第6話 誰にも言えない私達の旅
「随分早い馬ですね」
「そうね、クーベルはやれば出来る子ですから」
真っ黒で艶やかな毛、どっしりとした足、引き締まった体。よほど余裕があるのか走っている最中にネネロアさんの顔をちらっと見る。
大きくて力強い走りを見せてくれてるけど、とても優しい目をしたクーベルちゃん。
そんなクーベルちゃんは一体何処からどうやって現れたのか聞いてみたけど、ウザったそうにネネロアさんは「そのうち教えるわよ」と私に言った。
あまり自分の力について聞かれたくないみたい。面倒でもあるんだろうけど、単純に話す事が嫌なんだ。
だったら私は無理には聞かない。すっごくすっごくすんんんっごく気にはなるけどね。
「それにしてもクーベルちゃんが優秀だからこんなに乗りやすいんですかね?」
「そうね。それはあるけど…でもいくら乗り心地が良くても二人乗り用の馬車だからやっぱり窮屈よね」
ネネロアさんの隣に居られるならこれはアリだと思います。
密かな想いという私情のどうでも良い事に私は一人で盛り上がる。
それから王都へと順調に馬車を走らせてきたけど、クーベルちゃんの休憩と私達のお腹も空いてきたので適当に馬車を止められる所まで走る。
とその時、ネネロアさんが馬車を急停止させた。
私は前かがみになりながらネネロアさんに何があったのか聞くと、どうやら近くで人と獣が争っている気配を感じるらしい。
「貴女は降りて付いて来て。クーベルは此処で待機よ」
「ヒヒヒーン」
「え、大丈夫なんですか!」
「静かに、私の後ろに。念の為に剣の準備をして」
剣の準備、私はたったその一言だけで緊張してしまう。そしてそんな私をネネロアさんは待ってはくれなく、道の無い茂みの中に入っていった。
恐怖を感じながらネネロアさんの後に必死に付いて行くと、何かを探り、そして歩くのを止めた。
「あれを見て」
「ん?………あれは人が獣を…狩りですかね?」
「違うわ。あの獣はウルドよ」
「ウルド?ウルじゃなくて?」
「ここから少し離れた所にある村では人と獣人が暮らしているの。ウルドはそこの村の人々と共存していたはず」
「そんな村があるんですか!」
「貴女はここに居なさい」
「え!ネネロアさんはどうするんですかっ!」
ネネロアさんは私の問いかけに答えてはくれず、一人で前に走り出してしまった。
私はネネロアさんの様子を見ながら剣を握り、少しずつ前に進む。
ウルドと呼ばれる獣は三匹いる。それに対して人の数は十二人。
防具は付けているけど酷く汚れている事がはっきりと分かる。あれは…盗賊なのだろうか。
山に住む獣とは稀に仲良くなる事があると聞くけど、この辺りの村の人が獣と共存してるなんて私は聞いた事が無かった。
目の前はウルドという獣。それに盗賊連中。私にはこの状況全てが恐怖だ。
それでもネネロアさんの事が心配で息を潜めて慎重に少し、もう少しだけ進む。
盗賊連中がネネロアさんに気付いてしまった。いや、堂々と正面から向かって行ったから隠れて様子を伺う気は最初から無かったのだろう。
「お前達はこの獣に何をしているんだ」
「おお?なんだこの浅黒い肌の姉ちゃん。突然現れたと思ったら俺達の遊びに混ざりてぇのか?それとも姉ちゃんとも遊んでやろうか?」
「いいねぇ姉ちゃん遊んでやっからよ!さっさと裸になれよ」
私は弱い。下級冒険者の私は、私自身のそれを一番よく分かっている。
でも、だからってこのまま見ているだけなんて出来ない。
ネネロアさんにあんな事を言いやがって…許せない、許せない――
ネネロアさんが静止し、辺りの空気を伺っている。
気配がガラッと変わった!あれはきっと盗賊連中に何か仕掛ける気だ。
私は剣の鞘を強く握りしめ、覚悟を決めた。
一人でも多く、盗賊連中を斬る!そしてネネロアさんを守るんだ!!
冒険者組合の建物の三階部分は一部宿舎になっている。私は何度か知り合いが泊るその部屋にお邪魔をして、窓からの景色を見てとても綺麗だと感じていた。
今きっとだらしがなく口を開けてネネロアさんを見ている。
景色を見る為に身を乗り出したあの窓の高さよりも、今のネネロアさんは空高く舞い上がっている。
ネネロアさんの姿を、私はあの窓から見た景色よりも綺麗だと感じた。
その景色に見惚れ、強張っていた体の力が抜けて剣を地面に落とした瞬間、ネネロアさんは確かに囁いた。
この地の全て貫くようなそんな言葉に私はゾクっとする。
「≪舞え≫」と。
急転直下。空高く舞い上がっていたネネロアさんが、まるで地面に吸われる様に盗賊連中目掛けて落下する。そして地面が崩れ、人が空を舞う。
私は目の前の光景が理解出来ないでいた。気が付けば、一切声も出さずに地面に倒れる盗賊連中。
あ、一人だけ「ぐえっ」とか言ってたかもしれない。
この世界には聖王と呼ばれる人が三人いる。一人はローラン様だ。
そしてネネロアさんもその内の一人なのではと思ってしまう。
目の前で放った神業。ローラン様の事を友人、それから大恩人と言っていた。
聖王ネネロア様……カッコいいじゃん!!
▽▼▽
「貴女、そこで口を開けて何してるの」
「………」
「はぁ~………」
「いたっ!いたいたいたっ!」
「まだ足りない?」
「も、もう、結構です!!」
ネネロアさんの手刀で無事こちらの世界に帰還した私。
それしても凄い物を見てしまった。ネネロアさんがあんなに強いなんて…これは本当に人に言えないよ。
仮にネネロアさんが聖王様では無いにしても、こんな事を誰かに言ったらネネロアさんの取り合いが始まっちゃうよ。それだけは避けなければ。
私が新たな決意を胸に秘めていると、ウルド達がすぐ目の前まで来ていた。尻尾を振り、舌を出しながら息遣いを荒くするその様子…結構可愛いかったりする。
「貴方達…下僕なの?」
下僕?ネネロアさんがウルドにそう言った。何の事だろう?
でも獣に話かけた所で言葉は返って来ない。
「まずは私共を助けてくれた事に感謝を」
ん?――――、え?
「私共はあのお方の下僕ではありません。ですが、私の親が以前偶然にもあのお方の力に触れた事はあります」
「そう、それで何があったのか教えてくれないかしら」
ええええええ!!!
ネネロアさんとウルドが会話してるうううぅぅ!!!
しかもウルドの言葉が私にも理解出来るってこの状況なに?あのお方って誰なの!
「私共はこの近くの村に住む人々と共存する獣」
「それは分かってるわ。それから?」
「あの人間達は私共の目の前に突如現れ、私共の子供達を生きる為ではなく、ただ弄ぶ為に斬りつけたのです」
「そうだったの。で、子供は?」
「まだ息はあると思いますが、そろそろかと…」
「そう、そこに案内してくれるかしら」
私達はウルドの案内で初めて入る山の中を歩いた。しばらく歩いた所で洞窟が見えて来て、そこに三十匹程のウルド達の姿があった。
ちょっと怖い。でも、ネネロアさんはあんなに堂々としているんだから、きっと大丈夫なんだと自分に言い聞かせる。
私はネネロアさんの後ろに近付き、そしてウルド達を前にして気が付いた。
皆とても悲しい顔をしている。
ウルド達が何かを守る様に囲い、そこへネネロアさんが割って入る。
斬りつけられたウルドの子供の姿。血まみれで横たわる体が微かに動いている。
「貴方が長で良いのかしら?」
「はい」
「こうなった今、人間は嫌い?」
「この結果が全てではないと私共は知っています」
「そう。よく言ったわ……≪出て来て、シェイ≫」
ネネロアさんの右斜め後ろに魔法陣が現れ、そのあたり一体が突然強い風によって吹き荒れる。
そしてその魔法陣の中央には、大人でも一人ではとても抱えきれない程の大きな獣が姿を現した。
毛は真っ白く、一本一本が金色の光りに守られ、まるでその姿は神様とも言え――
「あいたっ!」
ネネロアさんがその獣に手刀を当てた……。
「シェイ、貴方何やってるのよ」
「いやあ、こういうのって雰囲気が大事かなって?ね?後ろのお姉さんは僕が出てきた時、凄く感動している感じだったよ?」
「はぁ~、あの子は良いのよ。それよりもこのウルドの子供、貴方なら助けられるわよね?」
「ん~、酷くやられたみたいだけど助けたいの?どうしようかなぁ~」
「貴方…そんなに怒られたいのかしら?私は真面目に貴方にお願いしているのよ…」
「うそうそうそだって!冗談だからそんなに怖い顔しないでよ!」
神様だと思って感動した私が馬鹿だったみたい。目の前で親子喧嘩じみた事が始まってるし。
「ほら、ちっこいの。起きろ。皆が心配してるよ」
シェイと呼ばれた獣。そのシェイが前足で倒れている子供の頭を小突く。
目の前の出来事に森が騒めく。木々は揺れ、草花は喜び、ウルドの子供をまるで祝福しているかの様に辺りが騒ぎ出す。
「クゥ~ン……」
奇跡だ。あんなに血まみれで今にも息が絶えそうだったウルドの子供が一声上げて立ち上がる。
私は自然と前へと歩いていた。そして立ち上がった子供の頭を撫で、涙を流しながら私は喜んだ。
他の倒れていたウルドの子供達全ても立ち上がる。
私は震えた。目の前で起こった奇跡と、この命の鼓動に。
星に感謝を。大地に感謝を。命に感謝を。繋ぐ奇跡に感謝を。
ウルド達の遠吠えが山々に響く。その遠吠えの中で私は聞いてしまった。
「エルフの子よ、そして聖獣様。この奇跡に感謝を」と。
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