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僕とヨーコさんは年季を感じさせる作りのうなぎ屋に入っている。
注文してから裂くので時間がかかるらしい。
「師匠には話してあるから大丈夫」
「いいんですか本当に」
ヨーコさんは迷うことなく特上を注文した。
「軽く飲む白焼きで」
ヨーコさんの笑顔。ちょっと嫌な予感。ホントに大丈夫かなあ。
「俊一が元気なら、ばあちゃんはそれだけで安心だよ」
「親父から連絡は」
「なんもない。なんもないことが元気でいる証拠だから」
ばあちゃんに新しい住所を教えた。
特に何があるわけじゃないけれど、
たまにこうして連絡を入れておけば安心するから。
僕が親父のせいで普通に暮らしていけないのは、ばあちゃんたちもわかっている。
それでも田舎にいるよりはずっといい。
親父もちゃんと刑期を終えたんだし、
後ろめたいことなんて何もないと突っ張ったところで
疲れるだけだってことは僕もよくわかっていた。
親父は多分もっとひどいのだろう。
「そんなことないよ」なんて気休めを言う人もいなくなった。
たしかに成功している人もいるかもしれない。
でも多分どこかでビクビクしているんだ。
「ねえ、持ってくるものはそれだけでよかったの」
アサちゃんは洗濯物をたたみながら僕にきく。
「ここに持ってきても場所取るだけだし、
ヨーコさんが知り合いのリサイクルショップに寄ってくれて処分できたから」
「ごめんね、本当はあたしが行くはずだったんだけど」
「ねえ、ヨーコさんの奥の部屋って人住んでるの」
「一番奥の部屋ね。住んでるよ」
「人の気配がしないよね」
「ちょっと引きこもってるのかな。会うのはいつも夜中。
あのひと夜中にしか出歩かないし」
「男の人」
「そう。まだ若いよ。大学中退しちゃったみたいだけど」
僕はその男のことを何となく想像できた。住んでいる部屋の様子も。
「だらしない人だと思ってるでしょう。意外とそうでもないの。
パソコンばかり弄ってるみたいだけれど」
部屋のドアが開いて、ヨーコさんが入ってくる。あいかわらずの作業着。
「昨日はすいません。急にシフトが変わっちゃって」
「いいのよ。師匠も用事があったみたいだから」
「あの人」
「多分ね」
「ねえ、彼貸してもらっていい。あたしも洗濯物溜まっちゃって」
「いいよ」
ちょっと待ってよ。いつから僕はアサちゃんの持ち物になったの。
そう思いながらも僕はヨーコさんの洗濯物を近くのコインランドリーまで運ぶことになる。
ウナギ奢ってもらったんだからしかたないか。
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