第3話 薬草と特別報酬

 いつも賑わいを見せる通りだけど今日は人の数が少ない。その理由は雨が降っているからだ。


 目が覚め、窓から外を眺めると人の数が疎らなのがよく分かる。

 雨の日は気分が下がるから嫌いだ。でも、そんな雨の日でも今の私はとても機嫌が良い。


 だって昨日はあのネネロアさんと話が出来て、食事まで共にしたのだから。

 

 至福だ。ただただ至福のひと時だった。

 しかし、そんな至福の時間の中で判明した事がある。それは私が想像していたネネロアさんとは全く違ったという事だ。


 私の中のネネロアさんは、とてもお淑やかな人で汚い言葉なんか絶対に使わない人だと勝手に想像していた。

 だがしかし、実際のネネロアさんはそうではなく、お淑やかではなく無慈悲と優しさを共演させた様な大人、そんな言葉がネネロアさんにはぴったりだと思う。

 私が男性冒険者にしつこく言い寄られている話をすると「そんな輩は毒でも盛られて命は失わないにしても大事なアソコが腐れ落ちれば良いのよ」と言い放った事に私はとても驚いた。


 それと同時に大笑いしたのだった。

 

 私の想像していたネネロアさんではなかった。でも、そんなネネロアさんがとても魅力的に思えた。

 そういえばネネロアさんの年齢は二十一歳で、私より四つ年上のお姉さんである事も分かり、私の頭の中だけに存在する書物『ネネロアの軌跡』に新たな情報が多数加えられた。


 ちなみにネネロアさんから「なぜ貴女は私の名前を知っているの?さあ」と言われ、私は額に薄っすらと流れる汗を感じた。

 商店通りの店の店員さんとネネロアさんが話している所を見かけた事があり、たまたま、偶然、奇跡的に、思いも寄らない話の流れで知ったと伝えた所、流し目をされながら「へぇ~~~」と言われ私の意識はそこで途絶えそうになったけど、何とか踏ん張って耐えた。


 私は朝起きてから昨日の事を何度も思い返しては一人でニヤついている。

 私って結構危ない奴だった。



▽▼▽



 組合通りを西に真っすぐ進むと町の西出入口がある。別に町は外壁で囲まれている訳じゃないから何処からでも町の出入りは出来るけど、出入口にいる警備の人に顔を見せるのが規則となっている。



 「こんな雨の中、山に行くのかい?」


 「昨日薬草を入れた袋を落としちゃってそれを探しに」


 「気を付けるんだよ」


 「はい、ありがとうございます」



 私はこの雨の中、昨日落とした薬草入りの袋を探しに山に入ろうとしていた。

 フードを深々と被ってはいるけど、小雨でもないこの雨の中では大した意味を持たない。生憎寒くは無いけど既に雨が行き渡った体中はとっても気持ち悪く感じる。


 ここから山の入り口まで歩いて三十分くらいだ。既に私の心は「帰りたい」と連呼しているけど、せったく採った薬草を無駄にはしたくない。



 「あ、あったーっ!」



 見付けるまで時間がかかると思われた薬草入りの袋は山の入り口付近にあり、私は昨日に続いて何て幸運なんだと一人喜んていた。


 落とした時点で不運なのにね。そして私はその足で冒険者組合へと向う。



▽▼▽



 「え、これって昨日摘んだ物なんですか?」


 「はい、そうですよ。昨日薬草を入れたまま袋を落としちゃって今拾って来たんです」


 「そうでしたか。しばらく待っていて下さいね」



 冒険者組合に薬草を持っていくと係りの人が怪訝な顔をしながら薬草を見つめている。いつも通りに採取した薬草だから特に問題は無いはずだけど、係りの人が別の人を連れて来て慌ただしくなってきた。


 おかしいな…いつも通りに採取したはずなんだけど。


 おや?係りの人達全員が私の顔を見ているような気がする。いや、間違いなく私を見ている。


 

 「マーリアさん、ちょっと別室までよろしいでしょうか」

 

 「は、はい」



 私は何がなんだか分からないまま係りの人に連れられて入った事のない部屋に通された。


 

 「こんな雨の中、大変でしたね」


 「は、はい…も、もしかして採ってきた薬草が悪い物だったりしますか!普段通りのつもりで採取したのですが、もし悪い物だったら本当に申し訳ありません!!!」



 私は先手必勝とばかりに謝罪をした。問題があるとしたら採ってきた薬草が違ったくらいしか思い浮かばない。

 誠意だ、ここは誠意を見せるしかない。故意に違う物を納品したと思われたらもうこの町に居られなくなってしまう。



 「え、あの、すみません。不安に思わせてしまいましたね」


 「いえ、あ、あの!薬草に何か問題でも!」


 「ええとですね、マーリアさんが今日持って来てくださった薬草は組合が常時依頼しているヒルラポポネ草ではありませんでした」


 「それって…違う薬草を納品…」



 その言葉を聞いた私の頭の中は真っ白になっていた。

 報告の義務はない。けれど、似たような薬草があったとしたらそれを情報として報告すると評価に繋がる。


 緑々の冒険者とまで馬鹿にされるほど薬草の採取に慣れていたはずなのに、それを私は見逃した。

 村から一人で出て来てからずっと中級に上がれず下級冒険者のまま過ごした日々。辛い事は沢山あった。一人で生きるのってこんなに大変な事なんだと散々身に染みていた。


 ただ、昨日は今までの苦労を全て吹き飛ばすくらいの幸せな時間を過ごせた。あれが最後、もう潮時なのかもしれない。



 「あれはヒルラポポナ草です」


 「………は?今なんと?」


 「あれはヒルラポポ草ではなく、ヒルラポポ草です」


 

 私がいつも採取している薬草の一つ、それは回復薬の元となっているヒルラポポネ草だ。

 この薬草の発見者でもあるヒルラさんという女性が孫娘のポポネちゃんの名前を合わせてヒルラポポネ草と名付けたらしい。

 そして、そのポポネちゃんには妹のポポナちゃんがいる。


 ヒルラポポナ草とは、ヒルラポポネ草の中でも特に大地の魔力を多く吸収し、それを元に回復薬を作ると上級回復薬が出来る。

 なんでも体が弱く、寝たきりだったポポナちゃんがヒルラポポナ草で作った回復薬を飲んだ事が切っ掛けで、寝たきりだった生活から普通の生活を送れるまで回復したそうだ。



 「これはお手柄ですよ」


 「は、はぁ…」


 「今回納品されたヒルラポポネ草と思われた三十の内、ヒルラポポナ草が五つあると分かりました」


 「五つも…」


 「早速ですが、これが今回の報酬の80万リバとなります」



 80万リバ…金貨16枚も……夢かな、これは夢なのかな。一月最低金貨3枚もあれば生きていけるのが16枚も…。



 「金貨16枚の内、金貨10枚は領主であるフィリエ様からです」


 「え、それは何故…」


 「マーリアさんが普段から丁寧に薬草の採取をして下さる事で多くの人が助かっているからです。そして組合は依頼に対する貢献者の方々の名をフィリエ様にお伝えしています」


 「それでですか?」


 「ええ、その貢献者の中でも最も注目されたのがマーリアさん、貴女です。今この町は景気が良くなり、それと同時に依頼達成時の報酬も上がっています。それ自体は悪くはない話なのですが――」


 「他と比べると薬草採りの報酬が低くて皆が手を付けないと?」


 「そうです。そこでフィリエ様は薬草を採取して下さるマーリアさんに特別報酬を与えたいと考えていました。ですが、これはあまり表立った話になると面倒事に繋がるかもしれませんので此処だけの話にしていただきたく」


 「分かりました、約束します。ですが、一つお願いが…」



 私は金貨15枚を冒険者組合を通じて商業組合に預ける事にした。だって、いきなりそんな大金怖いし!

 でも金貨1枚くらいは良いよね。これだって大金だけど、フィリエ様に感謝してしばらくはこの金貨は持っていたいからね。

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