第9話~夏海サイド~
のんきにそんなことを考えてしまう。
けれどやはり目覚めることはなくて、足の芯から這い上がってくる恐怖にこれは現実なのだと突きつけられている気分になった。
「ドアがダメなら窓がある」
凌が焦った口調で言い、近くの窓へ手を伸ばす。
しかし、そこも頑丈に鍵がかけられているようでビクともしない。
「少し離れろ!」
光平の声に振り向くと、両手で椅子を持っていた。
あたしたち3人は黒板の前まで移動して光平を見守る。
光平は力まかせに椅子を窓へ放り投げた。
ガンッ!!
大きな音がして椅子が落下する。
しかし、窓は傷ひとつ入っていない。
「あり得ない……」
凌が呟く。
あたしは自分の呼吸が浅くなっていくのを感じていた。
ありえない。
でもこれが現実だ。
早紀がひっくひっくと子供のようにしゃくりあげはじめた。
「いい加減泣くのはやめろよ!!」
光平の怒鳴り声に早紀がビクッと体を震わせる。
驚いた拍子に涙が引っ込んだようで、今度は両手で自分の体を抱きしめ、うつむいた。
「このままじゃ外に出られない」
凌が黒板の前をうろついて呟く。
あたしは灰色の袋へ視線を向けた。
袋の中では響がまだもがき苦しんでいる。
「助けてくれ! ここだ!」
時々聞こえてくる声は悲痛なものばかりだ。
聞いているのもつらくなってくる。
「どうにかして、ピアノ線を無くせないかな?」
「どうにかしてって?」
凌の質問にあたしは弾かれたように机の中を確認した。
ここが誰の机か知らないけれど、今は気にしている暇もない。
「なにを探してんだ」
光平があたしを見下ろして聞く。
「ハサミだよ。なにかのトラップだったとしても、切っちゃえば意味はないでしょう!?」
確証はどこにもなかった。
ピアノ線を切ることでなにか起こるかもしれない。
でも一縷の望みを捨てたくはなかった。
あたしの言葉に他の3人も机の中を調べ始めた。
光平は乱暴に机を横倒しに倒していく。
「くそっ! なにも出て来ねぇ!」
どれだけ机を確認してもその中身は空っぽだった。
普段は教科書やノートが入っているはずなのに、これもこの状況を仕組んだやつの仕業かもしれない。
期待は簡単に打ち砕かれて、その場に座り込んでしまいそうになった。
キツク下唇を噛みしめてどうにか立っていることができた。
教室からは出られない。
ピアノ線があるから響を助けることもできない。
じゃあどうすればいいの?
あたしたちはなんのためにここにいるの?
途方にくれそうになった時だった。
「お前、行けよ」
仁王立ちをしていた光平が早紀へ向けてそう言ったのだ。
あたしは驚いて目を見開く。
「え……」
早紀はおどおどと助けを求めて視線を泳がせる。
「この中じゃお前が一番役立たずだろ」
「おい、やめろよ」
凌が見かねて2人の間に入った。
「そうだよ光平」
あたしは小さな声で凌に同意した。
瞬間、光平から睨まれてひるんでしまった。
「お前、ここにきてからずっと泣いてたよな。人の後ろ付いて回るばっかりでよ。たまにはお前が前を歩けよ!」
光平が近くにあった椅子を蹴りあげる。
大きな音に驚き、早紀はまた泣きそうな顔になってしまう。
「こんな状況なんだ。誰だって不安になって泣きたくもなるだろ」
「なんだよ凌。やけにこいつのこと庇うよな?」
「当たり前だろ。クラスメートだ」
凌の言葉に光平は笑い声をあげた。
「クラスメート? お前だって知ってんだろ。こいつが1人ハブられてんのをよ!」
あたしは咄嗟に早紀から視線をそらせた。
E組の中で一番地味で目立たない早紀は、どこのグループにも入ることがなかった。
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