第2話 出逢い

 焦り。それは人にとって最も克服するべき弱点だと私は思う。

 何故そう思うのか。だって焦ると人って正しい言動が出来なくなるから…それを今、証明したい。



 「ネネロアさん違うんです!違うんです!違うんですぅぅぅぅぅぅ!!!」



 私は彼女ネネロアさんを前にして、決して盗もうとして落ちてる鞄に手を伸ばした訳じゃないと必死になっていた。



 「あの…貴女、何で私の名前を知っているのですか?」



 私はもう泣きそうだ。いや、もう既にぽたぽたと涙が目からこぼれ落ちている。

 

 どうしてこうなってしまったのか。私は何でいつもダメな奴なんだろうか。

 せっかく話をする機会に巡り会えたというのに、私なんかが知らないはずのネネロアさんの名前をうっかり口に出してしまい、それだけでも怪しいのに「違うんです」と連呼する始末。


 私はこれから町にいる兵士の所に連れていかれ、遺失物横領の罪で首でも跳ねられるのだろう。


 嗚呼、どうせならもっと早くに声を掛けておくんだった。


 その場合、どうやって声を掛けたら…素直にそのまま「私、貴女と友達になりたいんです」って言えば良かったんだろか。

 でも私は下級冒険者だ。領主様の下で働くメイドのネネロアさんはきっと迷惑するに違いない。


 私はきっと最初からダメだったんだ。もう、ただ捕まるまで涙を流すしか出来ないんだ。



 「いたっ!」



 私が脳内でほどよい妄想を炸裂していると突然頭に衝撃が走った。

 


 「いたっ!いたっ!いたっ!」



 そして更に衝撃だったのは、ネネロアさんが私の頭をちょんちょんと手刀で叩いているからだ――もう悔いはない。ネネロアさんから与えられたこの痛みと共に私は今、天に召されるのです。



 「落ち着きなさい」

 

 「は、はいっ!」

 

 「誰も貴女の事を盗人呼ばわりなんてしていないでしょう」

 

 「た…たしかに……」



 恥ずかしい。私のやってしまった事もそうだけど、ネネロアさんと話をしている今がとても恥ずかしい。



 「ほら、そんな所に座ってないでちゃんと立ってくれないと私が貴女を虐めているみたいじゃない」

 

 「はい、すみません…」

 

 「……貴女、冒険者のマーリアさんじゃないかしら?」

 

 「え?」



 ネネロアさんの口から私の名前が…何で!何で私の名前をネネロアさんが!

 もしかして私が冒険者として何度も依頼を失敗してる事を領主様が知って私を町から追い出そうとしているんじゃ…それだったらどうしよう。



 「貴女、いつもヒルラポポネ草を納品してくれているでしょう。あれ、凄く助かっているのよ。綺麗に採取してくれてるお陰で良い回復薬が作れているの」


 「え、あ、何で私があれを採取している事を…」


 「依頼内容や階級を問わず、こちらから指定した貢献者名簿を組合から取り寄せているからよ」

 

 「そうだったんですか」



 そんな事になっているなんて私は初めて知った。貢献者…私は自分の事を貢献者なんて思ってはいない。でも、やれる事を頑張ってやり続けて少し報われた気がした。



 「この鞄は…中身は何も入ってないわね。マーリアさんちょっと此処で待っていてくれる?あと時間はあるかしら」


 「え?は、はい」



 ネネロアさんは鞄の中身を確認してから私達がいる横の建物の裏側に行き姿を消した。

 それにしても中身の無い鞄に対して私は何をしていたんだよ本当にさ…。

 

 私はこの時、薬草が入った袋を落とした事なんか既にどうでもよくなっていた。それはあのネネロアさんと話が出来たからだ。

 もしかしてこれは落ちていた鞄を拾って届けようとした私へのご褒美なのかもしれない。


 私の名前をネネロアさんが知っていてくれた事に、私の心は震え上がる。それはもう難易度の高い依頼を達成したと同等あるいはそれ以上の喜びだ。


 そんな依頼、達成した事なんかないけどね。


 しばらくするとネネロアさんが戻ってきた。



 「ごめんなさいね、待たせてしまって」

 

 「いえ、私は――ん?」

 

 「ミャア…」

 

 「みゃあ?」

 

 「ふふ、この建物の裏で獣の赤ちゃんが独りで居たから拾って来たのよ」



 ネネロアさんはさっきまで道端に落ちていた鞄の中身を私に見せるとそこにはキーラマイヤという毛がふさふさした獣の赤ちゃんがいて、その子はまだ生まれたばかりなのか目がちゃんと開いてない状態だった。

 

 キーラマイヤという獣は成長しても人の子供が楽に抱える事が出来る程しか大きくはならない。人を襲う事が無く、懐きやすく見た目も可愛らしいので裕福な家庭だと家族として飼われる事はよくある話だ。



 「この子どうするですか?」

 

 「私が面倒を見るわ」

 

 「大丈夫なんですか?その…ネネロアさんは領主様の所にいるから」

 

 「ええ、何も問題は無いわ」

 

 「そうなんですか」

 

 「それより一緒に食事でもどうかしら?実は今日お休みでたまには町でご飯でも食べようと思っていたところなのよ」

 

 「は、はい!ぜひ一緒に!」

 

 「ふふ、じゃあ適当な店に入りましょうか」



 私は口から心臓が飛び出る程の緊張をしながら彼女、ネネロアさんの隣を歩き、それから短い時間ではあったけど食事を共にした事がとても嬉しかった。


 最良なひと時を過ごした私は、今日この日の出会いに特別な感謝をした。

 ありがとう、神様。

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