第2話 湖の人食い怪物
「未来から来たなら、子どもの姿なのはおかしいんじゃないか?」
「ああ、それは変身技術ってやつさ。君には僕が十一歳当時の僕に見えるし、声だって君の耳には十一歳の僕の声に聞こえてるだろう。でも実際の僕はそうじゃない」
「中身は大人ってことか?」
「そう。もうすぐ七十一になる」
「爺ちゃんと同い年かよ!」
晋にとって、智也の話は全く信じがたいことであった。実は目の前の智也は本物で、智也と共謀した別人が智也のスマホから電話をかけてきたという手の込んだイタズラなのではないか……とも疑ったが、そうであるならそれも面白い。せっかくなら狂言に付き合ってやろう……晋はそう考えたのであった。
そうして、二人は小さな木造小屋の前にたどり着いた。晋がインターホンを押そうとすると、その前に扉が開いて白髪の老爺が出てきた。
「おおいらっしゃい! 窓からシンとトモが見えたもんでな。暑いだろうから中にお入り」
祖父の潔は、上機嫌そうに笑顔を浮かべて二人を出迎えてくれた。招かれるままに小屋に入ると、煙の臭いが二人の鼻をつんとついた。中で蚊取り線香を焚いているのだ。
小屋にはちゃんとエアコンが備え付けられていて、暑さの中を歩いてきた少年たちにとって救いになるような涼しさであった。潔は「汗かいたろう」と言って冷蔵庫からペットボトルのスポーツドリンクを取り出し、二人に手渡した。
「釣りしたいから竿貸して」
切り出したのは智也であった。晋は注意深く、智也の言行を観察している。今の晋の関心事は、専ら智也のことであった。
「おお釣り行くか。爺ちゃんも行きたいけど、これから花火大会のことで打ち合わせがあるんだよ。いってらっしゃい」
「じゃあ、また後でね」
「俺もトモと一緒に行ってくる」
そんなやり取りを経て、晋と智也は釣竿を一本ずつ貸してもらい、湖に向かった。
「どういうつもりなんだ、トモ」
「湖には化け物がいる。そいつのせいで、未来は滅茶苦茶になってしまった。僕の使命は、この時代で化け物を始末して歴史を変えることさ」
「化け物……? 歴史を変える……?」
「そう、人食いの凶悪な怪物だ。そいつが明日、大勢の犠牲者を出す」
この雲離湖では明日、花火大会が行われる。今年も例年通り、多くの見物客が湖畔にひしめき合うことであろう。そんな所に人食いの怪物なんて現れたら……想像するだけで恐ろしい。勿論、智也の言うことが全て真実ならば、である。
そうして二人は湖畔にたどり着いた。湖面はいつものようにきらきらと光っていて、スワンボートを漕ぐカップルなども散見される。
「さて、それじゃあ釣ろう」
「え、釣るのか?」
「何か変なことでも?」
「いや未来から来たっていうから何か……すごい道具でもあるもんかと」
「期待しすぎだよ。時間遡行は大変なんだ。そんなにあれこれ持ってこれない」
それを聞いて、晋は残念がった。智也が未来の技術で作られたマシンでも見せてくれれば信じる気にもなったのだが、これではまだ決定的な証拠がなく、信じるべきか否かの判断は下せない。
智也は早速餌となる小魚を括りつけて釣竿を振るった。その様子はどこか手慣れていて、晋の記憶の中にいる不器用な智也とは別人に思える。
――やっぱり智也は未来人なのかも……
じっと湖面を見つめる智也をよそに、晋はそのようなことを考えていた。
アタリを待つこと数分後、智也の釣り糸が、強い力で引っ張られた。引きの強さからして、体が大きく力の強い魚であろう。智也は地面をしっかりと踏みしめ、力を込めて引き上げた。
そうして釣り上げられた、黒い大きな魚……よく見るとそれはナマズであった。人食いの怪物などではない。
「違う……」
引き上げたナマズの口から針を外した智也は、体をくねらせて暴れるナマズを、両手で抱えて湖に放り込んだ。
その後、待てど暮らせどアタリはなかった。魚が釣れたのは、リリースした先のナマズ一匹である。太陽は徐々に傾きかけ、青黒い夜が少しずつ空にかかり始めていた。晋としては、帰りが遅くなって両親に心配をかけるようなことはしたくない。
「おっ、すごい引きだ!」
その声は、智也ではなく少し離れた場所で釣りをしていた、小太りの中年男から発せられた。獲物は相当な力自慢のようで、竿が大きくたわむほどの強い力で水中から引っ張られている。
そうして格闘していると、ふっと水中からの力が緩んだ。大きく竿を引き上げると、中年男の顔には落胆が浮かんだ。
「何だよ逃げられちまったか……」
竿の先には、何もついていなかった。どうやら餌だけ食い逃げされてしまったらしい。
落胆した男が餌をつけ直そうとした、まさにその時のことであった。
突如、水面が波打った。驚いて顔をあげた男は、黒っぽい何かが、白い
「うわぁ!」
丸太のように太いそれは、大口を開けて男の頭を咥え込み、そのまま湖に引きずり込んでしまった。
「トモ、今の……」
「うん……」
智也はそっと右ポケットに手を入れ、銀のリボルバー拳銃を引き抜き両手で構えた。
湖面の下には、あの黒い背が揺らめいている。胴の太さに惑わされていたが、どうやら怪物はヘビのように長い体を持っているようだ。
その怪物は、再び飛沫を立てて飛び出してきた。頭を地面に乗せた怪物は、そのまま体を蛇行させて陸まで這い出してくる。
「げっこいつ陸に上がろうとしてるぞ!」
「僕がやる!」
勇んで前に出た智也は、銃口を怪物に向け、引き金を引いた――
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