第4話 小手術の準備
手術当日は予約よりも早く病院に到着した。
入り口は外来とは別棟だ。入り口の古い病棟は取り壊しされる予定だ。入り口にはサーモメーターが設置されている。サーモメーターは早くも二代目で、初めは小さめのタブレットに入ったアプリで、簡易的であった。今は本格的な装置になっていた。大きなモニターに写し出されたヒートマップで自分の体温がわかる。体温に異常があれば、横にいる警備員に止められるのだろう。手指の消毒を済ませ、サーモメーターを無事通過。もう十年以上通っている入り口の再来受付機に、すでに黄ばんでしまった診察券を通す。ここもスマホアプリと連携できればいいのに、と思うくらい、長い受付終了用紙がプリントアウトされる。
来院時にはいつも行う作業であるが、テンションが三メモリくらい下がる。大きく息を吸って、腹に力を入れないと先に進めない気がしてしまう。
用紙を持って、皮膚科の外来に進む。工事が進行しているので、旧棟の二階から新棟の二階へ回って行く。
連絡通路を渡ると左右に通路が伸びる。通路を越えると正面にエスカレーターが見える。エスカレーターの向こうに広い休憩用のエリアがある。正確にその休憩エリアの大きさはちょっとわからない。
休憩用のエリアには机と椅子が並んでいて、吹き抜けになっている。休憩エリアの左奥にはコンビニがあって、みな患者はそこで食事をする。感染対策のために、四人がけの席でも、並ぶことも、正面に座ることもできないように、椅子に張り紙が貼ってある。私は曲がって休憩エリアの手前、右側の通りに入る。
各外来が横並びになっている通路の一番右端に目指す外来があった。外来の受付にプリントアウトされた用紙を差し出した。ちょっと早く着いてしまったので、例によって「まだ受け付けません」と言われるかもしれないと思っていたが、そのまま受理された。
本当に新築のころは、独特の匂いがした。もちろん、気になるほどではないが。その匂いも徐々に消えつつある。
旧棟は昔、病院らしく至る所できつい消毒液の匂いがした。病気持ちにはとても気の滅入る匂いである。旧棟でも徐々に病院らしい匂いは消えていった。それとともに、スタッフの様子も変わっているように感じる。
年寄りじみた言い方だが、昔はもっと病院のスタッフは偉そうだった。日本がかろうじて野性味のある時代で、医者の言うことなど真面目に聞かない猛者がたくさんいた。強気で行かないと、患者を制することができなかったのだろう。
そんなことを考えていると、事務スタッフがすぐに、「一番奥になる処置室の前で待っていてくれ」と伝えてくれた。
――そういえば、外来の事務も昔は看護師さんがやってたな、とどうでもいいことを思い出した。
午後の待合室は閑散としていた。十数箇所の診察用の個室が用意され、それぞれの個室のドアの脇には液晶パネルが設置され、現在の診察者の番号と、もうすぐ順番の番号が掲示されている。今はそのほとんどが数字を表示していない。他の外来は午後、特定の疾患の専門外来になっていたりして、そこに通う人は有無を言わさず病院に通わなくてはいけないので、外来はいつも混雑している。だから、人がまばらな待合室は意外な気がする。もっとも、患者にとっては空いていることは良いことだ。
座って、扇子で顔を仰いでいると、看護師がすぐにやってきて、「血圧だけ測ってください」と言い出した。電動の血圧測定器の、灰色の帯を腕に巻いた。「ぶぶぶぶ・・・・・・」と動き出した機械が血圧をはじき出す。
「ちょっと血圧高めですね、いつもですか」
「いやあ、いつもよりも高いと思います。緊張かな」
「まあ、問題があるほどは高くないので、大丈夫です」と言って、去っていった。入れ替わるように、処置室のドアから女性の医師が顔を覗かせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます