閑話その2 特級冒険者ネネロア

 俺達はドラベストの東の村チチェで暮らしていた。

 村の東には深い山があり、そこを越えると東の国ディジェーテの領土となっている。

 

 何も無い村だけど、村を一つの家族として考えるチチェが俺には合っていた。良い仲間もいるし、少しばかり気になる女だっている。

 ガキのクセにそういうのはまだ早いって村の大人達に言われたけど、見かけたらどうしても目で追いかけてしまう。

 

そうそう、仲間と言えば俺と一番の仲のアディルがまた村長と喧嘩したらしい。あいつは仲間想いで凄く良い奴だけど、気が短い所がダメだ。



 『山の中で村の者ではない複数の足跡を見つけた』



 考えられるのは山賊か。しかし、村の隣山に山賊が潜んでいるなんて話は聞いた事がない。村の大人達だってそんな事は今まで無かったと言う。

 アディルはこの事を警戒し、しばらくは夜の警備を強化した方が良いと村に訴えた。


 村の大人達はこの件を大して問題視していなかったが、アディルの熱意に押された村長が領主様へ話を持っていき、結果的に隣町の衛兵達が警備を担当する事になった。 


 チチェには冒険者が一人もいない。それもあって衛兵が来てくれた事で緊張感から解放されていく。


 きっと大丈夫だろうと俺達は安心した。



 そして夜の警備を始めてから三日目、村が襲われた。


 武装した山賊にやられる衛兵達。 

 人質にされた村の女。

 

 両親に逃げろと言われたが、目の前で俺がちょっとばっかし気に入ってる女が人質になっている。このまま村がやられたらアイツがどうなるかは想像がつく。


 大人達の叫び声が響く中、俺は武器になりそうな物を探した。

 獣を威嚇する時に使う長槍と短い刃物くらいしかなかったが、無いよりは良いだろう。


 

 だが、武器を持った所で俺が戦えるはずがない。

 衛兵達が全て倒され、どうやっても俺みたいな子供が太刀打ち出来るはずがない。

 それはアディルだって同じだ。相手の様子を見る事すら満足に出来ない。

 足が震え、このままじゃ逃げる事も出来ないだろう。



 ▽▼▽



 目の前でアディルが女冒険者に掴み掛ろうとしていた。そこまでは分かる。

 しかし、その直後あいつは天井から降ってきやがった。いったい何が起きた。



 「私の連れに気安く触れるな下衆が」



 殺気を放つメイドから一声浴びて俺達は身動きが取れないでいた。

 アディルの様を見たら分かる。とても敵う相手じゃない。



 それにミオが組合長のガダルフさんを連れて来たけど、あのメイドに平謝りしてやがる。全く意味が分からない。


 しばらく様子を見ているとメイドと女冒険者が此処から去って行った。それと同時に俺達に付きまとう何かが緩み、周りの皆が一斉に大きく息を吐く。



 「な、なんだよあの女は!!!」



 周りの連中があのメイドについて叫ぶ。正体不明、そして最近だと中級冒険者の中で一番注目されているアディルを一撃だ。


 頭が混乱する。



 「ミオ、アディルに回復薬を」


 「は、はい」



 ミオはガダルフさんに言われて回復薬をアディルに飲ませる。

 それから俺達はガダルフさんに聞いた。あいつは何者なのか。ガダルフさんがあそこまで下手に出なきゃいけない奴なのか。



 「うるせー!!!好き勝手聞いてくんじゃねえ!!!!!」


 「な!それはないぜガダルフさん!!何だって言うんだよ!とばっちりかよ!」


 「おい、アディル!さっさと目を覚ましやがれ!!!」



 ミオに回復薬を飲まされていたアディルにガダルフさんは蹴りを入れて無理やり起こそうとする。

 普段は温厚なガダルフさんに皆がこの態度を見て凍りついた。

 無理やり目を覚ましたアディルにガダルフさんが何故あの女冒険者に手を出そうとしたのか問いただすと、アディルはミオが突然悲鳴を上げたから何かされたのかと思い、守ろうとしたと。

 しかし、ミオはその話を聞くと全くの誤解だと言う。



 「ち、違うんです!そ…その…」



 ミオは自身の口からは言えないのか、ガダルフさんの様子を伺っている。そんなガダルフさんは頭を抱え、そしてアディルは一人いきり立つ。



 「おい、ここに居るお前ら。今日から全員下級に降格だ」


 「は!なんだよそれ!!!」



 突然言い渡された階級の降格処分に当然他の連中は納得するはずがない。さっき叩きのめされたアディルは尚更だろう。



 「冗談じゃねーよ!なんで俺達が降格になるんだよ!!」


 「それはな…」


 「なんだよ!さっさと言えよ!!!」



 アディルがあの女冒険者にやったようにガダルフさんに掴み掛る。周りの連中もアディルに肩入れしてるのかガダルフさんに罵声を浴びせる。

 でもそんな状況をミオが変えた。



 「あの人…上の方です…」


 「上?なんだよその上ってのは」


 「大陸各地に存在し、教会が保証する呪書に描かれている印、それがあの方の冒険者証明書にも描かれていました。六芒星の中心に鳥を斜めから切り裂くあの印は偽った者の身を亡ぼす呪い。私はあの呪いを知っていてそれに驚いて悲鳴を上げてしまったんです」


 「はぁ?どういう意味だよ。わかんねーよ」


 「あのメイドの方、ネネロアさんの冒険者証明書に記された階級は…特級でした」 


 「なっ、はぁ?冗談だろ?特級なんてあの大賢者と同じじゃねえか」


 「偽れないんです!仮に名前や階級を偽り、あの証明書を私に見せた瞬間、ネネロアさんは死んでないとおかしいんです!皆だって知ってるはず!あの呪いは神が特定の者を守る為の呪いだって事を!それに背いた人間が悲惨な死に方をした事も!」



 アディルの手を振り払い、ガダルフさんは立ち上がり俺達を見渡す。

 俺達は冒険者の頂点である特級冒険者が目の前にいた事に驚き、またアディルに関してはひどく怯えていた。

 特級と言ったらあの大賢者と同じ階級で、生きる伝説とも言われている。それが目の前にいたなんてあり得なさすぎる。



 「お前達…とくにアディル、ヴァン、ミオ。チチェが山賊に襲われた事は当然覚えているな?」


 「勿論覚えている。忘れるわけがねえ…」


 「村は二人の女性冒険者に助けられた。間違いないな?」



 あの日、村が襲われて俺は結局何も出来なかった。

 しかし、突如現れた金髪で長身の女と、ダークエルフの子供が山賊達を一瞬で倒してしまった。

 俺達はあの人達に憧れて冒険者になったんだ。誰かが困っている時、助けられる力になりたいと。



 「さっきお前達の前に姿を現した彼女…種族はなんだったか分かるよな?」


 「ダークエルフ…ま、まさか、あの人が俺達を助けてくれた人なのかよ!」



 チチェを襲い、村を拠点として更に周辺の町や村を襲う予定を企てていた山賊達は合計500人を超えていたらしい。その山賊達をチチェを助けた二人とその仲間達が片付けてくれたと後に領主様から説明された。


 その時は他国を拠点にしている『とある冒険者』としか聞いていなかったが。


 

 「アディル。お前はその恩人の連れに勝手な勘違いをして掴みかかろうとした」


 「……」


 「そしてそれを見ていたお前達は誰も仲裁に入ろうともしなかった」


 「だ、だってよ…そんなのいつもの事だろう」


 「いつからお前達はそんなんなっちまったんだろうな」



 いつからだろうな――



 「あ、それとだ。聖王様からネネロア殿に指示が下った。『国を引っ掻き回せ』と、それを王家は了承した」

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