メイド偽魔術師と下級冒険者のエピソード
Nick
第一章 下級冒険者マーリア
第一節 出逢い
第1話 下級冒険者の私
「よう、マーリア。一人でこんな所で何してんだ?」
「……貴方には関係ないでしょ」
「んだよ、つれねーなー。俺とお前の仲じゃねーか」
私の名前はマーリア。ただのマーリア。 今はオルモント子爵領の町チジェッタで冒険者をしている。
私はこの町から馬車で三日程離れた村の出身で、今でもその村に両親と妹は一緒に暮らしている。
ちなみに三つ年上の兄は国の正騎士になる為に既に家にはいない。
四つ下の妹は立派な魔術師になる為に村の師匠の下で日々勉強に勤しんでいる。
私はというと、15歳の時に村で注目される兄妹と比べられるのが嫌になり、逃げる様に一人で家を出てきてしまっていた。
しかし、私は何の当ても無く一人で町へ来た訳じゃない。
二年半前にとある事件が切っ掛けで領主様が代わった。そしてその後、領地改革の一つとして減税が行われ、それを切っ掛けに町の景気が良くなり始めたことを村に来る行商のおじさんから聞いていた。
この町には冒険者組合があり、景気が良くなった事で報酬が以前と比べると倍近く増えた。そんな話も行商のおじさんから聞いていた。
私は才能があった訳じゃない。だけど小さい頃から初歩的な剣の鍛錬は続けていた。飽き性な私だけど唯一自慢できるのはそれくらいしか無いのが事実だ。
私は私の唯一自慢できる剣に懸けた。
私だってきっと出来る!そう思ってこの町にやってきて今では立派な――
「なあ、マーリア。いつまで経っても中級にも上がれない冒険者なんて止めちまって俺の女になれよ」
私は……いつまで経っても下級冒険者だった。
「おい、聞いてんのかよ」
才能が無い私が小さい頃から剣の鍛錬を続けてきたからと言って世の中そんな甘い物じゃなかった。
獣の討伐依頼を受けたら失敗し、住民からの安易な依頼すらもヘマをし、最近の私の仕事と言えば、子供でも出来る薬草採取くらいだ。
緑々の冒険者――私がいつも薬草ばかり持ち歩いているからそんなあだ名が付いてしまい、かなりの精神的打撃を受けた私はしばらく寝込んでしまった。
そんな私の唯一の楽しみと言えばあの人の姿を拝見する事だったりする。
「うるさいなー、あんたには興味ないって言ってるでしょ。あっち行ってよもう」
私に言い寄る羽虫の事はこれくらいにして、私は私が今感じる眼福を呼吸が切れる程味わいたい。
お昼をしばらく過ぎた時間になると町に姿を現すあの人、現領主様に仕えるメイド、名はネネロア。
話をした事はこれまで一度も無い。最初に見たのは薬草採取の帰りにふらっと領主様の館を遠目に見に行った時だった。
名前はあの人が野菜売り場のおじちゃんと話をしている所を偶然見かけて、その後隙を見ておじちゃんにそれとなく名前を聞いた。
町で見かけて後をつけた訳じゃない…絶対に。
肌は褐色で耳が長く、そしてただのスレンダーではなく明らかに私よりアレは大きい。表情は少し冷めている感じがするけど、それがまた素敵だったりする。
純粋に、私はただ、あの人――ネネロアさんと友達になりたい。
でも、姿を見れば話しかけることもなく目で追う日々。それは今日も、きっと明日もそうなんだろうと私は思う。
▽▼▽
「それではマーリアさん、これが今回の報酬です。確認してください」
今日、私が得た報酬は700リバ。私が泊っている宿は一日朝晩の食事付で4,500リバだ。
『赤字だ』
今日も私は薬草採取の為に山に入った。
山での活動は慣れたものだ。何の問題も無くこの日の薬草採取を終える事になる。
しかし、私はミスを犯した。帰りの移動中に薬草を入れた袋を落としてしまったらしい。それに気付いた私は既に町まで戻ってきていた。そして山へ探しに行くにも空は紅く染まり始めた頃だった。
袋に入りきらなかった薬草を皮の胸当ての裏側に入れた分だけが今日の報酬となり…私は誰にも気付かれない様に項垂れた。
皆が緑々の冒険者と私の事を影で馬鹿にするけど、薬草だって結構なお金になる…ちゃんと持って帰れたらの話だけどさ。
私は報酬を握りしめて冒険者組合から出てふらふらと歩き始めた。
組合の建物の二階には幾つかの飲食店があり、そこから聞こえてくる冒険者達の賑わう声が私の胸に突き刺さった。
私、なにやってるんだろう。
ふらふらと、とぼとぼと、宿ではなく適当に町を彷徨っていた。
こういうのは良くないって自分でも分かっている。分かっているけど自虐したい時だってたまにある。
浸りたいんだよ、ダメな自分に。
何処に行くでもなく、ただ自分を情けなく思う。
涙なんて零さないぞと、私は立ち止まり空を見上げた。
見上げた瞬間、歩く道先に落ちてる何かが視線に入り、それに向かって歩くと古びた鞄が道の端に落ちていた。
私が薬草を入れた袋を落として困ったように、この鞄を落とした人も困っているはずだ。
拾って何処かに届けておこう。良い事をしたら自分にもきっと良い事があるに違いない。
というのは建前だ。本音としては例えば鞄の中に大金が入っていて、それを自分の懐に入れた後の罪悪感にきっと私は耐えられないからだ。
馬鹿な奴だよ私はさ。
私は鞄を拾おうと手を伸ばした時、誰かの手が私の前に現れた。
きっと私と同じようにこの鞄を見て拾おうとしたに違いない。もしかしたらこの鞄の持ち主かも?どっちでも良いけど、何だかちょっと気まずいかな。
そんな事を思いながら伸ばした手を引いて私は顔を上げた。
「あ……」
私の目の前にいるその人は、私が大好きなネネロアさんだった。
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