第5話 非常識と思う私の全て

 朝、目が覚めた私は気だるく体を起こす。

 あの日、私は自分勝手な神頼みをした。そのせいなのか神様からまるで罰を与えられたかのように体調を崩し、三日間寝込んでしまった。


 幸い、先日貰った大金がある為にしばらくはお金の心配をする事は無い。でも、いくらお金があるからといって解決出来ない事はある。

 再び横になり、私の頬から首筋に向けて既に枯れ果てたと思っていた涙が滴り落ちる。



 ――コンコン。



 部屋の扉が叩かれる。きっと宿屋のおばちゃんが心配になって今日も見に来てくれたんだ。昨日も一昨日も私なんかの為に部屋まで食事を運んでくれた事を私は感謝をしなければならない。

 昨日までは余裕が無くて言えなかったけど、今日はありがとう。と、そう伝えよう。



――コンコン。



 「いま開けますから待ってくださいー」



 部屋の扉をそっと開ける。

 するとほんの少し開けた扉の隙間から手が飛び出して来た。私はもしかしたら襲われるのではないかと思い、開いた扉を閉めようとしたけど私の力よりも相手の力が強いのか扉は開いていく。

 こんなの嫌だ。それともこれも罰なのだろうか。



 私は完全に扉を開けられてしまい、その勢いで尻餅をつく。そしてバンっと音を立てて開かれた扉の先には此処に来るはずがない人がいた。


彼女の名前はネネロア。私が友達になりたかった人。ずっとその容姿に魅せられた人。今、顔を合わせ難い人だった。



 「あ……ネネロアさん」



 それが今の私が出せる精一杯の声だ。そしてその声を聞いたネネロアさんは私が今まで見た事もないくらいの人が本気で怒るとここまで相手が恐怖するのかというくらいの顔で私を見ている。



 「貴女、馬鹿なんじゃないのっ!!!」


 「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」



 そう、私は馬鹿だ。兄妹に嫉妬し、一人村を飛び出し、町では大した結果は出せず、気に入らない事へは駄々をこねて逃げ出す馬鹿だ。


 それが私だ。


 恐怖した私は何も出来ずにネネロアさんから怒声を浴びて情けない悲鳴を上げた。



 「ふんふん、部屋に私物はほとんど無いようね」


 「……………」


 「これなら楽ね」


 「……………」


 「あら、ごめんなさい。ほらいつまでもそんな所に座っていないで立ちなさい」


 「は、はい…」


 「では、準備しますよ?良いですね?」


 

 何の話なのか当然理解は出来ない。私の私物?楽とは?準備とは?



 「準備…ですか?」


 「はああああ?貴女、本気で言ってますの?」


 「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」



 怖い怖い怖い!会えたのは嬉しい、とっても嬉しいけどネネロアさんが怖いです!



 「貴女、本気の本気で怒るわよ」


 「で、でも…私…何の事なのか本当に…」


 「はぁー」



 ネネロアさんの深いため息が私の頭の中を更に混乱させる。



 「貴女、ローラン様に言われた事がありますよね」


 「え?私は何も…」


 「貴女がそんな人だとは思いませんでした。多少は、いえ、結構な馬鹿だとは思ってはいましたが、それは私にとっては許容する範囲だと。しかし、ここまで大馬鹿だとは思いませんでした。では…」


 「ちょっとちょっと待ってくださいいいいいいいい!!!」



 部屋を出ようとするネネロアさんを全力で引き留める私。もし、私がこのまま何もせずにネネロアさんを返してしまったら、もう二度と会えないかもしれない。

 だから、私はどんなに醜態を晒そうとも、全力の全力を出した。

 この時の為だ。きっとこの時の為に鍛錬を続け、山に入り足腰も鍛えたんだ。



 「はぁ…はぁ…はぁ…」



 疲労困憊とはこの事を言うのか。それにしても私の全力に微動だにしないネネロアさんって何者なんだろうか。筋肉隆々としている訳でも無し、見た目は全く太くはない。どの男性から見てもどストライクな体形だ。



 「なかなか力はあるようですね…」


 「いやいや、微動だにしないネネロアさんの方が力はあるじゃないですか…」


 「で、貴女、ローラン様に言われた事、ありますよね?」


 「ごめんなさい。何の事なのか私には分かりません…」


 「はぁ~~~~~~。貴女、ローラン様に頼まれ事をされて返事をしていましたよ」


 「え!」


 「私の事を――」


 「………えええええええええええええ!!!!!」



 『ネネロアの事、よろしく頼むな』


 たしかに言われた。それは単に私への挨拶程度のものだと思っていた。だから、私は気にもしていなかった。大体私にネネロアさんの事を頼んだって、貴族の屋敷で働くようなネネロアさんに何も出来はしないのだから。



 「ようやく思い出しましたか。では準備しますよ」


 「準備って何をどうすれば…」


 「ですから、私と王都に行きます」


 「え?一緒に?」


 「そうです」


 「住む所は?」


 「一緒です」


 「毎日?」


 「もちろんです」


 「私、ネネロアさんと一緒に居られるの?」


 「嫌なら別に断っても構いませんが?」



 私は、今度は願い事ではなく、大量の涙と共に心から感謝をした。

 私の願い事を聞いてくれてありがとう。



▽▼▽



 それから私は王都に行く準備をする為にネネロアさんと一緒に商店通りに向かった。正直何をしたら良いのか分からなかったけど、私はとハッキリと言われて私はネネロアさんの後をついて回るだけだった。

 

 更に王都で住む場所は既に用意されているらしく、私が唯一出来る事といえば宿を引き払うくらいしかなかった。


 そういえば大事な事を聞き忘れていたのでネネロアさんに聞いてみた。



 「なんでネネロアさんはこの町を出て王都に行くんですか?」


 「ん~、まあ…飽きた。ええ、理由はこの町に飽きた。と、そんな所です」


 「えええ!そんな理由で貴族の屋敷から出ちゃうんですか!?」


 「ええ。嫌なら別に私に付いて来なくても良いんですよ」


 「嫌なんて言ってません!」


 「そうですか。では」



 では、そのではと言われて二人が次に向かったのは驚くべき事にフィリエ様が住む屋敷だった。



 「「「 いらっしゃいませマーリア様」」」



 お、おう…凄い所に来てしまった。これが貴族と共に住む人達が受けた教育なのか…。

 それから私はネネロアさんに連れられて客間に案内された。そこでフィリエ様と面会だとか。何故こんな展開になったのか全く身に覚えが無いけれど、ネネロアさんが言うには町から発つ前にフィリエ様が私に挨拶がしたいとか。


 何故だ、何故私なんかに挨拶を…。


  

 「はじめましてマーリアさん、会いたかったわ」


 「え、あ、ありがとうございます」



 私はフィリエ様に「会いたかったわ」と言われてその返しに感謝の言葉を口に出すという痛恨のミスを犯した。



 「は、はは、はじめまして。マ、マーリア…です!今日はお招きいただきありがとうございます」


 「良いんですよ、気楽にしてくださいね」



 町で何度かフィリエ様を見かけた事はあったけど、化粧をほとんどしている感じも無く、透明感があってとても綺麗な人だ。

 そして貴族特有の嫌味やひけらかしを全く感じない事に好感度は増していくばかりだ。



 「フィリエ様。あの、先日私は冒険者組合を通じてフィリエ様からの特別報酬を頂きました。私なんかに本当にありがとうございます」


 「感謝をするのは私の方なんですよ。マーリアさんからはいつも上質な薬草を納品して頂いてます。それに報いたいと私はただ思い、行動しただけですからね」


 「それとですね、せっかく私なんかの為にして頂いたのですが…その…私もネネロアさんと町を出る事になりまして…」


 「マーリアさん、何も気にする事ではありません。それよりも私は貴女の様な方とお会いできて光栄に思います。今まで沢山の薬草を届けていただき本当にありがとうございます」



 私とフィリエ様の感謝の言葉を投げ合う時間は続いた。途中で呆れ顔をしたネネロアさんが「そろそろ」と止めてくれなければ永遠と続いていたかもしれない。


 それから話は私情の事などをお茶を頂きながら続き、せっかくだという事で夕飯もご馳走になった。



 貴族との食事。

 想像では客と凄く距離を置いて食事をするものだと思っていたけどフィリエ様はそういうのが嫌いらしく、お嬢様であるレベッタ様とネネロアさんも一緒にかなり近い距離で食事をした。


 楽しかったよ、うん。でも…正直、緊張し過ぎて味が分からなかった。

 


◇◆◇



 フィリエ様との面会の次の日。私は二年間過ごした部屋の中を見渡していた。

 そんなに広くはない部屋。綺麗すぎる事は無い壁。毎日見た天井。

 人生って本当に何があるか分からない。

 ここで過ごした二年と少しの日々を思い出し、胸が熱くなった。

 


 「気を付けるんだよ」


 「はい、今までありがとうございました!」


 「何かあればいつでも戻っておいで。私は貴女をいつでも歓迎するよ」



 今までお世話になった宿屋のおばちゃんと別れ、町の東出入口へと一人で向かう。荷物はネネロアさんが預かると言って渡したままだ。

 そして待ち合わせの時間になるとネネロアさんが歩いてやってきた。たしか馬車で移動するはずだったけど、その馬車はどこにも見当たらない。 



 「おはようございます」


 「ネネロアさん、おはようございます。あの…馬車は?」


 「それには問題はありませんから。私に付いて来てください」



 町の出入口からしばらく歩き、辺りが簡素な景色に変わっていく。するとネネロアさんが私を見てこう言った。



 「貴女に少しお願いがあります」


 「何ですか?」


 「今から私と共に生活をします」


 「はい」


 「その生活の中で、貴女が見るであろう非常識と思う私の全てを黙認してください」


 「え、それって…」


 「黙認してください。でなければ、一緒に居られません」


 「分かりましたっ!!!」



 非常識と思う私の全て。私にはこの意味が全く理解できないけど、他の人に言われたくない事がきっとあるんだろうと、その時の私は気楽に考えていた。



 「おいで、クーベル!」



 私の前で起きた出来事は私の常識を遥かに超えたものだった。

 ネネロアさんが手をかざした先に大きな魔法陣が現れる。魔法陣だと気付いたのは、妹がお師匠から借りて来た魔術の指南書に魔法陣が描かれていたからだ。

 そしてその魔法陣に向かってネネロアさんは「カン」と指を鳴らして何かを叫んだ。

 すると魔法陣から小さな馬車を引く黒い馬が現れる。



 『貴女が見るであろう非常識と思う私の全てを黙認してください』



 その意味を私は理解した。非常識と思う私の全てを黙認してくださいの意味を。



 「ネネロアさんって…高名な魔術師だったんだ…」


 「ふふ、まあそんな所かしら。きっとこういった力を隠さなくても済む方法はあるでしょう。けれど、私は静かに暮らしたいと願います」


 「分かりました。それには私も賛成します」


 「ただし、これだけは覚えておいてください。私は目の前に現れた愚者には容赦はしません。ですから、もしかすると貴女が見たくはない姿を私は見せてしまうかもしれません。今ならまだ引き返す事が出来ます」


 「嫌です。私も一緒に行きます!」



 ネネロアさんは「ふふ」と笑い、私は何だか照れ臭くなり「へへへ」と笑い返す。そして私達は馬車に乗りチジェッタの町を後にした。

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