第13話~夏海サイド~
パサリと布が落下するような音がして、ピアノ線が床に落ちるのを見た。
あたしは呆然と立ち尽くして早紀の死体を見つめる。
凌が死体にかけより声をかけているが、早紀は返事をしない。
それところか、口があった場所はドロドロに溶けて原型をとどめなくなっているのだ。
息があったとしても、返事はできなかったと思う。
「なんでこんな……どうして……」
凌はブツブツと呟き、その頬にいくつもの涙が流れおちていく。
凌が早紀のことを好きなのはE組では周知の事実だった。
そこそこカッコよくて女子からの人気も高い凌が、どうして早紀を?
その妬みから早紀のことをイジメるようになった子も多くいた。
「次に行くぞ」
光平が落ちたピアノ線を踏みつけて奥へと進む。
教室後方からはまだ響の声が聞こえてきている。
「おい響、大丈夫かよ!?」
光平が声をかけると、「ここにいる!」と、返事が来る。
凌には申し訳ないけれど、死んでしまった人間のせいで足止めを食っている時間はない。
一刻も早く響を助け出さないといけなかった。
あたしは光平と同じようにピアノ線を踏んで先へと進んだ。
しかし、それもすぐに立ち止まることになってしまった。
「くそ、ここにもだ」
光平が呟く前方を確認すると、キラリと光るピアノ線が見えた。
こそには先ほどと同じようにあらゆる角度からピアノ線が貼られていて、前に進むことができなくなっている。
あたしは咄嗟に頭上を確認した。
さっきは頭上まで確認していなかったから、危ないところだったのだ。
でも、今回はなにもないようだった。
「どうやら硫酸は落ちて来ねぇみたいだな」
光平も確認して言った。
「うん、そうだね」
頷くが、足を前に進めることはできなかった。
頭上が安全だからと言ってなにもないとは言い切れない。
ピアノ線に触れることで、また命を奪われる可能性の方が高いのではないかと思えた。
その時、あたしと光平の肩を押して凌が前に出た。
「凌……?」
泣きはらした凌の目は真っ赤だ。
「俺が行く」
迷いのない凌の声にあたしは驚いて目を見開いた。
「冗談でしょう? 今早紀がどうなったか見てたよね?」
思わず、そう声をかける。
「見てたよ。見てたから、今度は俺が行くんだ」
凌はジッと目の前のピアノ線を睨みつけている。
「どうして……」
それでも止めに入ろうとするあたしの手を、光平が掴んだ。
そのまま数歩後ずさりをして凌から離れる。
「俺は早紀のことが好きだった。いつだって守ってやりたいと思ってた。それなのに……!」
凌は一度振り返り、早紀の屍を見つめた。
「こんな大切なときに守ってやることができないなんて……!」
そんなことない。
凌はいつも早紀のことを気にしていた。
それが原因でイジメがひどくなっていることに気がついてからは、早紀と距離を取るようにもなった。
凌はいつでも早紀中心で動いているように、あたしには見えていた。
そう言いたかったけれど、光平に痛いほど腕を掴まれて言葉が出なかった。
見ると鋭い視線が突き刺さる。
余計なことを言うな。
威圧的な雰囲気で、そう言われているようなものだった。
あたしは息を止めて凌を見つめた。
凌はまた前を向き、ピアノ線へ向けてゆっくりと歩き始めている。
もうやめて!
こんなことしてどうなるの!?
「……っ!」
言葉が出かかり、喉に引っかかる。
外へ出るためには誰かが前に進むしかない。
それしか道はない。
それが、本能的にすでに理解していたことだった。
やがて凌の体がピアノ線に触れた。
「あああああああ!」
凌は雄たけびを上げながら力いっぱい足を前に進める。
沢山のピアノ線が邪魔をする中、少しでも前に進もうとする。
「響! 俺だ! 凌だ!」
「俺はここだ! ここにいる!」
凌と響の悲痛な叫びが教室内にこだまする。
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