第3話 オオウナギ、それは水陸両用の肉食魚
銃口から飛び出たのは、真っ赤な薔薇の花であった。
「……は?」
「やばっ誕生会で使ったパーティーグッズ持ってきちゃった。この年になると物忘れが酷くて……」
拍子抜けな出来事におろおろする二人……その目の前に、人食い怪物が体をくねらせて迫ってきていた。
「……逃げるよ」
「えっ……倒すんじゃないのかよ!」
晋の手を握った智也は、脱兎の如く地面を蹴って走り出した。智也は戸惑う晋を強引に引っ張りながら、物凄い速さで駆けていく。足の速さには自信がある晋でも、足がもつれそうになるほどの速さであった。
元々、智也は晋ほど運動が得意ではない。どちらかというと鈍臭い印象を晋は抱いていた。となれば、智也の足が妙に早いのは、やはり未来の技術によるものなのだろうか……
そうして二人は祖父の小屋の前までたどり着いた。窓を見ると、幸運にも祖父はすでに帰ってきているようであった。
「爺ちゃん! 開けて」
智也はばんばんと乱暴にドアを叩いた。潔は目を丸くしながら、戸惑いがちに扉を開けた。
「どうしたんじゃそんなに慌てて……って後ろ!」
祖父の声に反応して、晋と智也は後ろを向いた。黒く長い体をした怪物は、すぐ背後まで迫っていた。
「このっ!」
怪物が小屋の中に飛び込んでくるまさにそのタイミングで、智也はドアを押して頭を挟んだ。怪物はじたばた暴れながら、何とか頭をねじ込んで侵入を試みてくる。
「爺ちゃん、銃でこいつ撃って!」
「わ、分かった!」
智也に言われて、潔は奥に銃を取りに行った。その間、智也は必死にドアを押さえ、怪物の侵入を防いでいた。
「お、俺も手伝う!」
「助かるよ」
晋も智也と同じように、怪物の侵入を防ごうとドアを押さえにかかった。しかし怪物の力は強く、このままではいずれ小屋に入ってきてしまう。
「よし、危ないから二人は下がってなさい!」
潔は奥から持ってきたライフルを構えた。言われるままに晋と智也がドアから離れると、ばたんという音とともにドアは全開になり、あの巨大な怪物が頭を小屋の中に突っ込んできた。
「死ねぃ!」
乾いた銃声が響き渡り、火筒が煙火を吐き出す。ライフルの銃弾は怪物の眉間を撃ち抜き、穴を穿って紅の鮮血を噴き出させた。だが、まだ怪物の息の根は止まらない。長い体をくねらせながら、尚も侵入を試みている。
「しぶとい奴じゃ!」
潔は二発、三発、四発……と、立て続けに銃弾を浴びせた。弾が命中する度に暴れてもがいていた怪物も、だんだん元気を失っていき、とうとうぐったりと地面に伏せった。
「何じゃこいつは……バカでっかいウナギじゃの……」
銃を下ろした潔は、額の汗を袖で拭った。
「オオウナギだよ」
「オオウナギ? ウナギの大きな奴ってことか?」
「違うよシンくん。普通のウナギとは別種だ」
「そんなのがいるのか?」
「オオウナギ自体は普通の魚さ。大きさは大体二メートルぐらい。ここらではごく珍しい奴だけど沖縄辺りではたくさんいるそうだよ」
「で、でもこいつどう見ても二メートルって体格じゃないぞ」
晋がそう言うのも無理はない。今仕留められた怪物――オオウナギは、目測で八メートルはある。湖にこんな巨大魚が棲んでいるはずがない。
「半年前に隕石が降ってきたのは覚えているかい?」
「そういえば……」
「隕石にくっついてた微生物が、こいつらに寄生したんだ。その微生物は寄生した生物の体細胞と一体化して異常な変化をもたらす。巨大化したのはそのせいさ」
「宇宙って……SF映画みたいだ」
「未来の世界じゃさらに巨大化して、おまけに翼まで生やしたんだ。世界中の都市がこっぴどく破壊されたよ」
「マジかよ……だから陸に上がってまで追いかけてきたのか」
「それがね……実はオオウナギ自体、陸を移動する能力のある魚なんだ」
「え、魚なのに!?」
驚きから、晋はうわずった声をあげた。そんな異能力を持つ魚など聞いたことがなかったからだ。
「奴らは皮膚呼吸ができるんだ。これで少しの間なら陸を這って移動できる。ただ……」
「ただ?」
「微生物の影響なんだろう……陸を動ける時間が長くなってるみたいなんだ。だから湖から離れても安全じゃない」
「魚なのに陸を動けるとか反則だろ……さっさと大人に知らせなきゃ……」
晋はポケットからスマホを取り出そうとした。だが、ポケットの中には何もない。
「うわ落としてきちまった……智也のはどう?」
「僕の時代だと電波は12Gなんだよ。5Gじゃ通信は無理だ」
「じゃあ爺ちゃんのは?」
「ちょっと待っとれ……ん?」
スマホを探そうとした潔が、茜色の陽光が差す窓の外を見て固まっている。
「まずいさっきの奴がまた来た!」
潔の行動は早かった。さっき仕留めたオオウナギの頭を蹴って外に出すと、急いでドアを閉めて鍵をかけた。
「どうした爺ちゃん」
「二匹目……新しいのが来たんじゃ!」
潔は窓の外を指差した。その向こうには……体をくねらせてこちらに迫ってくる、二匹目のオオウナギの姿があった。しかも、心なしか一匹目よりも大きな体をしている。
小屋のすぐ側まで来たオオウナギは、ぐるぐると小屋の周囲を回り始めた。外からはざざっ、ざざっ、という這いずり音が不気味に響いてくる。
「奴らは後二匹いる……」
「何じゃトモ、あれのこと知っとるのか?」
「後で話すよ爺ちゃん。それよりスマホをお願い」
「ちょっと待って、今ワシの充電するから」
潔は充電の切れていた自分のスマホを充電器に繋いだ。しかし、充電中を示す赤いランプは点灯しない。
「おかしいのう……」
スマホと充電器を抜き差ししたり、充電器とコンセントの抜き差しを繰り返してみたが、やはり充電中にはならない。
「いや、小屋自体が停電してるみたい」
そう言ったのは智也であった。彼は電灯のスイッチをオンオフして見せたが、小屋の内部に明かりはつかなかった。
「あの微生物は電気も食うんだ。多分奴に電線を切られてしまったんだろう」
「マジかよ……何て奴だ」
明かりがないと困るので、潔は引き出しから蠟燭とマッチを取り出して火を灯した。六畳一間の空間で三人が身を寄せ合う中、頼りない小さな光が、暗闇の中にぼうっと揺らめいている。
そうして、しばらく経った後……突然、どしん、という音が鳴り、小屋全体に衝撃が響いた。窓の外には、頭を持ち上げたオオウナギの姿がある。どうやら顎を打ちつけて、小屋を破壊しようというのだろう。
「ワシの小屋が!」
「トモ! 頼む何かないのか!? このままじゃ……」
晋に迫られた智也は、自分の半ズボンに手を突っ込んだ。そこから取り出したのは、黒く光る自動式拳銃のようなものであった。
「こっちは本物のレーザー銃だ。これで殺す」
もう一度、小屋に衝撃が響き渡った。小屋の強度が如何ほどかは分からないが、そう長くは持たないだろう。智也は拳銃を両手で握って構え、銃口を窓に向けた。
「来い……一発で仕留めてやる」
窓の外で、オオウナギが頭を大きく振り上げた。それが振り下ろされる寸前、智也は拳銃の引き金を引いた。
直後――銃口から赤い光線が一直線に放たれた。それは窓ガラスを貫通し、オオウナギの喉元を穿った。光線が命中した喉元には大きな穴がぽっかりと空き、オオウナギは大きくのけ反って後ろに倒れ込んだ。
「すげぇ……」
晋は感嘆しながら、窓ガラスに空いた丸い穴を眺めていた。
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