教えて!東先生!
あーく
採用試験編
第1講 教えて!東先生!
「お兄ちゃん。もっとお話聞かせて!」
「そうだな〜、じゃあ今日習った分数の計算の仕方教えてあげるよ!まず、分数っていうのは――」
「……私も学校に行けるようになるのかな」
「きっと行けるようになるさ!」
翌日、妹はこの世を去った。
「みんなに色んな事を教えてあげて」
――そう言い残して。
僕はぬかるんだ足元を駆けた。
こんな時間に雨が降ってくるとはついていない。
一歩一歩着地するたびに泥が跳ねる。
これほどスーツが憎らしいと思ったことはない。
眼鏡に雨粒がつく。
拭き取る余裕もなく、どんどん視界が悪くなっていく。
近づく交差点。
あいにくの赤信号。
遅刻決定はまぬがれない。
あらかじめ5分ほど遅れるということを連絡しておいてよかった。
今日は特別な日、遅刻は絶対に許されない日だ。
1週間ほど前、求人サイトである応募を見つけた。
「
こんな好待遇は他にない。
条件も気になるが、まあなんとかなるだろう。
現在、教育者の数が激減している。
少子高齢化もあるが、労働に対して待遇が見合っていないということもその理由の一つだろう。
世知辛い世の中だ。
そんな中でこのチャンスに飛びつかない理由がない。
男はポケットからハンカチを取りだし、眼鏡についた水滴を拭きとる。
ハンカチからしっとりと雨の温度を感じる。
足を止めてスマホを取り出し、地図を確認する。
どうやらこの先をまっすぐ行けば目的地のようだ。
スマホをポケットにしまい、前を見た。
すると、目の前の一人の少女が目にとまった。
ちゃんと傘を差している。
この少女を追い越さないと――
追い越さないと……
なんとなく追い越しづらい!
無我夢中で走ったから気付かなかったが、この辺は来たことがない。
目的地まで一本道だから追い越さないといけないが、追い越しづらい。
なんか、こう、雨の中急いでいるのを見られてなんか恥ずかしい。
「ふーん。あのおじさん、余裕ないのね」みたいな。
誰がおじさんだ。まだお兄さんだ。
スマホを見るために立ち止まったがために起きた悲劇。
スマホを見ながら走るのは危ないぞ。みんなもやめような。
一本道で女子学生の後ろをついて歩く成人男性。
仕方ないだろ。方向が一緒なんだから。
ところで、目の前の少女は高校生だろうか?
紺色のセーラー服と綺麗な金髪のロングヘアがコントラストになっている。
観察まで始め、ますます不審者に磨きがかかっている。
そういえばこれから授業をする生徒は高校生の女の子だということを思い出した。
しばらく少女の後ろ姿を眺めていると、ぶつぶつと独り言を始めた。
「雨が降った時の匂いって何だろう? なんかクセになるよね」
わかる。ちなみにその理由は――
「それは犯罪臭――じゃなくて、微生物がペトリコールという物質を分解してゲオスミンというかび臭さの原因となる物質を出すから。ちなみに雨の降り始めと降り終わりで匂いが違う」
すると突然、目の前の少女がこちらを振り返った。
……あ、声に出てた?
あまりに急いでるもんだから、脳内で再生していた声がそのまま発してしまったようだ。
少女に後ろから声をかける成人男性。
さあ、警察に連絡したまえ。これでもう僕の三食宿付きの夢は叶った。
監獄でな。
しかし、少女の表情からは曇りが晴れていた。
「へぇ~。そうなんだ」
意外だった。
今まで色んな生徒や知人を見てきたが、うんちくを披露するとほとんどの人が嫌な顔をしていた。
その心配とは裏腹に、いま目の前の少女は目が輝いていた。
「あ」
少女は空を見上げた。
いつしか雨が上がり、空には虹がかかっていた。
雲の切れ間から差す光が、少女の髪を金色に照らす。
少女は僕に尋ねた。
「虹ってどうやってできるか知ってる?」
その答えはもちろん知っていた。
「それは――」
「チョットイイカ。ソコノオマエ」
答えようとした瞬間、屈強な黒ずくめの男に腕を掴まれた。
雲の切れ間から差す光が、サングラスとスキンヘッドを黒く照らす。
やった。三食宿付きだ。
「どうしたの? ミック」
え? 知り合いなの? このヤクz……いや、ヤバそうな人と?
「ドウシタノジャネエヨ、オ嬢。コイツ、ドウ見テモ不審者ダゼ」
オ前ガ言ウナ。
「……そういえば、何でついてきてるんですか?」
気付くの
何でって……こっちが目的地の方向で――
話し込んでいて気が付かなかったが、なんと既に目的地に着いていたようだ。
……っていうか本当にここで合ってるの?
広い敷地、屈強な黒服、その黒服の2倍くらいの高さの格子門。
スマホで何度も住所を確認するが、やはりここで間違いない。
そして、門の前にいるこの
この人たちがこの豪邸に住んでいる人だということは想像に難くなかった。
「すみません、紹介が遅れました。僕は家庭教師の応募をした
「……先生?」
少女はハッとした。
「あなたが今日来る家庭教師の先生だったんですね。ミック、この人を通してあげてください」
「チッ!」
いま「チッ!」つったよな? こちとら客ぞ?
「私は
少女はペコリと丁寧にお辞儀した。
「どうぞお入りください」
少女は軽く口角を上げると、颯爽と豪邸の中へ入っていった。
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