第8話 貴女が望むのなら

 …。

 

 目を開けるとほぼ同時に起き上がる私。

 また知らない部屋だ。 


 はたして?此処は何所なんだろう?


 窓から差し込む光は紅く、何気なくその窓から外の様子を見ると、綺麗な石畳の上を歩く人の姿が目に映る。

 街だ…チジェッタの町とはぜんぜん違う。



 「ここって…」



 そのままぼんやりと窓から外を眺めていると、視界の端から端まで連なる壁らしき物が見える。

 

 不安で落ち着かない私は涙目になりながらも必死に「落ち着け私」と心の中で連呼する。

 見知らぬ景色に動揺していると部屋のドアが開いた。そこに現れたのは呆れた顔をしたネネロアさんだ。



 「貴女、そんなに寝てしまうと夜に寝られなくなるわよ」


 「……ぅ…ぅう……ネネロアざああああああ~~ん」



 私は隠す事なく涙を流し、ネネロアさんに子供の様に飛びつき抱きしめた。



 「ごごどごなんでずか~~~~」


 「王都よ」


 「え?」



 王都マイネルン。高さ10mの外壁が円を描くように立ち並び、その中に中心街と呼ばれる街がある。中心街は東西南北に別れ、その中央にはいつも街を見渡すように聳え立つドラベスト城がある。 

 

 中心街の外側には8つの町があり、更にその外側にも町があり村がある。

 私がいたチジェッタの町はここより南西に一つ町を超えた所にあり、そこから王都までの距離はちょっと馬車を走らせるだけではたどり着くはずがない。


 

 「なんで王都に…チジェッタから100Km以上は離れていたはずなのに…冗談ですよね?」



 顔が引きつる私。そして真顔なネネロアさん。

 本当に王都なんだ。でもどうやって…。

 


 「前回此処に来た時に、もしもの事を考えて転移の魔法陣を用意していたのよ。それで貴女が気を失ってばかりいるから飛んで来たってわけ」



 そんな事が出来るなんてネネロアさんってとんでもない人なんじゃないのかな。

 

 

 「そういえば、さっきまで私が寝ていた部屋とは違うようですが、あれは何所だったんですか?」



 此処は私が一番最初に気絶してから意識を取り戻した部屋とは違う。部屋の雰囲気は何となく似てなくも無いけど、家具もろもろが全く別の物だ。



 「それは…また別の機会に話すわ。とりあえずこの部屋は貴女が使うとして、色々説明したい事があるから起きてくれるかしら」



 部屋を出ると正面に扉がある。その先がネネロアさんの部屋らしい。私達の部屋の隣は二部屋空き部屋になっていて、しばらくは物置として使う事になると。

 ちゃんと居間もあり、そこまで広くは無いけど台所もある。

 

 階段を使って下へと降りると、トイレ、お風呂、洗濯が出来る空間もあった。



 「こっちは倉庫よ」


 「倉庫?」



 何に使うのか分からないけど私の部屋と同じ広さの倉庫には既にいくつかの箱が積み重ねられている。

 最後に案内されたのが、私の部屋の四倍程の少し横に長い空間だった。いくつか棚が置かれているけど、それ以外は無くて此処も倉庫なのだろうと私は考えていた。


 少し大き目な窓があり、そこから人が歩く姿が見える。また、外からコチラの様子を伺う人の姿も見え、少し居心地の悪さを感じてしまう。


 私はこの二年と少しの間、宿の一部屋だけで生活をしてきたので、「ここってまさか私達二人だけですか?」の問いに「もちろん」と言われて超絶テンションが上がりまくった。

 


 「10日後、此処で商売を始めます」


 「は、はい?商売?」


 「ええ。雑貨や衣類、他にちょっとした物、それらの営業を二日間行い、そして休日二日。この店の休日の初日は別の所で一緒に働きます」


 「三日働いて一日休みという事ですか?」


 「そうです」


 私は靴を履いていない事も忘れ、勢いよく建物から出て振り返る。

 よく分からない。全く理解出来ない。でも、でも――



 「本当に良いんですか!!私なんかと!」



 よく見ると私達がいた建物はチジェッタの町の商店通りには無かった程の立派な建物だった。そしてその建物からネネロアさんがまた呆れた顔をしながら出て来る。



 「貴女って人は…ふふ。三年、此処には三年よ。三年が過ぎれば今度は東北の国へ行く予定よ。それまではこの地を楽しみましょう」



 私は周りの大人達からいつも兄妹と比べられ、それが嫌になり15歳の時に一人で村を出た。

 私は私の居場所が欲しかった。理由なく居られる場所が。


 私は寂しかった。寂しくて誰かに甘え、そして人の優しさに溺れたかった。


 チジェッタの町では色々と辛い事もあったけど、それなりに知人も増えた。

 しかし、私の寂しさは消える事が無かった。

 


 ある日、遠目から眺めた領主邸の庭で一人の女性を見かける。

 寂しく、そして辛く、そんな雰囲気を醸し出しながらその女性は一人空を眺めていた。



 「そんな立派な所で働いているのに私よりよっぽど寂しそうじゃない」



 彼女の名はネネロア。一部のエルフ達からは忌み子と呼ばれるダークエルフだ。

 しかし、私にはそんな事は関係無い。



 「何処にでもついて行きますよ!ネネロアさんっ!!」



 貴女が望むのなら、私はどこまでも。

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