第2講 採用試験
ヒロシは無事、指導先の家までたどり着いた。
そこは、まるで外国に来たかのような豪邸だった。
こんな豪邸の教育係が務まるのか、疑問に思っていた。
思えば三食宿付きなどという条件は金持ちくらいしか出さない。
「どうしました? 早く入りますよ?」
「は、はい」
彼女は生徒の
この豪邸の娘なだけあってか、立ち振る舞いも上品に見える。
「ただいまー」
「お邪魔します」
扉が開けられると、目に飛び込んでくる異世界。
天井から下がるシャンデリア、中央の階段から左右に広がり二階へと続く。
一階のロビーはテニスコート一つ分、複数の扉は各部屋へ続いている。
厳かな空間に二人。
「おかあさーん」
ヒメは母親を呼びながら二階へと上っていき、部屋の中へ吸い込まれていった。
許可なく上がるわけにもいかず、玄関で一人取り残された。
こんなところ漫画でしか見たことないな、などと思っていると、先程ヒメが入っていった部屋から
「あら、こんにちは。あなたが
「こ、こんにちは。
女性は軽く会釈をすると一階へ降りてきた。
「話は聞きました。ヒメの母の
母は丁寧にお辞儀した。
「本日は応募ありがとうございます。後はうちの家政婦に任せるのでよろしくお願いします」
母は手をパンパンと二回鳴らした。
「ミサさん? 家政婦のミサさん?」
一階の扉がガラガラと開き、可愛らしいメイド姿の女性がこちらへやってきた。
「お呼びでしょうか」
「この方を案内してください。新しい家庭教師の方です」
「かしこまりました」
「では東先生、あとはうちの者に従って下さい」
そう言い残すと、母はつかつかと元の部屋に戻っていった。
「ここからは私が案内をします。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
「さっそくですが、今日はあなたがヒメの家庭教師たる人物か、試験を受けていただきます。そうですね、お父様の書斎が空いておりますので、私の後へついてきてください」
試験――よく考えれば当然のことだった。
どこの誰だかわからない人物を招き入れるのはリスクでしかない。
ヒロシとメイドは二階へ上った。
メイドは部屋の鍵を開け、「どうぞ」と扉を開けた。
一人分の生活スペースはありそうだった。
床の赤いカーペット、壁際の本棚には専門書がずらりと並んでおり、部屋の奥には机と椅子が置かれている。
父の書斎と言っていたことを思い出す。
「さあ、お座りください」
ヒロシはメイドに言われるまま椅子に座り、机に向かった。
そして、メイドから問題用紙と答案用紙が配られた。
「こちらが問題用紙です。16:00になったら始めてください。制限時間は120分で、18:00までとなっています。時計はお手元のものをお使いください」
手元に時計があることに気付いた。
針は15:50を指していた。
余裕だ。
一般的に、午後になると集中力が低下すると言われている。
ヒロシはこれを見越し、30分程度の昼寝を済ませていた。
始まるまでの間は目を閉じてリラックスしていよう。
そう思ったのもつかの間、メイドが後ろから話しかけてきた。
「どうしてここを選んだんですか?」
思わず目を開けた。
このタイミングで聞く話か?
メイドは続けた。
「ここに応募してくる人たちは大体お金か、この家に一度でも関わることができたという名誉が目的だったりするんですよねー。あなたがここに応募してきた目的は何ですか? お金ですか? 名誉ですか?」
決まってるだろ。そんなの――
振り向きざまに答えた。
「仕事をしてお金を貰う――それだけでは不十分ですか?」
「そんなこと誰にでも言えます。色んな選択肢がある中でわざわざここを選んだ理由が知りたいんですよ。それと――」
メイドはニヤリと笑った。
「あなたは何か隠していますね?」
思いがけない発言にドキッとした。
「あら、その表情は図星ですね? 大丈夫ですよ、正直に言ってもらっても。どんな理由でも――いや、例外はありますが、基本的には受け入れますから。色んな人がいましたね、例えば金、この家に関われたという名誉、楽しく学んでもらいたいだの綺麗ごと、ロリコン――」
ロリコンって――そうツッコみそうになったが、言葉を呑み込んだ。
「私、分かるんですよ。あなたがどういった価値観でいるのか、はたまた嘘をついているのかどうか。本来は極秘のテクニックなのですが特別にお教えしましょう」
メイドはこちらを
「先ほどお金の話をしたとき、あなたは真っすぐな目をしていましたね。少なくとも、お金に困っているという理由は本当のようです」
そんなことは誰にでもわかる。
昔から嘘が苦手なのは自覚しているつもりだ。
「でも私が質問したとき、即答ではなく若干の間を感じました。これは、他に理由を隠しているということを示しています」
確かにあの時、何を答えるべきか言葉に詰まっていた。
「その理由とは――あなたがロリコンだということです」
そう来るとは思わなかった。
「私が会った色んな人の中にロリコンを挙げました。するとあなたは眉をひそめましたね?」
確かにその通りだが、それはツッコミを我慢したからであってロリコンというわけではなかった。
「あなたは今動揺していますね。やはり図星ということで」
動揺してるのは、その右手に持ってる『サルでもわかる心理学』という本だった。
教師になることは、妹による影響が一番大きい。
ただ、それでは志望動機にはならないから少し戸惑っていたのだ。
恥ずかしいのもあるが、決して隠したいというわけではない。
そもそも、採用してくれるならどこでもよいので、お金以外の動機なんてさらさらない。
「というわけであなたは不合格ですね」
ヒロシに告げられたのは衝撃の一言だった。
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