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やはりここに来るのは間違いだったのだろうか。
ヨーコさんと師匠が黙々と作業をしていて
僕は作業場のスミでなるべく音をたてないように椅子にすわって固まっている。
さすがに師匠の作った椅子だけあって、こうしていても少しも疲れない。
最初に腰を掛けたときは少し固い感じがしたけれど、今は全然気にならない。
師匠が突然手を止めた。
ヨーコさんも手を止めて僕に目で合図をしているのだけれど、
僕は何を要求されているのかがわからずあたりをキョロキョロと見ている。
ヨーコさんもそれを察したようで、立ち上がってぼくのほうに歩いてくる。
そして僕の前のテーブルに置いてあるリモコンを手に取って
壁のほうに向けてボタンを押した。作業場に音楽が流れ始める。
「最近の師匠のお気に入りはショパンのノクターン」
「すいません。緊張してて音楽が流れていたこともわかりませんでした」
「そうか、はじめてきた人にはそんな感じなんだね。あたしはもう慣れちゃっているから」
休憩時間にヨーコさんがコーヒーを淹れてくれた。
師匠は少し離れたところでコーヒーを飲んでヨーカンを食べている。
「これはあの有名な羊羹ですか」
「そうじゃないけど、こだわりはあるみたい。ここの近くのお店なんだけどね」
「やっぱり職人の人ってこだわるんですよね」
「まあね。それが一人前になったってことだから」
「ショパンもフランソワじゃないとダメなの」
僕は何となくわかったふりをした。
師匠がコーヒーカップを置いて、作業をはじめた。休憩は終わりのようだ。
「ねえ、お昼付き合って奢るから」
ヨーコさんはそう言って師匠の飲んでいたコーヒーカップと
ヨーカンの載っていた小皿を僕の前のテーブルに置いた。
僕はそれをお盆の上に載せて、
僕たちが飲んでいたコーヒーカップと一緒に
ヨーコさんがコーヒーを運んできたのれんの向こうに運んだ。
そういえばぼくたちの分のヨーカンは無かったのかな。
「ちゃんと洗ってくれたんだ。ありがとう」
「師匠のお昼はいいんですか」
「師匠は自分で作って食べるからいいの」
「そうなんですか」
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