑散とした状況と一転して混雑していた。当たり前だが多くはご高齢の方だった。採血をしたが、改築で採血室を大規模にしたにもかかわらず、混雑していて通常よりも時間がかかった。
通常の倍くらい時間を待って私の順番が回ってきた。
採血をしてくれた担当者に「混んでますね」と話を振った。
「すいませんね。今日は本当に混んでて、いつもよりも多めのスタッフで回しているんですけど、全然待ちが切れないんですよ。本当にどうしたんだろ」
担当者は当然マスクをしているが、マスク越しでも焦燥と疲労が見て取れた。
採血をすませて皮膚科に行った。皮膚科も心なしか混んでいた。
このときに「ああ、ワクチンか」と思った。ご高齢の方がワクチンを打ったので、通院を再開したのだろうと。私もそうだが、なるべく通院の回数は減らすようにしていた。
手続きを踏んで、前と同じ皮膚科の処置室に入った。そこにいたベテランの看護師さんに、「混んでますね」と言うと「やっぱり混んでますか。連休明けだから混むだろうってみんなで言ってたんですよ」と返答した。
「そうですね。ワクチンの影響があるんですかね。通院再開したとか」
と言うと、「そうですかね」と素っ気ない返事を残して去って行った。かすかに苛立っているような気がした。私はドギマギしてしまった。
『竹内まりや』が入れ替わるようにやってきた。
「それでは抜糸をするので、そこに寝てください」
指示通りベッドに横になって、マスクを外した。何度か大きな手術を経験しているので、あまり日が経つと抜糸のときに多少痛みがあることは知っている。大丈夫だろうと思いながらも、少しだけ警戒した。
抜糸自体は無痛であった。作業中、誰かがやってきた気配があった。傷口を見て、 「うん」と男は声を発した。先日、診断をした医師だと気づいた。
「はい。終わりました」
と『竹内まりや』の声がして、目を開けた。
やはり先日の医師だった。
ベッドから起き上がると、先日取った組織の結果が、やはり「毛細血管拡張性肉芽腫」であると『竹内まりや』が説明した。ただし、『竹内まりや』は「ニクゲシュ」と言った。診断というのは、検査をして正式に決定することは依然伝えられていた。だから、取った組織を生検組織診断にまわしてあった。
またこんな目にあうのはいやだったから、予防法を聞いた。すると、診断をした医師が、鋭く剃り上げた眉根を一瞬顰めた。苛立ちを見せた刹那、眉を戻して感情を隠した。私はそれを見逃さず、見たときに胸がドキリとした。そして、予防法というのはない、と説明した。
「これは体質とかとは関係なく、誰にでも起きることですから」
と常の柔和な声音に戻った。
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