第4話

それから10年。

彼は殺したい人間が現れる度に怪物に食べさせた。

高校で彼の事を馬鹿にするクラスメイト、偉そうに説教する教師。

大学に入って、告白したが振られた女、バイト先の店長、音楽がうるさいと注意してきた隣の主婦。

皆適当な口実をつけて池に誘い出し、怪物に食べさせる事で彼は心の平穏を保ってきた。

あまり派手に動くとさすがにまずいと思ったので、適当に間隔は置いた。それに彼は何もしていない。完全犯罪だった。相手をただ池に連れてきただけなのだから。

社会人になった彼は今日も一人、怪物に食べさせる目的で相手を池に連れてきた。相手は会社の同僚だった。同い歳で同じ営業職だったが、彼よりはるかに仕事の出来る人間だった。そして同じ会社にいる彼が好意を持っている経理の女性と付き合っている噂があった。彼は嫉妬と自分のポジションを守るために相手を食べさせようとしていた。

彼がこの池に来るのも久しぶりだった。およそ3年ぶりだった。

社会人になってそれほど殺したい人間もいなくなったのだ。怪物もさぞかし腹を空かせていることだろう。今日はたっぷり食べるがいい。

相手はじいっと池を覗き込んでいる。

「なあ…。なんか不気味な池だな、これ」

「ああ…そうだな」

この瞬間が彼には快感だった。

もうすぐ食べられるというのに呑気な事だ。

「なんかいそうだな…この池…」

そろそろ幕を引く時だ。

「ああ…いるよ…この池には…」

彼が続けて言おうとした時だった。

その前に相手が口を開いた。

「怪物…だろ?」

「え…」

彼は全身の血が逆流する程の衝撃を受けた。

ありえない…。まさか…、そんな…。な…なぜ、こいつが怪物の事を知っている?

相手は振り返るとにたにたと笑いだした。

「言ってなかったけど、実は俺お前と同じ中学なんだ。ま、もっとも知らなくても当然だけどね。別のクラスだったし、お前と同じようにいじめられてて、ほとんど不登校だったから」

 同じ…中学…。

「お前が自殺しようとした日…。実は俺も同じ事を考えててここにきたんだ。そしてみさせてもらったよ。怪物を」

 こいつは…全てを見ていた…。

「だから、あのいじめてた奴がいなくなった時俺はすぐにわかったよ。ああ…お前が怪物に食べさせたんだなって」

 すべて…知っている…。

「お前には感謝してるんだ。おかげで俺も学校に通えるようになって、普通の人生を取り戻すことが出来たんだからさ」

 わかってて…なぜ…きた…。

「それだけに残念だよ」

 彼の表情が変わった。

「お前を怪物に食べさせなきゃいけないのが」

 波が段々強くなる。

 そして怪物が姿を現した。

 怪物は彼の事をじろじろと見ている。

「な…何をしている怪物。俺じゃない!あ…あいつだ!あいつを食べるんだ!」

 彼は必死にわめいた。

 ふう…と相手はため息をついた。

「お前最近ここに来てなかっただろ?よくないなあ。餌をあげなきゃペットは死んじまうんだぜ。お前が来ない間、俺がずっと怪物の世話をしていたんだ。怪物はもう俺の言う事しか聞かないよ」

 怪物は目をらんらんと輝かせて彼を見ていた。そしてよだれをたらしながら口を開けた。

「待て…待つんだ怪物!」

 それが彼の最後の言葉になった。

 相手が言った。

「食べていいぞ。怪物」

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怪物 空木トウマ @TOMA_U

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