第8話~夏海サイド~

「響か!?」



そう言ったのは凌だった。



あたしはその声にビクリとしてしまう。



「俺だ! ここだ! 助けてくれ!」



くぐもった声。



しかしそれは確かに響のもので間違いなかった。



あたしはハッと大きく息を飲む。



「よし、今助けてやるからな!」



光平が声を上げて歩き出す。



あたしはその後ろに続いた。



こんな教室の中、袋に入れられていたなんて、どれほど怖かっただろう。



響の気持ちを考えると胸が痛かった。



でも、これで生きている生徒は全員集まることになる。



そうすれば、外へ出られる!



期待に胸が膨らんだとき、不意に前を歩いていた光平が立ちどまった。



ジッと足元を見つめている。



「どうしたの?」



声をかけると、光平が少し身をずらし、顎で足元を見るように促してきた。



視線を向けてもなにもない。



首をかしげたとき、キラリと光る物が見えて「え?」と口にしていた。



「ピアノ線だ」



隣りに立った凌が呟くように言う。



その通り、一見なにもないように見えるけれど、足元にはピアノ線がはられていたのだ。



「なんでこんなところに?」



疑問を感じ、背をかがめて触れようとする。



それを光平が止めた。



「やめろ。むやみに触るな」



「そうだな。このピアノ線、天井まではられてる」



凌が視線を動かして言った。



驚いて確認してみると、見えないピアノ線は右から左、左から右へと、あちこちに張り巡らされているのだ。



あたしは咄嗟にその場から飛びのいた。



足元に一本貼られているだけなら、それほど警戒することもなかっただろう。



だけどこのピアノ線は、まるでここから先には行かせないというように、あたしたちを邪魔している。



「これに触ったらどうなるんだろうな」



光平が額に冷や汗を浮かべて言った。



それっていったいどういう意味?



そう質問したかったが、できなかった。



恐怖で声が喉に張り付き、出てこないのだ。



「映画や漫画の世界なら、体が切り刻まれたりとか、なにかのトラップが作動するんだろうな」



凌はピアノ線を観察しながら答える。



体が切り刻まれるという言葉に強く身震いをした。



後ろに立っていた早紀の手を強く握りしめる。



早紀はずっと泣いていて、すすり泣きの声が聞こえ続けていた。



「一旦廊下へ出て、後ろのドアから入りなおそう」



凌の提案にあたしは頷いた。



響を助けるためにはそれが一番いい。



4人で肩を寄せ合うようにして入ってきた前方のドアへ向かう。



そして光平がドアに手をかけたとき……その顔が歪んだ。



「嘘だろ……」



光平の額に浮かんでいた汗が、頬を伝って流れおちていく。



「どうしたの?」



「ドアが開かなくなってる!」



光平がどれだけ力を込めても、ドアはびくともしない。



「冗談だろ!?」



凌も一緒になってドアを開けようとするが、やはり反応はなかった。



あたしと早紀も必死になってドアにすがりつく。



でも、結果は同じだった。



4人がかりでドアを開けようとしてもびくともしないのだ。



こんなのありえない。



背中にすーっと冷たい汗が流れていく。



非現実的な出来事に頭は全くついていかない。



あぁ、そうか。



あたしはまだ眠っているんだ。



早く目覚めたいなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る