7
「ここはもともとアサコの家だったの」
シャッターの脇のドアを開けてヨーコさんが言う。
このドアにはしっかり鍵がかかっていた。
中に入るとオイルの臭いがする。
すっかり取り外されてしまっていたけれど、
機械が据え付けてあった痕跡が残っていた。
「町工場だったみたいですね」
「ずいぶん前にやめちゃったみたい」
「倒産ですか」
「見切りをつけたっていう感じなのかな。そのへんはアサミのお父さん優秀だったみたい」
何とも言えない感じだなと僕は思った。
でも借金まみれで身動きが取れなくなるよりはいいのかな。
「二階の部屋はその名残なの。従業員の寮だったんだって」
何とも殺風景な作りはそのせいなのかな。
ヨーコさんの着ている作業着がこの何もない空間に何の違和感もなく溶け込んでいる。
「アサちゃんの家族ってどうしているんですか」
「あなたと同じよ」
「みんなバラバラですか」
ヨーコさんは僕のことをどこまで知っているのだろう。
アサちゃんだって詳しいことは知らないはずだ。
「お父さんは近くに住んでいるらしいけど、詳しいことはわからないの」
どうしてアサちゃんは僕をあの部屋に連れてきたんだろう。
奥の事務室に入ると書類とかが積まれていたり、
張り紙やポスターがあったり、町工場だった頃のなごりが残っていた。
事務室の奥は住居になっているようだった。
遠い記憶が少しよみがえってくる。
そうなんだ、僕は一度ここに来ている。
アサちゃんが強引に僕をここに連れてきた。
たしか土曜日だったのかな。とにかく授業は午前中で終わりだった。
ここでアサちゃんの家族と素麺とスイカを食べた。麦茶を飲んだ。
あの時、アサちゃんの両親は二人とも優しかった。
「ヨーコちゃんは知らないはずだよ」
アサちゃんは煮物のニンジンを口に入れながらぼくに言う。
いつアサちゃんが戻ってきたのか、記憶がなかった。
いつものようにヨーコさんがコンビニで買ってきたものをつまみながら
ビールを飲んで寝てしまった。ヨーコさんが帰るところまでは覚えているんだよな。
今日はめずらしくアサちゃんが先に起きた。
土鍋でご飯を炊いてくれた。おかずはアサちゃんが居酒屋からもらってきた煮物。
そしてヨーコさんが差し入れてくれた温泉たまごとインスタントの味噌汁。
「昨日はお通しが余っちゃって。ちょっと作りすぎた」
「いつももらってくるわけじゃないのよ」
アサちゃんは幸せそうにご飯を食べる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます