第4話 拗れ散らかした私

 「今日で七日目か…」



 賑わう商店通りで一人暗い顔をして歩く人を眺める。

 その理由はネネロアさんと食事を共にした日から彼女の姿を見かけなくなってしまったからだ。


 何となく彼女の姿を目で追うようになってから今までこんなに長く見ない日は無かったし、別に必死になって探してる訳じゃないけど何か起きているんじゃないかって少し心配。

 もしかしてこの前拾ったキーラマイヤの赤ちゃんの事でフィリエ様に叱られたのでは…どうかネネロアさんに何も起きていませんように。



 「……貴女、そんな所で一人で何をブツブツ言っているの?」


 「どうか何も起きていませんように……」


 「……………」


 「どうか…どうか………」


 「……………」


 「あいたっ!」



 私がネネロアさんの無事を懇願していると後頭部に衝撃が走る。この衝撃は少し前に何処かで…とか思って振り返るとそこには何と手刀を今にも私の頭に振り落とそうとしているネネロアさんがいた。



 「ネネロアさんっ!」


 「……………」


 「いたっ!いたっ!ちょっ!や、やめてくださいっ!」


 「貴女、こんな所で一人でぶつぶつ言って、大丈夫なのですか?」


 「えっ、これは何でもないんです!」



 ネネロアさんはちょっと危ない人を避けるような目で私をじっと見て来る。

 そんな目で見られても私がネネロアさんの事を考えていたなんて口が裂けても絶対言えない。そんなの恥ずかしすぎる。



 「今まで何処に行ってたんですか!」


 「ん?何の事です?」



 私は自分の事を速攻で裏切り、ネネロアさんにあの日の翌日から姿を見かけなかった事を問いただしてしまった。痛すぎる…私は何て痛い女なんだ。

 だってそんな事はネネロアさんには関係の無い事だし、私にとやかく言われる筋合いはないのだから。



 「だってあれからネネロアさんがいなくなって…」


 「ペロにしましたわ」


 「ぺ、ペロ?」


 「ええ、この前拾ったミーラマイヤの名前です」


 「可愛い名前ですね。流石です」


 「………貴女、本当に大丈夫なんですか?」



 流石はネネロアさんだ。なんて可愛らしい名前を付けるのだろうか。ただただ感服した。

 そんな私を見てネネロアさんは不安そうな顔をしている。

 

 

 「はぁ…どうです?広場でこれから軽食でも」


 「い、いいい、良いんですか!」


 「ええ、少し何か買って行きましょう」



 またネネロアさんに誘ってもらった!

 顔を間近で見るだけでも高ぶるのに更に追い打ちを掛けられて拗れ散らかした私の心は今にも張り裂けそうだ。

 まずい、平常心だよ私!


 そうだ、商店通りにはお気に入りの店が幾つかある。今日はお気に入りの店のパン屋さんに誘ってみよう。好きな食べ物の事を考えたら少しは気が紛れるんじゃないかな。



 「パン屋さんに行きませんか?」


 「良いですね、行きましょう」



 「良いですね」と返事が返ってくるという事は、ネネロアさんはパンが嫌いじゃ無いって事だ。しかし、大好きかどうかは分からない。もしかして私に気を使ってくれているのかもしれないけど、顔を見るとそんな感じはしない。

 

 あ、この前の薬草の事も話したい。それにもっと、もっと沢山話がしたい。

 そんな私がネネロアさんの事で頭の中が一杯になっている時、全く予想していなかった事が起こる。



 「よう、ネネじゃないか」



 ネネ?その言葉を聞いて私の心臓はドクンと大きく一打ちする。

 隣に歩いていたネネロアさんが立ち止まる。

 ネネ…きっとこれはネネロアさんに向けられた言葉だ。

 

 私は声がする方へ振り向くと、背が高くて長い金髪の髪を一本で緩く纏め、白いブラウスに足に張り付く様な黒いパンツを履いてる女性がいた。


 そして赤縁のメガネがとても特徴的だ。



 「ロ、ローラン様!」


 「ようネネ、久しぶり…って程でもないがどうだ?そっちの方は」


 「あ、あの、私の方は得に問題はありません」


 「そうか」



 ネネロアさんがすごく緊張してる?それにしてもこのローランと呼ばれた女性はネネロアさんに負けないくらい美人だ。なんだか私はちょっぴり悔しさを感じる。

 そしてネネロアさんの事を『ネネ』と呼んだ事に、この二人の関係を瞬時に妄想して嫉妬する。



 「あ!ネネロアさんだ」


 「本当だ!ネネちゃんだ!」



 ネネちゃんだとぉぉぉ!!!

 ネネロアさんにそんな素敵な呼び方が出来るなんて誰だ!どこの誰だ!

 私が嫉妬にまみれ狂うと一人の女の子がネネロアさんに飛びついてきた。そしてその後ろから男の子が『やらやれ』といった感じでやって来る。

 

 私はこの状況が理解出来ないまま、ネネロアさんに抱き付いた女の子をまじまじと見る。

 年齢は十二、十三といった所だろうか。それに後ろからやって来た男の子もそうだけど身なりがとても良い。

 ローランと呼ばれた女性もそうだけど良い所の家の人達、もしくは貴族の方なのか。



 「貴方達も来ていたのね」


 「うん、久しぶりに来たよ」


 「レベッタには内緒だよ。こっそり行って驚かせようと思って」


 「遊びに?それとも用事でも?」


 「ああ、フィリエにお前の事をな」

 


 フィリエ、フィリエ様を呼び捨てに…どう見てもこのローランという人はフィリエ様より大分年下に見える。それをこの町で堂々と呼び捨てに出来るという事はもしかして上級貴族だったりして…。



 「あ、あのローラン様」


 「ん?」


 「先日、王都に行ってきました」


 「中央の事か?」


 「ええ、私もこの地に来てもうすぐ三年になりますから」


 「そうか。お前はもう決めてるのか?」


 「はい…そ、それと、あの…いつも気にかけてくれて…ありがとうございます」



 ドラベスト。それはこの国の名であり、この国から北の国オーティフィスルと東の国ディジェーテの三ヵ国同盟の間で過去ドラベストは中央とも呼ばれていた。

 この国の王都マイネルンも中央と呼ばれていた。


 呼ばれていた。と、何故過去形なのか。それはこの国から南に位置する国が過去に存在していたからだ。

 

 そういえば王都には兄が騎士見習いとしているはずだ。私が家を出てから連絡を取っていないので今どうなっているか知らないけど。

 それにしてもネネロアさんが王都に行っていたなんて…ここ最近姿が見えなかったのはそういう事だったんだ。

 それにしてもこの七日間で王都に行って戻って来た?どんな移動手段を使ったんだろう。



 「ネネちゃん、また家に来てね。シェイも一緒にね!」


 「ええ、近々お邪魔するわ」



 シェイ……誰、その人。それにネネロアさんに頭なでなでされて…う、うらやましい!



 「そっちの人、すまなかったな。割り込むようになってしまって」


 「い、いえ、私は大丈夫ですので」


 「ネネの事、よろしく頼むな」


 「は、はあ…」


 「あ、ローラン様。あの、また再構築をしましたね?」


 「ふん、やはりお前には気付かれたか」



 突然私に話しかけて来た事には驚いた。そしてネネロアさんの事をよろしく頼むと言って気さくに手を振り去ってしまった。

 いったいどういう事なのだろう。それに再構築って何だろうか。


 それから私達は何となく気まずい雰囲気になりつつも、パン屋さんに寄ってから広場の向かう。



 「ネネロアさん、大丈夫ですか?」


 「え?何の事かしら?」


 「さっきローランさんと呼ばれた方と話している時に何だかとても緊張していた様に見えたので」


 「ふふ、そうね。私はあのお方の事が…悪くはない意味ですが少し苦手なのよ」


 「それにしてはあのローランさんが連れていた子供には普通に接していましたが。それにあの人達は貴族の方なのですか?それも上の貴族の」


 「いえ、貴族ではないかしら。それにあの子達はとても面白い子達で私は好きなのよ」



 私は少しずつあの人達の事を聞いていた。そして気付けば広場に着き、空いている椅子に座ると今度はネネロアさんから話を始める。その話の内容に私はとても驚き、そしてとても後悔をしてしまう。



 「そういえば貴女、ローラン様を知らないのです?」


 「え?何でですか?私はローランさんとは初めて会ったのですが…」


 「名前も聞いた事が無いのと?」


 「ええ、ローランさん…ローランさん…全く身に覚えがないというか」



 私の知り合いにローランと言う名の女性はいない。それにあの鮮麗された容姿を一度でも見たらきっと忘れはしないだろうと思う。



 「まあ、そうですよね。最近賑わいを見せたこの町自体はローラン様は縁が無かったでしょうし」


 「やっぱりローランさんは私の記憶には無いですね」

 

 「一つも?一度も?本当に貴女の心の中にはローラン様は居ないのかしら」



 私はギョッとした。ネネロアさんが冷めた目をして私に問いただす。

 手は小刻みに震え始め、背中にはじんわりと冷や汗を感じる。


 私はローランさんを知ら――



 「――聖王。冒険者の中では雲の上の存在と語られるお方。この世界に三人…知っているかしら?」


 

 私はそれを聞いた瞬間、さっき感じた背中の冷や汗が更に勢いを増して溢れ、心臓の鼓動は激しく、声を出そうにもうまく舌が回らない状態になってしまう。



 「ま、ままま、ましゃ、ましゃか、あ、ああああの人が!!!」


 「そうです。何処の国にも属さず、星の守り人と言われ、人が持つ全てを遥かに超えたお方。この世界に三人の内の一人、そして私の友人にして大恩人。あのお方が聖王ローラン様です。しかし、損をしましたね」



 聖王。それは上級冒険者や国々が束になろうとも太刀打ちできない災害級の超々高難易度の問題をいとも簡単に解決してしまうという。

 この世界でごく一部の人しか出会った事が無いという存在。そして冒険者の中では御伽噺として扱われている。

 

 次に覇王。覇王とは聖王と違い、正式には覇王級と階級が付けられており、上級冒険者より上の存在。と言っても組合関係者全てを含み覇王の指示・命令は絶対であり、覇王こそが全冒険者の中で頂点だと言われている。


 そして、聖王が動く時、覇王ただ一人だけが仲間として共に動く事を許されている。

 これは国に許されているのではなく、聖王に許されている。


 聖王、そして覇王が人々の前に姿を現したのは記録では凡そ三百年前。

 他は全て極秘であり、人はその存在を否定するが、数々の国の王はその存在を認めている。

 


 ――とかそんな話を先輩冒険者が話してたっ!!



 「ほんと…本当ですよね?本物ですよね!わ、わた、私はなんて愚かな…そんなお方と私なんかが会える機会は…もう……」


 「本当で本物。それとこれは内緒よ。それと、次の機会があるかもしれないでしょ?次があれば今回みたいに怪訝な顔でローラン様を見たりしないで済むわよね?」


 「は、はい。ごめんなさい…」


 「あれくらいじゃローラン様は何とも思わないわ。でもあのお方は私の友人であり大恩人ですから、貴女にはローラン様に粗相をしてほしくないわね」


 「はい、本当にごめんなさい」


 「ふふ。少し意地悪し過ぎましたね、冗談よ。せっかく買ったことですし、パンを頂きましょう?実は私、朝から何も食べてないのよ」



 私は頭の中で大反省会をした。ネネロアさんの事をネネと呼び、現れた子供は抱き付き、とても親しげに。私は嫉妬をした。それが顔に出てしまっていた。

 私は愚かだ。実力も無いくせに聖王ローラン様に盾を突いた訳だ。私が薬草採りで貢献者として名前が挙げられようとも、それとは全く次元が違いすぎる。


 色んな事が私の頭の中を駆け巡る。しかし、馬鹿な私は違う事に気を取られていた。友人、私はそれが気になっていた。 

 あの聖王ローラン様と友人。私はその友人に至るまでの経緯を知りたい。しかし、ネネロアさんは私にこう言った。



 『友人、――そして大恩人』と。



 馬鹿な私にも分かる。詮索してはいけないと。どんな人にでも影があり、それはネネロアさんだってきっとそうだ。

 馬鹿な私でも聞いちゃいけない事だと。なら、もう一つとても気になっている事がある。それなら大丈夫だ。絶対に問題は無い。



 「ネネロアさん、何故王都に行ってたんですか?」


 「それですか。私、近々この町を出て王都で暮らすのよ」


 「え、それって…用事があってしばらく王都に行く訳ではなくて、この町を出ていくという事ですか?」


 「ええ、そうです」



 真っ白だ。私の頭の中は真っ白だ。既に溢れた涙で顔はぐちゃぐちゃになり、私は子供みたいに駄々をこねる。



 「嫌ですっ!!!」


 「ちょっと、貴女そんなに大きな声を出してどうしたのよ」


 「嫌です!ネネロアさんとせっかく仲良くなれたのに嫌です!!!」


 「落ち着きなさい」


 「嫌!イヤイヤイヤっ!!!!!!!」



 私はなんて愚かなのだろうか。ネネロアさんから逃げる様に広場から走り出す。

 私を見た周りの人はいったい何事かと思うだろう。

 不満を顔に出し、気に入らない事には駄々をこね、問題を受け止められないからといって逃げ出す。



 私は宿の部屋に一人飛び込む様に戻り、ヘッドに体を預ける。手を強く握りしめ、声を殺し、ひたすら泣いた。


 頭の中は「嫌だ」の一言で埋め尽くされ、とうに日は暮れ、星が輝き、朝陽が昇り始めても泣いていた。

 私の何がそこまでさせるのか。何の意味があるのか。どんな理由があるのか。



 意味なんてない。理由なんてない。ただ、友達になり、側で過ごしたい。それだけだ。それだけなんだ。



 こんな私を見た神様はどう思っているだろうか。馬鹿な人間がいると思うだろうか。そうだ、きっとそうだ。

 それでも、それでもだ。それでもお願いしたい事があります。


 この世界の二神にして主神。女神エリナ様、女神リンネ様。どうか、どうか、勝手我がままなのは十分承知しています。



 どうか、私を、大好きなネネロアさんの側に居させてください。

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