第2話
SNSでのやりとりは、最初の数回だけだった。具体的な打ち合わせが始まる頃には、編集さんとの連絡は、もっぱら電話を使うようになっていた。
「きぬやま様の作品の素晴らしかったところは、検視官の活躍ぶりですね。まるで見てきたようなリアルさがあって……。特に毒の分析の場面なんて、本当に迫力ありました」
「ああ、あの部分は……。実は私、学生の頃は毒物学が専攻でして。といっても博士じゃなくて修士まででしたから、結局は、毒と無縁の企業に就職したんですけどね」
「いいですね。実体験を生かすのは大切なことです。本格的に作家デビューすれば取材も行えますが、現在のきぬやま様の状況では、まだ難しいでしょうからね。あとは、それ以外の部分と『リアル』に差があるのをいかに埋めていくか。その点ですが……」
プロの編集の目から、私の作品の良い点や悪い点を挙げてもらうのは、とても勉強になる。これだけでも貴重な経験だ、と私は感じた。
「キャラクター造形にも問題ありますね。物語全体のシリアスムードを考えると、主人公のキャラクターが浮いています。チャラチャラした性格というより『そんなやついねえよ!』と言いたくなる軽さです。ラノベのファンタジーならば構わないでしょうが、きぬやま様の作品は文芸路線ですよね?」
「そのつもりです。ただ、ネット小説ではラノベっぽいのが好まれると思って、せめて主人公の性格設定だけでも、それっぽくしてみたのですが……」
「なるほど。でも弊社から出版するのは紙の本です。ネット小説云々は気にする必要ありません。いったん忘れて、もう一度キャラクターを作り直しましょう。きぬやま様、もしも最初から紙媒体で書けるのであれば、どんな主人公にしたかったですか?」
作品に関する細かい話とは別に、作家デビューを控えた者としての注意もあった。
「SNSやブログなどで『書籍化の話が進行中!』みたいなこと、書かないでくださいね」
「もちろんです!」
身が引き締まる思いだった。このように注意されるだけで、作家になるという現実感が増してきたのだ。
今まで私は、執筆状況をブログで逐一報告していた。「今日は小説を何千文字書いた」みたいな話だ。自分で自分の尻を叩く意味合いもあったのだが……。
今回の件に関しては、絶対に秘密!
正直、一度公開した作品を最初から最後まで全面的に書き直すのは、不慣れなこともあって、ゼロから作品を書き上げる以上に大変な作業だった。こういう時こそ進捗状況を公言することで、自分自身を叱咤激励したいところだが、そんな甘えは許されないのがプロ作家なのだろう。
私はプロの小説家になる。
改めて、それを実感するのだった。
「最近、あまり書けていないようですね。体調でも崩しましたか?」
「いやあ、色々と忙しくて。ご心配、ありがとうございます」
SNSで交流している作家志望の仲間からは、私を心配するメッセージも届くようになった。本にするための改稿作業にかかりきりで、新しい小説の執筆が完全に止まっていたからだ。
忙しいのは嘘ではないが、それが作家デビューのためと言えないのは、少々心苦しい。しかし「作家志望の仲間」といっても、しょせんSNSにおける知り合いであり、リアルの友人でも何でもない。「小説家になることが決まりました!」とは、口が裂けても言えなかった。いざ本が出版されてから「今だから言えますが、実はあの頃……」と謝ればいい。そんな気持ちで、私は改稿作業を頑張るのだった。
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