第3講 続・採用試験
「というわけであなたは不合格ですね。さすがにロリコンを招き入れるにはいかないので」
表情を見ると、冗談で言っているようには見えなかった。
そんないい加減な本を参考にして不合格にされるのは実に不愉快だった。
「ちなみに家庭教師、塾講師などの経験はあるんですか?」
「ええ。数人の生徒を見てきました」
「その中に女子生徒はいましたか?」
「ええ。いました」
メイドは失笑した。
「やっぱりロリコンじゃないですか」
この言葉には苛立ちを隠せなかった。
ヒロシはすぐさま立ち上がり、メイドの方をにらみつけた。
メイドの方もこちらをにらみ返してきた。
「なんですか? 図星だから怒ってるんですか?」
「勝手に決めつけてんじゃねえよ、さっきから」
当然、図星だから怒ってるわけではない。
信じるに値しない本を信じて、自分の考えを一ミリも疑わない姿勢に憤りを感じるのだ。
「決めつけ? 事実じゃあないんですか?」
「まずその本を捨てな。何が噓で何が本当か、自分の頭で判断できないような奴に教育は任せられないな」
「ああ、これのことですね」
メイドは手に持っている本をあっさりと投げ捨て、丁寧にお辞儀をした。
「怒らせてしまったようで大変申し訳ありません。少しテストさせていただきました」
「……テスト? テストって筆記じゃないのか?」
「人は何に怒るかで価値観が分かると言います。例えば、遅刻する人に怒るのは、自分も遅れてはいけないのにその人は遅れてきているという不平等感から、平等というのが価値感でしょうし、肩がぶつかって怒る人は自分への被害に敏感な人でしょう」
メイドはため息をついた。
「しかしながら、最近は怒ってくれる人がなかなか見つからなくて困っていたんですよ。あまり怒らない人は信念が無いか、周りにこびへつらう残念な人でしょうが、そういった人はあいにくお断りしています。自己主張のない人間が天馬家にいても、じわじわ食われ、居場所がなくなってしまうのがオチですから」
どうやら思い違いだったようだ。
やはり天馬家には優秀な人たちが揃っているらしい。
「こちらの狙いはすべて話しました。さあ、あなたもそろそろ話す気になれたらよいのですが」
「……何を?」
「志望理由ですよ。まだあるんでしょう?」
そういえばここに向かう途中、ヒメと出会ったことを思い出した。
「今まで色んな生徒や知人がいましたが、知識を披露するたびに嫌な顔をされました。でも、天馬さんは違ったんです。彼女の目は輝いていて、僕は彼女の下なら実力を発揮できると思ったんです」
メイドは少し考える素振りを見せると、納得がいかない表情をした。
「それは今考えた面接用の回答ですよね?」
ヒロシはドキッとした。
「まあいいでしょう。それもまた真実だと思うので」
ヒロシはホッと胸をなでおろした。
「さて、そろそろ問題用紙の方を――」
ふと時計を見ると、針は18:10を指していた。
「……あら、時間ですね」
「……終わっちゃいましたね」
「今から2時間は――」
「もう集中力もたないっすよ」
「じゃあ後日改めて来るということで。他の応募者の予定をキャンセルして――」
「いいんですか?」
「いいんです。勘違いしないでくださいね。今までの応募者の中で一番可能性がありそうというだけですからね。ただし、筆記テストの点数が低かったらタダじゃおきませんからね」
「あ……はい……」
後日、再び筆記テストが行われた。
テストから数日後の朝、ヒロシのスマホに一通のメールが届いた。
件名:先日の試験についての確認です
From:天馬 妃
東 大 殿
お世話になっております。
天馬 姫の母の天馬 妃でございます。
今回の応募について確認事項があるため、お手数ですが私宅に再度足を運んでいただきたく存じ上げます。
日時は――
メールの通り天馬宅の正門の前まで足を運ぶと、門番から声をかけられた。
「止マレ」
天馬母からのメールを見せると、あっさりと通してくれた。
不審者対策とはいえ、毎回聞かれるのは面倒だと思った。
玄関のチャイムを鳴らすと、インターフォンからメイドの声がした。
「お待ちしておりました。どうぞお上がりください」
扉のロックが外れる音が聞こえ、中へ入っていった。
そこには毎度お馴染みのメイドが立っていた。
「いらっしゃいませ。
「こんにちは。えっと……メイドさん」
「私にはミサというれっきとした名前があります。そこら辺のメイドと一緒にしないでください」
果たして、メイドはそこら辺にいるのだろうか?
「本日は母上が不在の為、私がご案内させていただきます。どうぞよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
「それでは応接室へどうぞ」
ミサに案内され、1階の応接室へ入っていった。
グレーのカーペットが敷き詰められており、皮でできたソファがテーブルをはさんでいる。
壁掛け時計が静かに時を刻む中、二人は向かい合ってソファに座った。
「それではメールで伺った通り、先日の試験について確認していきます」
ミサはメモ用紙をパラパラめくりながら話した。
「さて、先日の試験の結果ですが……筆記は問題ないですね。社会は苦手ですか?」
「あ、はい。恥ずかしながら。予習すれば指導は可能かと思います」
「承知しました。しかし、うちには理系がいないので助かります」
「そうなんですか?」
「ええ。いまは私が国語、音楽など芸術を担当していて、体育は他の人が担当しています」
「なるほど。確かに理系もいた方がバランスがよさそうですね」
「まあ、余裕があれば他の科目もお任せしたいところですが」
ミサはメモ帳をパタンと閉じた。
「早速ですが、今から模擬授業をしてもらいます。いくら成績や性格がよくても、授業が悪ければ不合格ですからね」
ミサの瞳が怪しく光る。
結局この人は優しいのか厳しいのかわからない。
しかし、油断していると足をすくわれるということを確信した。
思わず唾をごくりと飲んだ。
そういえば、ふと気になることがあった。
「あれ? 今から授業するんですか?」
「そうですよ」
「……聞いてないんですけど」
「……言ってませんでしたっけ?」
結局この人は天然なのか厳しいのかわからない。
授業については知っている内容であればいつでも準備はできているが。
「あと、今は学校の時間だと思うんですが」
「ああ、言ってませんでしたっけ? ヒメちゃん、不登校なんですよ」
これには驚きを隠せなかった。
学校の内容の補足程度ならまだ何とかなるが、不登校の生徒に
「何か理由があるんですか?」
「それは自分で聞いてください。ま、堂々と聞けるような関係になったらの話ですけど」
模擬授業は天馬の父の部屋で行われた。
よく空いているので勉強部屋としてよく使われているのだそうだ。
娯楽が本くらいしかなく、誘惑も少ないので集中したい時はこの部屋が適している。
部屋の中に入ると、既にヒメがいた。
まさか僕が来るとは思っていなかったのか、少し驚いたような顔をしていた。
あれから数日が経ったが、顔をちゃんと覚えてくれたようだ。
「では、今から
ヒメは座ったままペコリとお辞儀をした。
授業の内容や方法はテストの範囲内であれば自由という条件だったので、二次関数をテーマに選んだのだが、イマイチな反応しか得られなかった。
ヒメの目は輝きを失っていた。
教えて!東先生! あーく @arcsin1203
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