第10話 小手術で大不安
金曜日に起きると、起き抜けに焦燥感と不安感で心がいっぱいになっていた。何に焦ることもないし、不安を感じて湧き出してくる材料は、すでにずっとまえからの懸念材料であって、ことさらに今不安を感じる必要はないのだが。次から次へと、繰り返し、同じ懸念が襲ってくる。目を閉じても何をしても無駄だった。音楽を聴いても、動画を見てもだめ。映画は冒頭の数分しか見られなかった。本を読んでもため息しか出なかった。
カミさんがいるときはそれでも話し相手がいるのでマシだった。気が紛れるのである。独りで自分と向き合ってしまうとき、夕方と深夜に抑鬱状態がひどくなった。
あの蟹のことをよく思い出していた。フロントライトに照らされた、黒いシルエット。片腕の海藻、石畳を必死に駆ける姿。どうしてアイツは水のない方向に逃げるのか。似ているオレには分かるはずだ。アイツにもオレが分かるに違いない。そうか、消えたいのか。もう消えたいんだ。水も餌もないところに行けば、空梅雨の今なら確実に干からびて死ぬ。それを狙っていたのか。オレもそうした方がいいのかな。オレも、おまえも、そうした方が楽になれるのか。本当にそんなわけのわからない妄想をすることもあった。
嫌な記憶ばかりが頭に次々と浮かぶ。目を閉じても、頭を振っても、鮮明にそれは頭に浮かんだ。逃げたい、逃げたい、と願っても、頭のなかにこびりついて、嫌な想念が消えない。
特に金曜日は一日自分自身が使い物にならなかった。もうすぐ、嫌な記憶や想像に占領され、身体が動かなくなる気がした。
藁にもすがる思いで、iPadを使って久しぶりのブログ記事作成を行った。熱があって身体を起こすのが億劫なので、寝ながら別売りのキーボードで書いた。それにはノートパソコンでは重すぎる。iPadが適切な重量だ。蟹と自分のわからない妄想は書かない。自分の状況を簡潔に書いた。今読み直せば、支離滅裂かもしれない。それなのに、そんな三十分にも満たない作業で、なんとなく思考がすっきりした。夜中に記事を書いて、翌土曜日に予約投稿した。自分には文章を書くのがこんなにも合っているのかと再認識した。
思考がクリアになると、今の自分の状況が体調不良のためだと冷静に理解できるようになっていった。本当は経験で分かっていたのだ。体調と精神状態は深くリンクしていて、それは気合いとかの精神論では抗しがたい威力をもって人間の精神を制圧するものだ。
その翌日も朝や夕方、夜中の不安感と焦燥感はなんとも拭えなかった。文章を書けば楽になれると縋った。妙なことを考えそうになったり、黒い靄のような気分に自分が占領されそうになったらば、単純作業かブログ作成に時間を費やした。読者を楽しませようなんて思っていないから、読み返せば粗だらけだろう。それでも久しぶりに文章を書く楽しさを痛感していた。
熱は日曜日に下がった。抑鬱や焦燥感の症状は薄く尾を引いていた。
体調が戻るのを待てばいい、と分かっていても、
「本当に大丈夫か。手遅れにならないか」
とどこかで何かが私にささやいていた。
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