第7話 周りについていけない私
私はウルド達と洞窟の中でじゃれ合っていた。
一見怖そうに見える大人のウルドも仲良くなると普通に可愛い。バックの中から櫛を取り出してウルド全員の毛をとかしてみたりもした。
他の山々で見かける獣と違って此処で暮らすウルドは獣らしい汚れが少ない事に私はこれまでの常識が一変する。
しかし、驚きの連続は正直言って混乱を抑え込む事にも必死だったりする。
だからあまり深く考える事は止めた。だって今までの常識と目の前の現実が頭の中でいつまで経ってもグルグルしちゃうから。
とりあえず思考停止、ナイスアイディア。
「あの子って、結構いい度胸してるのかもね」
「そうね。ウルドとは言え、獣人もいないのにあそこまで仲良く出来るのは稀ね」
私が四苦八苦してなんとか精神を保っている裏で、そんな事を言っていたとは当然知りません。
さて、私達は王都に向かう為、この場所に居続ける訳にはいかないのでウルド達とはお別れをする事に。そこでネネロアさんがウルドの長、人と会話が出来るウルドとお別れの挨拶を始めた。
「私達は王都に向かう最中だから村には行けないわ。だから貴方が盗賊に襲われた事を村に伝えて。もちろん私達の事は秘密よ」
「勿論です。そしてこの御恩一生忘れません」
「ふふふ、それでは行くわね。気が向いたらまた来るわ」
ウルド達の遠吠えで盛大に見送られて私達は馬車がある所へと歩く。
「クーベルの顔を見たら僕はフィリエの所に行ってレベッタと遊んで来るよ」
「え!シェイさん?シェイ様?はフィリエ様とお知り合いなんですか?」
「うん、フィリエとはあそこにいたメイドと知り合ってからだね。それと僕の事はシェイで良いよ。ウルドの長が僕の事を聖獣なんて言うから気を使っているんでしょ?」
「あ、いえ、それは…」
「ははは、まあ本当の事なんだけどね」
やっぱり聖獣様なんだ。ダメだ、考えちゃダメだ。何も考えるな私。
「やっぱり面白い子だね君って」
「わ、私ですか?」
「そうそう君キミ」
「は、はあ」
「あまり揶揄ってはダメよ。貴方もそれを知っているでしょう?」
「は~い」
なんだか引っかかる話をしているけど、功名な魔術師ネネロアさんと聖獣様の事だ。きっと気にしたら負けだと思う。
それにしても聖獣様って決して口に出しては言えないけど可愛いらしい男の子みたいだ。
私は来た道を戻る最中にうっかり忘れていた事を思い出す。そういえば、あのウルドの子供に危害を加えた人達の事をそのまま放置していたんだった。
「ネネロアさん、ウルドの子供達に危害を加えた人達なんですが…」
「………」
何で目を逸らすんですか!放置する気だったんですか!?それともネネロアさんも忘れていたんですか!
「シィエに任せましょう。ちょうど向こうへ行くらいしですし。そうでしょうシェイ?」
「まあ良いよ。でも、回収は明日でも良いんじゃない?急ぐ事も無いしさ」
「ええ、身動きは出来ないでしょうから明日回収されるか、今晩この山で息絶えるか…ふふふ」
怪しく微笑むネネロアさんにギョッとする。
結局盗賊なのか山賊なのかよく分からない人達の側を通り過ぎる時に確認すると、いつの間にか身動きが取れない様に手足がきつく縛られていた。
「あの人達の罪ってどうなるんですか?ウルドの相手をしてそれって罪として認められるんですか?」
「貴女、それ本気で言ってるのかしら。あの人間達は私を襲うつもりだったじゃない」
「あ!もしかして…それを狙っていたんですか?」
「ふふふ」
そうだったんだ。だってあれだけ強いネネロアさんなら気付かれずに相手を鎮圧するなんて簡単に出来るだろうし、でもそれをしてしまうと罪にする事が出来ないんだ。
「まあ、ネネや僕がフィリエに訴えれば、そんな事しなくても問題ないだろうけどね」
「そうなんですか…」
「色々聞きたい事や知りたい事があるだろうけど、僕達にはそれだけの後ろ盾があるって事だね」
「分かりました」
色々聞きたい事か…確かにネネロアさんについて知りたい事は沢山ある。どうやって強くなったのか、聖獣様とは何処で知り合ったのか、後ろ盾とは何か、色々あるけど……ん~~~、あ!そうだ!
「ネネロアさん!」
「何かしら?」
「ネネロアさんはずっとメイド服着るんですか?」
「ははは、たしかにフィリエの所を離れたのにメイド服着てるよね。実は僕もそれ気になっていたんだよ」
「最初はメイド服なんて好きじゃなかったけど今は気に入ってるのよね…ダメかしら?」
「い、いい、良いと思います!!!」
ネネロアさんのメイド姿はとっても素敵だし、むしろネネロアさんがメイド服を着ているんじゃなくて、世界中のメイド達がネネロアさんの服装を真似していると思えば良いんだ。
「ふふふ、面白い子だよ君はさ。あ、おーい!クーベル~~って…はははははは、君もしかして馬車引いているのかい」
「ヒヒヒヒヒ~ン」
「ネネも酷い事するもんだね。まさかクーベルが馬車をさ」
え?この黒馬ってすごい体はしっかりしているし、それに安定した速さもあったから問題ないんじゃないのかな?
え?何でネネロアさんそんなに気まずい顔してるの?
「やっぱりダメかしら」
「クーベルが納得しているのなら何も言わないよ。僕も面白い物を見れた訳だしさ」
ようやく馬車に戻って来た私は不思議に思いながらもクーベルちゃんの頭をそっと撫でる。うん、大人しくてとっても良い子だ。
聖獣様に笑われてどことなく不機嫌そうな顔になっているけど、何がいけなかったのだろう。
「クーベルちゃんって本当は馬車引きたくなかったの?」
「ブルルルル…」
「ク、クーベルちゃんって…はははははは」
「え、クーベルちゃんってとっても優しい目をしているんですよ?可愛らしくないですか?」
「ヒヒ~ン」
「シェイ、クーベルはなんて言ってるのかしら?」
「え、ああ。余計な事を言うなって。あとこの娘はなかなか度胸があって気に入ったってさ」
「え、あの、聖獣様はクーベルちゃんの言葉が分かるんですか?」
「うん、勿論分かるよ。ちなみに君の為に言っておくけどね、クーベルってローラン様の神馬だからね」
は?え?ローラン様?ローラン様の?……神馬。
「そ、聖王ローラン様の事だよ」
えええええええええ!!!
ローラン様の神馬様にちゃん付けで呼んでしまうとは私はなんて愚かなんだろうか。
「クーベル様すみません、本当にすみません!!!」
「シェイ、貴方またそんな事を言って揶揄ってはダメってあれほど…」
「え?じゃあ冗談なんですか?」
「…全部ほんとよ」
ええええええええええ!!!
何でネネロアさんまで!って、なんで口抑えて笑うの堪えているんですか!私どうしたら良いんですか!
「ああ、ちなみにね、僕の主ってネネじゃなくてローラン様だから。ネネは僕の友人だよ」
「ヒィィィィィィ!!!!!」
あ、とうとう私の気力に限界がきた。目の前が真っ暗になって…。
▽▼▽
「あの子って面白いね。まさか気絶するとは思わなかったよ」
「ふふふ、真っすぐ過ぎて厄介な所もあるけど面白い子よね」
あれ、ネネロアさんと聖獣様の声が聞こえる。私は確かウルド達と遊んで…それから王都に向かう為に馬車へと――
気が付くと私はベッドの中にいた。あの町の宿ではない事は分かっている。見慣れない部屋の中にはとても素敵な家具が沢山置かれている。
綺麗な装飾が施された立派な鏡、名のある職人が作ったと思われる艶のあるテーブル。きめ細やかな生地を使って作られたゆったりと広めなソファー。
そしてこの軽くてとても温かい布団。
「そうか、私、きっと死んだんだ。哀れで可哀そうな私を神様が天国に連れてきてくれたんだ…」
「ブフッ…」
「え!?」
私以外この部屋には誰もいないと思い込んでいた。でも、すぐ側で声が聞こえて部屋の中を見渡すとベッドの下から顔を覗かせた聖獣様が小刻みに震えて私を見ている。
「せ、せせ、聖獣様!」
「おはよう。よく眠っていた様だけど僕は君にこれだけは先に言っておくよ。ここは天国じゃないからね」
そして聖獣様の小刻みに震えた体は更に大きく震えだす。
「クク…天国って…ククククク…あはははは!」
「もうっ!聖獣様聞いてたんですか!」
「いやだって、突然何を言うのかと思ったら天国って…あははははは!」
どうやら私は死んではいないらしい。そしてさっきの独り言をしっかりと聖獣様に聞かれてしまい、私は恥ずかしくなって布団を頭から被る。
「ごめんごめん。やっぱり君は面白い子だよね」
それにしても此処が天国じゃないなら何故私はこんな所で一人で寝ていたんだろう。
「君キミ、君は僕やクーベルの正体を知って驚いて意識を保てなくなってしまったんだよ」
そうだった。私は思い出した。クーベル様がローラン様の神馬と聞き、聖獣様の主がローラン様だと聞いてそこから記憶が無い…気絶したんだ。
私はネネロアさんと王都に向かっていた。でも私がこんな事になってその旅は止まってしまった。しかも出発したその日に。
「私どうしたら…ネネロアさんに迷惑ばかりかけて合わせる顔がありません」
「だってさ、ネネ」
私は聖獣様のネネという言葉に反応して勢いよく布団から飛び出した。
そして聖獣様の視線の先には椅子に座って片手に本を持って私を凝視するネネロアさんの姿があった。
「ネネロアさん!いつからそこに居たんですか!」
「ずっとよ。貴女が死んだと勘違いして此処を天国と……フフッ…天国だと…フフフッ」
「ネネロアさんまで笑わないでくださいっ」
あの失言をネネロアさんにまで聞かれていたなんて恥ずかしすぎて顔が熱い。
でも、ネネロアさんの笑顔はとても素敵だ…それを私は見逃さないぞっ!
そしてそんな恥ずかしくも私の至福の時間はとても短く、私に追い打ちをかけるような更なる衝撃的な事実を知る事になる。
ネネロアさんに笑われている最中、私がいる部屋のドアが開く。そしてそこにローラン様と一緒にいた少年少女の姿が現れた。
私はその姿を見た瞬間、心臓が飛び跳ね、体が縮こまり、一瞬にして額は汗まみれだ。
そしてその少年少女の後ろには、フィリエ様の一人娘レベッタ様の姿が。
「な、なな、ななな、なんで、こ、ここ、ここに」
私は何をどう声にしていいのか分からず、一人であたふたしてしまうと、ネネロアさんの一言が止めを刺す。
「さっきまで此処にフィリエ様とローラン様もいたのよ。貴女の話をしたら楽しそうにしていたわ」
なんですとおおおおおお!!!!!!
私の話。私は…これからどうなってしまうのだろうか。
思えば短い人生だったと思う。周りの大人達は私と私の兄妹をいつも比べていたから、そんな大人達の事を私は好きじゃなかった。でも、私は兄妹の事を誰よりも大切に思っていた。
そんな兄妹とはもう会う事は出来ないんだろうな。
私は自分の今後を諦め、「無駄な抵抗はしません」と言わんばかりに脱力していると「そこまでですよ。可哀そうじゃないですか」と女の子の声が部屋に響く。
その女の子は見た目十歳くらいでメイド服を着て、いつから居たのか気付けば私の前に立ち、私の頭をぽんぽんと小さな子をあやす様に撫でる。
「大丈夫ですか?」
「は、はい…」
私の方がずっと年上のはずなのに、何故かその子に優しい声を掛けられると心が落ち着いた。この子は…天使なのかな?今度こそ私を迎えに来た天使なのかな?
「私は私自身を貴女に紹介させていただきます」
「は、はい!」
ピリっと空気が張り詰めた。まるでこれから強者と戦うような、そんな緊張感が私を襲う。
「私は知る人ぞ知るローラン様の孫弟子であり、後ろにいる彼らの弟子。名はテューレ。以前はフィリエ様の下でメイドをやって――」
私は再び意識を失ってしまった。
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