閑話その1 堕ちた呪書
私が宿泊している宿は大通りの側にあり、その大通りとはこの町で一、二を争うほど人の通りが多い。
組合通り。朝早くから昼を過ぎ、そして日が暮れても人はその道からなかなか姿を消さない。
その道ひとつを十分ほど西へ進むと冒険者組合の建物に到着する。そこから更に西へ進み、警備のおじさん達がいる建物を目印に左へ曲がる。
すると組合通りにも負けないくらいの人の姿が見えてくる。この通りは数々のお店が並ぶ商店通りと呼ばれている。
食品店や雑貨屋。それに屋台を含む数々の飲食店が存在する。
冒険者組合でも武器防具の販売・賃貸をしているけど、商店通りにも見た目が厳ついおじさんが経営する武器防具店がある。
この町の中央には綺麗に緑が整えられた大きな広場があり、組合通りと商店通りはその広場の外側に面している。
▽▼▽
三年前。私がまだこの町に来る前にとある事件が発覚する。
憩いの広場。フィリエ様によって整えられたその広場は以前、この町で一番の商家とその下につく二家の建物があった。
そこでは神様自らが禁忌とした奴隷売買が行われ、前領主の妻・現領主フィリエ様の調査によって発覚。犯人を捕らえ、奴隷達を保護した後に王様は怒りが収まらず宮廷魔術師に指示して建物を一夜にして崩壊させたとか。
その事件には前領主であり、現領主のフィリエ様の元夫が関与していた事も分かっている。
神様自らが禁忌を作った事に当然疑問を持つ人もいる。しかし、現に数十年前に禁忌に触れた南西の地の統一国家アヴァルトが崩壊している。
問題はここから始まる。
一部の貴族達がフィリエ様にも責任があるのではないかと…妻であるフィリエ様も神の禁忌に触れたとしてこの町から追い出そうとした。
領主になる為に夫を陥れた。と、そんな話も出てきた。その話の裏ではフィリエ様を当然の如く追い出して自分達が領主になろうとしている噂話も早々に町へ流れて来た。
しかし、それに大きく反発したのはこの町の住民達だった。
フィリエ様が孤児達への支援、周辺の村への支援をしている事は住民全てが知っている事だった。
贔屓される事を拒み、稀に町に来ては店の前で並んでいる姿も皆が見ていた。
お金の使い方、町での姿勢、煌びやかな装飾品等は一切身に着けないフィリエ様の事を皆が尊敬していた。
それは粗暴で一部では評判が悪い冒険者でも同じだった。
出身が孤児、または周辺の村。それらが町に集まってくる。
後輩の子を助けてあげたい。家族や兄妹を助けてあげたい。仲間を助けてあげたい。
しかし、現実とは思い通りにはいかないものだ。
ただし、この町には密かに聖女と呼ばれる人がいる。
それはフィリエ様の事だ。町の孤児達、それに周辺の村への支援は誰が主にやっていたか。
それは領主だったか?
粗暴で一部では評判が悪い冒険者はこう言った。
「フィリエ様が金の無い俺達の家族や仲間達を助け続けてくれただろうが!」と。
町中に正義とは、悪とは、守るべき者とは、恩とは、そんな声が沸き上がった。
その時、この問題の発端となった地、現在の憩いの広場の中心に雷が一鳴きする。
それを見た人はこう語る。
『目を青く光らせた赤い龍が、金色の道を通って地に落ちた』
そして雷ではなく、龍が落ちたとされる所に石板が姿を現す。その石板には『呪書』とだけ書かれていた――
雷が一鳴きした同刻、とある国の古びた教会内が沸いた。
そこはドラベスト国、王都マイネルン。世界の二神双方を主神とする教会がある。
教会に入りすぐ右側には聖職者が礼拝する者を待ち呆けている。
「今日も暇っすね~。誰も来ないし孤児院にでも遊びに行っちゃおうかな」
名はメルヘル。飴を銜え、両腕を頭の後ろに乗せ、椅子に座り仰け反り、ちらっと主神の像を見る。
「たまには顔を見せに来てくださいよ~。楽しそうな仕事くださいよ~。これでも貴女達だけの使者なんすよ私…そんな事は誰にも言えないっすけど」
メルヘルは口や態度が悪い。頭はそんなに悪くはないけど正義感が強すぎて結果頭が悪いと言われる事態をしばし招く。そして子供好きで年寄り好き。
そんな彼女は神の使者であり、そんな彼女に願っていた声がかかる。
『おい、メルヘル』
「………」
『メルヘル。聞こえてるのだろう』
「……えっ」
『え、ではない。久しぶりだな』
「…ちょ、ちょっと!!久しぶりじゃないっすよ!最低年に一回は顔を見せに来てくださいよ!」
『ふん、そうか。寂しくしていたのか…可愛い奴だなお前は。そんなお前に仕事が出来た。私の言葉を王妃に届けろ』
「久しぶりの御言葉キターーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
神と聖職者のやりとりが、こんなにもフレンドリーであるとは…ほとんどの者は知らない。
▽▼▽
その広場は憩いの広場と呼ばれ、領主であるフィリエ様が広場を整えて住民へ憩いの場にするようにと提供してくれたそうだ。
ただし、広場だけの話ではないけれど、特にその広場で人の癒しの時間を奪うような不届き者は見つけ次第早急に尋問をした後に即刻首を刎ねると示達された。
「前の領主とは全然違う」と、その声は何度も私は耳にしている。
ちなみに厳つい顔をした武器防具店の店主さんは、たまに広場で姪っ子と遊んでいる姿を見かける事がある。
それは通称悪魔と天使と呼ばれ、私は酷い言われようだなと思いながらも、あながち間違いでもないとも思う。
呪書と書かれた石板の周りで「うわっははは、うわっははは」と豪快に笑う悪魔と、「キャハハハ!おじさん!おじさん!」と四方八方に後光を差す天使。
ちなみにその呪書と書かれた石板の後ろには大きな石碑があり、その石碑には文字が綴られていて、それは王都の聖職者の方が王家へ伝えた神様からの御言葉だという。
その石碑にはこんな言葉がある。
『我が名を偽る者は瞬きをする毎に脳は溶け、臓器は飛散し、それが100年という時間の中で永遠と続く。我が子を害する者は友を失い、家族を失い、愛する者を失う。この地を浄化する為に我は使者を送る。欲に塗れた人の子らよ、死にたくば、踏み入れよ』
そして最後に名前が書かれている――エリナ・ヤ・デイネガフォス
力の神として崇められている神様だ。
聖職者の方が言うには「フィリエさんを陥れようとしてこの町に入った瞬間、エリナ様の呪いで頭パーンっすよ」とこの町の上層部が聞いて顔面蒼白になったらしい。
この話を聞く限りだとやばい町だと思うかもしれない。けれど、そこから町は生まれ変わった。
そしてこの国の下級貴族三家が姿を消した。
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